第9話 【空】の兄妹
風牙は焦っていた。真空刃を難なく防がれ、風香もあの侍人には勝てないだろう。
「ちっ」
風牙は風の力に身体を乗せると疾風のように耶咫に迫り、刀を振るった。だが風牙の渾身の一撃を耶咫は身体を傾いだだけでかわした。耶咫の身体のバランスは崩れていない。耶咫は風牙の太腿を狙う。太腿は人の急所の一つだ。耶咫は的確に木棒で風牙の太腿を捉えていた。
「ぐあ。」
風牙は痛みで動けなくなる。
「ふう。」
(翡翠も大丈夫なようだな。)
耶咫は翡翠を確認すると一息ついた。
「耶咫!」
「ああ、翡翠。怪我はない?」
「うん。大丈夫だよ、耶咫。」
元気に答えてくる翡翠に耶咫は安心した。それよりも…だ。
「お前達の目的は何だ?」
風牙は睨むように耶咫を見ていた。
「空青様の脅威になる者は排除する!お前は、お前の霊力は危険だ。」
翡翠は思っていた。
(確かに耶咫の霊力は異質だ。私も最初は怖かったもんな…)
「うーん、自分でもわかっているけど…。」
そう言うと耶咫は風香の戒めを解いた。
「ちょっと、耶咫…。」
「最初は僕の実力を測る事が目的だったようだけど…。まあ、僕の霊力は特殊だからね。名乗ったのは後に【空】へ余計な詮索がされないためにだよね?」
その耶咫の言葉を聞いて風香は目を見開いた。
「兄さん…。」
風牙は風香から目を逸らしていた。
「僕は撰霊として精霊の王を目指すかはまだわからない。でも【空】が翡翠や爺さんを狙うようなら僕も【空】を敵とみなす。」
その宣言に風牙は焦っていた。【空】の首、空青からは耶咫の実力を測れとの指示を受けている。決して敵対するような結果になるなと。しかし、風牙も風香も耶咫の異様な霊力に恐れをなしてしまった。
そして、耶咫の排除に動いてしまったのだ。だがこの結果は空青の望むところではない。ならば風牙は命をかけてでも耶咫から許しを得なければならない。
「耶咫様、今回の件はこの風牙一人の判断。【空】は関係ありません。ここにいる風香も私に騙されていたに過ぎません。どうかこの風牙の命を持ってご容赦いただきたい。」
「兄さん、何言ってるの?これは私が言い出した…」
「黙れ!!風香。お前が指図など笑し!」
風牙はそう言うと刀を抜き、自分の首筋を刺しつら抜こうとした。
「ダメだよ。風牙さん、妹が悲しむよ。」
だが風牙の刀は寸でのところで耶咫の木棒によって阻まれた。
「まあ、事情は後で聞くよ。今のところ僕は【空】に敵対するつもりもないし、君達をどうこうする気もない。」
「ちょっと、耶咫…」
何かを言いたそうな翡翠を遮り、耶咫は続けた。
「もうすぐ爺さん達も帰ってくる。狩に行っているんだ。良い獲物があったら一緒に食べようよ。それまで翡翠特性の生姜水を飲んで待っていよう。とっても美味しいんだ。」
耶咫はそう言うと社へと歩き出した。
「もう。しょうがないな。」
翡翠も刀を納めると耶咫の後ろに続いた。風牙と風香はそんな二人の後ろ姿を呆然と見ていたが、結局は耶咫についていく事にした。
◇
「で?二人の目的は何?」
翡翠の迫力ある声音に風香は内心で震えていた。
「翡翠、怖いよ…」
「な、耶咫。あなた、殺されるところだったんだよ。本当に…もう!」
翡翠は口では耶咫に文句を言っていたが、生姜水を器に入れて風牙と風香に進めた。
「お口に合うかは分かりませんが。」
「あ、ありがとうございます。」
風香はちょっと拍子抜けした思いで器を眺めていた。
「ちなみに毒は入っていません。」
「そ、そんな。そんな事は思っていません…。」
小さくなっている風香に翡翠はもう怒りの感情を維持する事ができなくなっていた。
(私も甘いよね…)
翡翠は内心で苦笑していたが、精一杯がんばって怖い顔をしていた。
「今回の件、私の独断です。【空】も風香も知らずにいた事です。」
「風牙さん、それはわかったよ。僕はあなた達を責める気はない。」
「ありがとうございます。」
風牙はこの撰霊に感謝していた。
「空青様からの指示は耶咫様の実力を測る事。敵対しない事。この2点でした。しかし、耶咫様の霊力の異様さに恐ろしくなり、私の判断で害しようとしました。」
風香が何かを言いたそうだったが風牙の気迫に押され、黙っていた。
「わかったよ。【空】が僕に敵対心がない事がわかれば良い。爺さん達が帰ってくるまで待っててよ。一応、爺さんは判ふ人から役目を担っているそうだから、話はしていってほしい。」
「かしこまりました。」
「であれば、翡翠。今日は鍋にしよう。準備を手伝ってよ。」
「良いけど、金剛様が何を狩ってくるか?わからないよ。」
「うん、ダメだったら違う物にするよ。」
立ち上がり、台所へと向かう耶咫。そして楽しそうに耶咫の後について台所に消えて行く二人を風香は呆然と見ていた。
「に、兄さん…。」
「ああ、金剛殿と話をしなければなるまい…。しかし…、気持ちの良い二人だな…。」
風牙も風香も耶咫と翡翠の態度に毒気を抜かれる思いだった。
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