怖がられている将軍様が、私の前では語尾が弱い
◆〜第一章:鉄血の将軍、帰還す〜◆
帝国の至宝にして、戦場の死神。
ガルガド・ヴォル・ブラム将軍が凱旋したとき、帝都の民は歓喜の声よりも先に、恐怖で息を呑んだ。
先の北部戦線。彼はたった一騎で敵陣の最前線へと突っ込み、一振りで十人の重装歩兵を盾ごと両断したという。
「退け。貴様らでは研ぎ石にもならん」
返り血で真っ赤に染まった彼は、もはや人間ではなく、血肉を求める魔神そのものだった。
敵の将軍が命乞いをする間もなく、その巨大な大剣は城門を粉砕し、一夜にして一国を事実上の崩壊へと追い込んだ。
凱旋式の最中、列を乱して騒ぎ立てた泥酔者がいたけれど、ガルガド様が馬を止め、ただ黙ってその男を見下ろしただけで、男は悲鳴を上げることすら忘れ、泡を吹いてその場に卒倒した。
「目障りだ。軍法会議にかけるまでもない、連れて行け」
その一言で、周囲の気温は氷点下まで下がった気がした。彼にとって、秩序を乱す者は塵芥に等しいのだ。
軍議の席でも、彼が低い地鳴りのような声を発するたびに、部下たちの背筋には氷柱が走るという。
「報告は以上か。……次は、もっと効率的に敵の退路を断て。二度は言わんぞ」
震えながら作戦の不備を言い訳しようとした若手将校に対し、彼は机を叩き割ることもなく、ただ静かに告げた。
「無能の言葉を聞く時間は一秒もない。次がなければ、貴様の首が退路を断つ代わりになると思え」
彼の言葉は常に断定、常に命令。
一切の迷いも、隙も、情けもない。
だが、そんな“歩く災厄”のような彼が、ただ一箇所だけ、鎧を脱ぎ捨てて向かう場所があった。
◆〜第二章:牙を抜かれた猛獣〜◆
城下町の外れにある、私の小さな薬草店。
奥の部屋でハーブティーを淹れていると、店先から「ギィ……」と、不釣り合いなほど慎重に扉が開く音がした。
「いらっしゃいませ。あら、ガルガド様。お帰りなさい」
私が笑顔で顔を出すと、そこには巨躯を縮こまらせて、申し訳なさそうに立っているガルガド様の姿があった。
「あ、ああ。リサ。……帰った、……というか、戻ったというか……」
戦場であれほど峻烈だった声が、まるで雨に濡れた子犬のように尻すぼみになっている。
彼は私の顔をまともに見られず、視線を泳がせながら、大きな指先で頬の傷をポリポリとかいた。
二人の出会いは一年前──。
大雨の降る深夜、深手を負ったガルガド様が、意識を朦朧とさせながら店の裏口に倒れ込んでいたのが始まりだった。
死神と恐れられる男が、血の海の中で「……すまない、……迷惑を、……かける、……かもしれない」と消え入るような声で呟いたのを、今でも覚えている。
普通の人間なら悲鳴を上げて逃げ出すような惨状だったけれど、私は彼を店の中に引きずり込み、朝まで手当てを続けた。
翌朝、目を覚ました彼は、私の顔を見るなりこう言った。
「……生きて、……いるのか、……私が。……貴様が、……助けた、……のだろうか。……礼を、……言うべき、……かな」
その時から、彼の語尾は私にだけ、ひどく弱かった。
傷が癒えた後、彼は軍の予算かと思うほどの金貨の袋を差し出してきた。「……代金だ、……受け取れ」って。
あまりの額に私が断ると、彼は困り果てたように眉を下げた。
「……困る。……命の、……値段にしては、……安い、……つもり、……だし。……受け取らないと、……私が、……泣く、……というか」
戦場を焦土に変える男とは思えない情けない顔で懇願されて、結局、金貨の代わりに「たまにお茶を飲みに来る」という約束で手を打った。
それが今の関係の始まりだ。
「怪我はありませんでしたか? また無茶をしたんでしょう?」
「いや……かすり傷だ。……と思う、……かもしれない、……たぶん」
語尾が──弱い。
あまりにも弱い。
さっきまで軍部で「無能の首を撥ねる」と冷徹に言い放っていた男と同一人物だとは、街の誰も信じないだろう。
「ほら、座ってください。お茶を淹れますから」
「……すまない。……恩に着る、……っていうか、ありがとう……かな」
◆〜第三章:独占欲と、震える語尾〜◆
私が椅子を引くと、ガルガド様は「よっこいしょ」と、おじいちゃんのような呟きと共に腰を下ろした。
机が彼の体格に比べて小さすぎて、なんだか猛獣がドールハウスに迷い込んだみたいな光景だ。
「リサ。これ、……土産だ。……喜んでくれると、……いいんだが……」
彼が差し出したのは、遠方の戦地にしか咲かない希少な青い花のドライフラワー。
無骨な大きな手が、繊細な花を壊さないよう、ぷるぷると震えている。
「嬉しい! すごく綺麗です、ガルガド様」
「そうか。……ならよかった。……頑張って、……摘んだ甲斐があった、……かもしれないし」
