第10話:年功序列の老害、アンバインド(解放)します
魔王軍・人事評価委員会。
そこは、軍の階級や役職を決定する、組織の心臓部とも言える場所だ。
しかし、その実態は「古参たちの、古参たちによる、古参たちのための互助会」に過ぎなかった。
「――ふむ。今回の千人隊長の選抜だが……。
やはり、勤続四百年の古参、バルトロを推すべきだろうな」
円卓に座る老魔族、人事委員長・エルダーが、重々しく頷いた。
「しかし委員長。現場の報告によれば、バルトロ殿は先日の防衛戦で、
酒に酔って寝過ごし、砦を一つ落とされています。
代わりに、二十代ながら見事な撤退戦を指揮した新兵のレオを推すべきでは……」
若い書記官が恐る恐る進言するが、エルダーは鼻で笑った。
「若造が何を言う。功績など、長く生きていればそのうち積み上がるものだ。
魔王軍の伝統は、長きにわたる忠誠……つまり『生存年数』にある。
能力などという不確かなもので、役職を決めてみろ。
我ら古参のメンツはどうなる? 秩序が崩壊するぞ」
「ですが、現場の若手たちは、功績を横取りされることに限界を……」
「黙れッ! 手柄は上官のもの、責任は部下のもの!
これが四百年続く、我が軍の黄金律だッ!!」
エルダーが杖を叩き、若手を一喝する。
その歪んだ「黄金律」が、再び魔王軍の未来を塗り潰そうとした、その時。
バタンッ!!
重厚な扉を蹴破り、一陣の風と共に黒いコートの男が入室してきた。
「――黄金律、ですか。私には、ただの『組織の腐敗臭』にしか聞こえませんが」
ゼノンが、冷ややかな瞳でエルダーを見据えた。
「また貴様か、代行屋ッ!!
ここは軍の根幹に関わる人事の聖域だ! 部外者が口を出すなッ!!」
「聖域? いいえ、ここは『無能の避難所』ですね。
退職代行『アンバインド』、エージェントのゼノンです。
本日より、人事評価の全権を私が引き継ぎます」
ゼノンは無造作に、エルダーの目の前に一冊のファイルを投げ出した。
「ルナ。全軍の『実質貢献度』と『階級』の乖離データを、魔法投影しろ」
『了解。――魔王軍人事データ、全解凍。
現幹部の80%が、過去百年にわたり「部下の功績を自分のものとして報告」していた事実を確認。
特にエルダー委員長。あなたが推薦したバルトロ殿の「百の武勲」、
そのすべてが、実際には戦死した無名の兵士や、現在も平社員(一般兵)の若手たちの手によるものです』
会議場の空中に、膨大な数の「隠蔽された真実」が映し出された。
そこには、バルトロが酒を飲んでいる間に必死で戦っていた若手兵士たちの、涙の記録が刻まれている。
「なっ……な、何だこの出鱈目な数字は!?
我ら古参がいなければ、この軍は回らんのだぞッ!!」
「回らないのではありません。
あなた方が、新しい芽を摘んで、自分たちの椅子を守るための『壁』になっていただけです」
ゼノンはエルダーに歩み寄り、至近距離で宣告した。
「エルダー委員長。あなたは今日、軍を『退職』していただきます。
いえ、正確には――『強制的な定年退職』です」
「ふ、ふざけるなッ! 俺を誰だと思っている!
四百年の魔力を舐めるなよッ!!」
エルダーが激昂し、長年溜め込んできた強大な魔力を杖に込める。
「老兵の意地、見せてくれるわッ!! 死ねッ!!」
「……物理的論破、および『強制引退』を執行します」
ゼノンは避けようともせず、指先をパチンと弾いた。
「――アンバインド・シニアリティ(年功序列の解放)」
キィィィィィィィン!!
エルダーが放とうとした魔力が、その瞬間に霧散した。
それどころか、彼の体を覆っていた威厳あるオーラが、一気に萎んでいく。
「な……!? 魔力が……出ない!? 私の四百年の力が……!!」
「あなたの力は、部下から搾取した『見せかけの威光』に基づいたものでした。
その根拠となる不当な階級と権限を、今、私が無効化しました」
ゼノンは冷たく言い放つ。
「今のあなたは、ただの『魔力の衰えた、性格の悪い老人』です」
「あ、ああ……!! そんな、馬鹿な……!!」
エルダーはその場に崩れ落ち、杖を落とした。
ゼノンは彼を一瞥もせず、通信機に告げた。
「ルナ。全軍に発令。
本日付で、年功序列制度を完全廃止。
――新たに『完全実力主義に基づく、立候補制キャリアパス』を導入する」
『了解! ――さらに、過去に手柄を奪われた全兵士に対し、
適正な階級への「飛び級昇進」と、遡及しての役職手当を支給します!』
その瞬間。
魔王領各地の訓練場や宿舎で、驚愕の声が上がった。
「……え? 俺が、千人隊長……!?」
先日の戦いで奮闘した若き兵士レオは、自分のドッグタグに浮かび上がった新しい階級章を見て、目を見開いた。
「バルトロさんの手柄じゃなくて……俺の戦いが、認められたのか……?」
周囲の仲間たちが、レオの肩を叩く。
「やったな、レオ! お前なら当然だ!」
「……ああ。……ああ!! 俺、もっと頑張れるよ!!」
希望を失っていた若手たちの間に、野火のような熱狂が広がっていく。
それは、「正当に評価される」という、何よりも強い魔力だった。
魔王城・執務室。
魔王ゼクスは、新しい人事録を眺めながら、満足そうに頷いた。
「……凄まじいな。たった一日で、軍の平均年齢が百歳も若返ったぞ」
「陛下。組織の若返りは、単に年齢の問題ではありません。
『挑戦すれば報われる』という空気こそが、組織を若く保つのです」
ゼノンは、自らもコーヒーを啜りながら、淡々と語る。
「……ゼノン。君は本当に、私の軍をどこまで変えるつもりだ?」
「私は何も変えていません。
ただ、あなたの軍が持っていた『本来の強さ』を、古い鎖から解放しているだけです」
ゼクスは微笑み、椅子に深く腰掛けた。
「……ならば、最後まで付き合おう。
この軍が、世界で最も輝く場所になるまでな」
しかし、喜びも束の間。
降格させられ、権力を奪われた「老害」たちの怨嗟は、
城の暗い片隅で、静かに毒を溜め込んでいた。
「……認めんぞ……。あのような若造に、我らの魔王軍が汚されるなど……」
改革を拒む、古い闇。
それはやがて、軍を揺るがす大きな嵐へと変わろうとしていた。
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