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ムダに洗練されたムダの無いムダな動きをする異世界バーテンダー

作者: 辛口カレー
掲載日:2026/01/15

今夜は独りで一杯()りたい気分だ。

仕事で少々失敗しちまったのさ。


そういえば、若い頃は友人に連れられて、シャレたバーによく足を運んだっけな。

今夜は久々にそんな店で一杯やるとするか。


俺は、このところショート動画で話題になっている異世界バー、「メンチドリア」に足を運んだ。


どうやらバー営業は夜だけで、昼はランチも提供しているらしい。

ランチには珍しく、ドリアとメンチカツのセットが人気になっていて、それが店の名前の由来なんだとか。

ま、いつも「日の丸弁当」の俺には関係ない話だけどな。


店に入ると、どこかで聴いたようなジョブリ映画の音楽が耳に飛び込んできた。

たしか、「アステカ石器」というタイトルだったか。


アステカ文明にも石器時代があったかどうかなんて、俺はよく知らないぜ。

何しろ俺は理系の人間だからな。

世界史なんてまともに勉強したことがないのさ。


店はほぼ満席だったが、運良くカウンター中央が空いたようだ。

俺は持病の坐骨神経痛を悪化させないように気を付けながら、そこへ向かって歩き始めた。


席について驚いた。

カウンターテーブルの表面は塗装が剥げ、ガリガリに削られて傷だらけになっている。

一体なんだこれは。


どんな使い方をしたら、テーブルがこんなにボロボロになるっていうんだ?

本当にこれが一流店なのか。

ちょっと信じられないな。

俺は、カウンターテーブルはピカピカに磨かれた大理石じゃないと一流とは認めない男なのさ。


やがて、席に着いて無言でテーブルを撫で回している俺に、バーテンダーが声を掛けてきた。


俺はおもむろに顔を上げた。

そうそう、たしかショート動画でもこんな顔をしてたぜ。

いつも一点を見つめて、辛気臭い顔をしているのさ。


たしか古米(こまい)喰三(くうぞう)っていう名前だったか。

動画のコメント欄に、

「トイレでお尻を拭いた後、しばらくトイレットペーパーを見つめてそう」

っていうコメントが書かれていたのを見たときは不覚にも笑っちまったぜ。


「何にいたしましょう」


古米喰三が俺に向かって(ささや)いた。


「じゃあトイレットペーパー、じゃなかった、『山崎』のロックをもらおうか」


「かしこまりました」


最後はたぶんそんな事を言ったんだろうが、声が小さくて聞き取れない。

相変わらずキザな野郎だぜ。


落ち着いた雰囲気を演出しているのか知らねぇが、聞き取りにくくてしょうがねぇ。

俺ももういい歳だからな。

ハッキリ言ってくれなきゃ、聞こえねぇのさ。


おい、(あん)ちゃん。

一日三食、古米ばっか食ってちゃダメだぜ。

ちゃんと新米も食わねぇとな。

じゃなきゃ、腹に力が入んねぇ。


そんな事を思っていると、古米喰三は無言のままカウンターの上にまな板を乗せ、さらにその上にドカッと氷を置いた。

右手には何かを握っている。


俺はとっさに、右手に握られているものが、刃渡りの長いドスであることに気がついた。

この野郎、いきなりドスを抜きやがった!


おいおい、危ねーじゃねぇか。

俺とやり合おうってのか?

上等だ、表へ出ろ。


あ?

何で俺の目の前で刃物をギラつかせてんだよ。

そうやって俺をビビらせるつもりか?

あいにくそんなもの、こっちは見慣れてんだよ。

俺をビビらせようったって、そうはいかないぜ。


古米喰三は刃物を見せびらかしながら、何やらブツブツ言っている。


だからよぉ、ハッキリ言ってくんなきゃ聞こえねぇって言ってんだろ。

まさか俺に()られる前から念仏でも唱えてんのか?