私が喜ぶと、彼の強面がわずかに緩む。
いや、緩むというより、ふにゃりと溶けている。
鋭い三白眼はどこへやら、今の彼は、ただの“好きな人の前で緊張しすぎている大型犬”だ。
そこへ、幼馴染のケビンがひょっこりと顔を出した。
「よお、リサ! 頼まれてた林檎持ってきたぜ……って、うわああ!? 将、将軍様!?」
ケビンが腰を抜かして震え上がる。
ガルガド様は一瞬で“将軍の顔”に戻り、鋭い視線をケビンに向けた。
その眼光だけで、周囲の空気がマイナス五十度くらいまで下がった気がする。
「…………(ギロリ)」
「ひいいい! 失礼しましたあああ!」
ケビンが脱兎のごとく逃げ出した後、ガルガド様は再び、おどおどとした様子で私を振り返った。
「……リサ。今の男は……誰、……だろうか。……仲が、……良いのか……な?」
語尾が消え入りそうだ。
嫉妬しているのは丸わかりなんだけど、それを威圧的に問い詰めることもできず、ただただ不安そうに私の顔色を伺っている。
「ただの友達ですよ。ガルガド様、そんなに怖がらせちゃダメじゃないですか」
「……悪かった。……威嚇したつもりは、……ないんだが、……つい。……嫌いにならないで、……ほしい……というか」
大きな体を小さく丸めて、彼は私の袖をそっと、指先でつまんだ。
その仕草があまりにも可愛くて、私は思わず噴き出してしまった。
「ガルガド様、次はいつ遠征なんですか?」
「……しばらくは、……ない、……はずだ。……王様にも、……休みをくれと言った、……つもり、……だし」
実際には「休みを貰わねば貴様の喉を掻き切る」くらいの気迫で国王に迫ったという噂を聞いたけれど、私の前での彼は、どこまでも弱々しい語尾を貫いている。
「じゃあ、明日は一緒に市場へ行きませんか?」
「市場……。……デート、……ということ、……だろうか? ……夢じゃない、……と、……いいんだが……」
ガルガド様は、真っ赤になった顔を隠すように両手で覆った。その隙間から覗く耳まで真っ赤だ。
世間では、彼は“冷酷な殺戮者”だと言われている。
けれど、私の前でだけ、彼は自分の弱さも、不器用さも、すべて“弱い語尾”に乗せて差し出してくれる。
「楽しみにしてますね、将軍様」
「……ああ。……私も、……楽しみ、……かな。……死ぬ気で、……エスコートする、……よ、……たぶん」
◆〜第四章:戦慄の市場デート、……のつもり〜◆
約束の翌日。
帝都の市場は、かつてない緊張感に包まれていた。
民衆が道を開けるその先には、正装に身を包んだ“歩く天災“ガルガド様。
「……リサ。待たせた、……だろうか。……十五分前には、……着いていた、……んだが」
いつになく気合の入った格好をしているけれど、その殺気にも似た威圧感は隠しきれていない。
彼が一歩踏み出すたびに、屋台の店主たちが「ヒッ」と声を漏らして裏へ隠れていく。
「全然待っていませんよ。行きましょうか、ガルガド様」
私が彼の太い腕に手を添えると、彼はビクッと肩を跳ねさせ、顔を真っ赤にして視線を彷徨わせた。
「あ、ああ。……行こう、……というか。……私が、……守る、……から。……何があっても、……たぶん」
リンゴの屋台で私が足を止めると、店主はガタガタと震え、今にも土下座しそうな勢いだった。
ガルガド様は、私のために“良い買い物をせねば”と意気込んで、店主をじろりと睨みつける。
「おい。このリンゴは新鮮なのだろうな? 嘘をつくと許さないぞ。いくら払えばいい」
……将軍の声の低さは、地獄の底から響くようだった。
店主は「タダでいいです!」と叫んで逃げ出そうとする。私は慌ててガルガド様の脇腹を突いた。
「もう、怖がらせちゃダメですよ。普通に頼んでください」
「……すまない。……商談の、……つもり、……だったんだが。……難しい、……な。……買い物は、……戦場より、……過酷、……かもしれない」
人混みで私が誰かとぶつかりそうになると、彼は瞬時に私の肩を抱き寄せ、周囲を鋭い眼光で射抜いた。
その瞬間、半径三メートルの人間がモーゼの十戒のごとく左右に割れる。
「……危ない。……離れるな。……私が、……道を作る、……から。……邪魔者は、……排除、……する、……べき、……かな」
『排除』なんて不穏な言葉が聞こえた気がしたけれど、私の肩を抱く彼の手は、壊れ物を扱うように優しくて、相変わらずぷるぷると震えていた。
「ガルガド様、そんなに緊張しなくて大丈夫ですよ。今日はただのデートなんですから」
「……デート。……そう、……だったな。……幸せすぎて、……心臓が、……止まる、……かもしれないし」
彼は私の繋いだ手をじっと見つめ、耳まで真っ赤にして「……いい、……一日だ」と、蚊の鳴くような、でも幸せそうな声で呟いた。
