"衆生済度"
「容態が安定しない……」
診療所のベッドに、少年が滝のような汗をかいて横たわって居る
顔は熱で紅潮し、脈拍も安定して居ない
私は彼の兄弟でもある小さな助手に向き直ると、追加の投薬を促した
「もう少し飲ませてあげた方が良い」
助手が器具を使って、少年の口に薬液を注ごうとする
少年はそれを拒むように顔を背けようとしたが、私が彼の口の端を両手で押さえ拡げると、助手がその口に薬液を流し込んだ
端正だった顔を歪めてけだもののような悲鳴を上げながら、少年が苦しみ悶える
手足は革のベルトで固定されて居るが、ベッドが地震のように暴れて倒れそうになった
助手が心配そうな顔で私を視る
ベッドの揺れが収まり終えてから、僕は助手を包むように抱きしめると「後は彼次第だ」と告げる
衣服の胸の辺りが濡れていく
助手が泣きじゃくる為、白衣が涙を吸い込んでいくのだ
こうした時に有用な言葉は少ない
僕は抱きしめたままの姿勢で、彼が泣き止むまで助手の背中と髪を撫で続けた
少年の寝顔は、この短時間で更にやつれた様に思えた
説明されなければ、これがあの少年だとは誰も思わないだろう
うわごとを繰り返し、瞳の焦点は合わず、波に揺れる海藻のように両手を意味なく動かそうとして居る
「この治療で駄目な場合、もう打つ手は無い」
一つの注射器を取り出して、助手に手渡す
この場において、もう言葉は必要ないようだ
助手は決意に満ちた表情で注射器を手にすると、兄の腕に触れて静脈を探し始めた
針を刺す
『診療所の窓が総て壊れるのではないか』と思うような声が響き渡り、拘束のベルトが二つほど千切れた
ベッドの上は血でいっぱいだ
少年は、誰の眼にも解るほど確実に絶命して居た
「えっ………?」
助手は何かに気が付いたらしく、涙でぐしゃぐしゃになった顔で戸惑いながら私に振り向いた
当然だろう
このタイミングで気付くように、私がしたのだから
「そうだよ」
「その注射で、君が殺したんだ」
眼を細めてにっこりと微笑む
助手は、その日のうちに自殺した