おいおい、俺ももう若くねぇんだ。

そんな無茶はしねぇよ。

せいぜい、ちょっと顔に傷を付けるくらいで勘弁してやるぜ。


思わずこちらも(ふところ)に隠し持っていたドスを抜くところだったが、さすがに思いとどまった。


すると次の瞬間、古米喰三はザクザクと音を立てて氷を削り始めた。


何だよ、ただ氷を削るだけかよ。

脅かしやがって。

つーか、最初からグラスに合った氷を用意しとけよ。

こんなとこで氷を削るから、ほら見ろ、氷のクズがテーブルに飛び散ってんじゃねーか。


あと、悪いけどな。

氷はトングで挟んでくれねぇか。

このあと俺が口にするものを、素手でベタベタ触られたくねーんだよ。


ていうかお前、トイレに行った後、ちゃんと手を洗ったか?

俺は疑り深い性質(たち)でね。

そのくらい用心深くないと、この世界じゃ生きていけねぇのさ。


おいおい、ちょっと待て。

氷を何の形に削ってんだ?

ちっとも造形美が感じられねぇな。

幼稚園に通う俺のガキが作る粘土工作だって、もうちょっと気の利いた形になってるぜ。


心の中で文句を言いながら黙って見ていると、古米喰三は、たった今削ったばかり氷をグラスに入れて俺の目の前に差し出した。

そして両手で持ったグラスを、まるでコマでも回すかのようにクルクルと回転させてから、その手を引っ込める。


何だそりゃあ。

グラスを回すことに何か意味があんのか?

そんなのはいいから、さっさと酒を注いでくれないか。


つーかこれ、回転が止まるまで見てなきゃなんねーの?

こんなことならロックじゃなくてストレートにすればよかったぜ。


そういえば、お前さんが氷無しのストレートで酒を出してるところを見たことが無いな。

毎回毎回、いっつも氷を削ってやがるからな。

そんなに氷を削りたいなら、かき氷の屋台でも始めたらどうだい。


俺が次に来るときは絶対、山崎のストレートを頼んでやるぜ。

氷が削れなくて口惜しがってる顔を見ながら一気に飲み干してやるのさ。

さぞかし気分がいいだろうぜ。

ま、たぶん二度と来ねぇけどな。


そんなことを思っていると、古米喰三はまるで武士が納刀するかのような奇妙な動きを見せてドスを鞘に納めた。


おいおい何だよ、その動き。

さっきから無駄な動きが多すぎるぜ。

最初からスッと鞘に納めればいいだろ。


いちいち格好つけないと死んじゃう病気にでも(かか)ってんのか?

まさに「ムダに洗練されたムダの無いムダな動き」っていう評判どおりだぜ。


あと、ドスを鞘に納める前に一瞬止まるのは何だい?

まさかそのタイミングで、さっきトイレでケツを拭き忘れたのを思い出したんじゃねーだろうな。

勘弁してくれよ。


で? 次は何だ?

あのさ、一度俺の前に置いたグラスをこっちに傾けて、わざわざ氷を見せつけてくんなよ。

それが氷だってことくらい、いちいち見せられなくても分かるぜ。


……って、こらこら。

なんで氷が入ったグラスをまた引っ込めてんだよ。

一度客の前に出したものを、引っ込めるってどういうことだい?


マージャンで言えば、一度河に置いた捨て牌をまた手牌に戻すようなもんだ。

そんなみっともないマネをすんのは、ド素人の初心者だぜ。

恥ずかしくねーのか。


え? マージャン知らねーの?

しょーがねーな。

じゃあ分かり易く、立ち食い蕎麦(そば)で例えてみようか。


例えば、お前が立ち食い蕎麦を注文したとするだろ?

そん時によ、まず最初に茹で上がった蕎麦だけ入った器を目の前のカウンターに出されてよぉ、器を傾けて中の蕎麦だけ見せつけられたと思ったら、すぐに器ごと引っ込めてよぉ、そこに蕎麦つゆをかけてまた目の前のカウンターに出されたらどう思う?


「お前、何やってんの? 余計な事すんなよ」って思うだろ?


それと一緒だぜ。

要するに「最初から完成品を持ってこい」って話さ。


おっと、今度はグラスの中の氷を扇子で扇ぎ始めたぜ。

ていうか、何でさっきから俺は、こんな途中経過ばっかり見せられてんだ?


そういう余計な事はしないで、すぐに酒の分量を量ってグラスに入れないと。

何しろ、こっちは待たされてんだからさ。

氷ばっかり見せられて、イライラする客もいるわけだから。

最初にしっかり、お客さんに確認しないと。


バーテンダーってのは、ただ独りよがりで自分のパフォーマンスに酔ってちゃダメだぜ。

最初に相手の要望もしっかり聞かないと。


分かるかな?