◆〜第五章:不器用な決意、震える告白〜◆
夕暮れ時。
高台の広場は、オレンジ色の柔らかな光に包まれていた。
デートの締めくくり。
ガルガド様は、さっきから何度も深呼吸を繰り返して、何かを必死に堪えている。
「……リサ。今日の、……食事は、……美味しかった、……だろうか。……毒見も、……完璧、……だった、……つもり、……だし」
「毒見なんてしなくていいのに。とっても美味しかったですよ、ガルガド様」
私が笑いかけると、彼は不意に足を止め、手すりに大きな手を置いた。
その拳が、岩を砕く時よりも強く握りしめられている。
実は彼、この日のために「好きだ」と力強く言えるように、軍の執務室で特訓をしていたらしい。
でも、いざ私の前に立つと、練習した言葉が霧散してしまうみたいだ。
「……あー。……コホン。リサ。……私は、……その……。……貴殿を、……大切に、……思って、……いる……んだが……」
やはり語尾が弱い──弱すぎる。
彼は自分に腹を立てたのか、「ふんぬ!」と鼻を鳴らして天を仰いだ。
「……違う。……断定、……せねば。……軍人、……だろう、……私は……!」
彼は意を決したように私の両肩を掴んだ。
そのあまりの力の強さに、私の肩がわずかに沈む。
鋭い三白眼が、真っ赤に充血しながらも真っ直ぐに私を射抜いた。
「リサ!……私は!……貴様を……いや、貴女を!……愛して……!」
そこまで叫んで、彼の顔面は爆発したみたいに真っ赤になった。
空気が震えるほどの声量に、周囲の小鳥たちが一斉に飛び立つ。
だが、肝心の最後の一文字で、やっぱり本性が漏れ出した。
「……愛して、……いる、……と、……断言、……しても、……いいだろうか……。……嫌なら、……切腹、……する、……覚悟、……だし……」
やっぱり最後は消え入りそうな声。
でも、その瞳には殺気なんて微塵もなくて、純粋で、臆病なほどの熱情が宿っていた。
「……返事は、……今すぐじゃなくても、……いいんだが……。……できれば、……前向きな、……検討を、……して、……ほしい……かな」
必死に“強い自分”であろうとして、結局“私に嫌われたくない自分”が勝ってしまう。
そのあまりの愛おしさに、私は彼の手をぎゅっと握りしめ、背伸びをしてその大きな頬に触れた。
「検討するまでもありません。私も、ガルガド様のこと……大好きですよ」
「……あ。……あ、ああ。……そうか。……なら、……死んでも、……離さない、……つもり、……だし。……幸せに、……する、……よ、……絶対……に」
最後の『絶対』だけは、ほんの少しだけ、将軍らしい力強さがこもっていた……かもしれない。
◆〜第六章:世界で一番優しい“死神”〜◆
赤く染まった空の下、ガルガド様は私の返事を聞くと、まるで魂が抜けたかのようにその場に立ち尽くした。
一国を滅ぼすほどの武力を持つ両腕が、今はただ、だらりと下げられている。
「……本当、……だろうか。……夢、……では、……ない……かな」
「夢じゃないよ。ほら、手もこんなに温かいでしょう?」
私が繋いだ手に力を込めると、彼は泣きそうな顔で、でもひまわりが咲いたような、不器用な笑顔を浮かべた。
彼は再び私の手を、壊れ物を扱う以上の慎重さで包み込み、ゆっくりと跪いた。
広場の人たちが驚愕して腰を抜かしているけれど、今の彼には私しか見えていない。
「……リサ。私は、……生涯、……貴女を、……守り抜く。……どんな敵からも、……運命からも。……誓う、……つもり、……だし」
力強く始まった言葉が、最後にはやっぱり、甘えるような響きになる。
けれど、その『つもり』の裏には、命がけの決意が詰まっていることを私は知っている。
「……幸せに、……なりたい。……リサと、……一緒に。……なってくれる、……だろうか。……一生、……私の、……隣に、……いて、……ほしい……というか」
私は笑って、彼の大きな体に飛び込んだ。
鉄のような筋肉に包まれながら、耳元で聞こえる彼の心臓の音は、戦太鼓よりも激しく脈打っている。
「うん。喜んで、将軍様」
「……ああ。……よかった。……報われた、……気がする。……明日からは、……もっと、……優しく、……する、……よ。……たぶん、……絶対」
結局、最後まで語尾は弱いままで、自信なさげな彼だったけれど。
その弱さこそが、私にだけ許された、彼の一番の“本音”なんだ。
最強で、最恐で、そして誰よりも可愛い私の将軍様。
私たちは沈みゆく夕日に照らされながら、いつまでも寄り添って歩き続けた。
その大きな背中が、少しだけ誇らしげに──。
でもやっぱり、私を気遣って少し縮こまりながら──。
〜〜〜fin〜〜〜
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