分かる?

力抜いて、相手に聞かなきゃ意味が無い。

相手に聞かなきゃ。

分かる?


……おっと。

またこんな所で説教しちまったぜ。

最近は佐山聡のショート動画もよく見てるのさ。


だが俺の説教など耳に入らない古米喰三は、そのまま何食わぬ顔で氷とウィスキーが入ったグラスを俺の目の前に差し出した。


「これで、やっと一杯()れるぜ」


そう思った瞬間、またしても古米喰三は置いたグラスに手を伸ばし、コマを回すようにグラスを回転させ始めた。


何だよ、まだ飲めないのかよ。

一体いつまで待たせるんだ。


仕方なく回転しているグラスを見ていると、彼は「山崎」のウィスキーボトルを手で押さえ、シュッと高速でテーブルを滑らせて、回転しているグラスの横へと置いた。


あぁこれか。

これもショート動画でさんざん見飽きたぜ。


でもよぉ、ボトルがテーブルを滑る音ってのは、どうにも耳障りで仕方ねぇ。

それに、ウィスキーが入ったボトルをそんなふうに動かしちゃダメだぜ。

まるでウィスキーの扱いが分かっちゃいねぇ。


お前さんが余計なことをするたびに、ボトルの中のウィスキーが波打って、芳醇な香りが逃げていっちまってるんだぜ?

それに、カウンターテーブルも(いた)んじまう。

パフォーマンスに力を入れ過ぎて、基本の技術がおろそかになってるぜ。


技術というのはさ、もちろん、あるよ。

すごいいっぱいある。

今日覚えて欲しい、今回のオーダーで。


ウィスキーの入ったボトルをテーブルの上でシュッと動かさないこと。

これも、技術のうち。

それから、精神的なこと。

これも、技術のうち。

いい?


自分で高めること。

自分でやる気になること。

これも、技術のうち。

似たようなショート動画を繰り返しアップしないこと。

これも、技術のうち。

な?


……おっと。

またこんな所で説教しちまった。

完全に佐山聡のショート動画の見過ぎだぜ。


それから俺はグラスに口を付けて、中のウィスキーを一気に口に流し込んだ。


なんだ、時間をかけて作った割には大したことねぇ味だぜ。

むしろちょっと香りが薄くねぇか?

あんなふうに毎回シュッシュとボトルを滑らせてりゃ、それも無理ねぇか。


そうだ、シュッシュって言えばよ、あの金粉スプレーをシュッシュするやつ見せてくれよ。

え? それはフローズンカクテルの時しかやらない?

チッ、しけてやがんな。


じゃあ代わりに、アルコールに火を着けてカウンターにぶちまけるやつ、アレやってくれよ。

何だよ、それもダメなのか。

最後にカウンターで燃えてる火をヤセ我慢しながら素手で消すところまで見たかったんだけどな。

どうせムダな事しかしねぇんだから、ついでにやってくれてもいーじゃねーか。


じゃあさ、「ティラノがダディダディ」ってやつ、やってくれよ。

あの動き、俺、気に入ってんだよ。

はい、ティラノがダディダディどすこいわっしょいピーポーピーポー、ティラノがダディダディ~。


え? それは違う店の違う人?

しょうがねぇな。


はいググっと~。はいググっと~。腰痛持ちにはコルセット!

え? これも違うの?

何だよ、盛り上がること何も出来ねぇじゃねーか。

つまんねぇ店だな。


え?

そんなことより、最近お勧めの「冷やし小松菜のにぎり雪」を飲んで行けって?

何だい、そりゃあ。

ひでぇ名前のカクテルだな。

そんなもん飲めるかよ。


そうだなぁ。

じゃ、キリンラガービールの二度注ぎをもらおうか。


二度注ぎって、たしか一度注ぎの泡をクリーミーな泡に入れ替えていくんだろ?

そうすると、今度は目で見ても分からないくらいキメの細かい泡の二度注ぎになって、泡とビールの境目を感じないくらいスルスルっと飲めるのが特徴なんだよな。


え? それも違う店?

何だよ、やっぱり来る店を間違えちまったみたいだな。

それじゃ、そろそろ帰らせてもらうぜ。

あばよ!

読んでいただき、ありがとうございました。

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