第8話 襲撃
「うー、頭が痛い…。気持ち悪い…。飲み過ぎた…。」
耶咫が起きて来たのは昼近くになってからだった。
「あ、耶咫。やっと起きた。はい、はちみつ入りの生姜水よ。飲める?」
「おはよう、翡翠。ありがたいよ。」
耶咫は翡翠から木のお椀を受け取ると一気に生姜水を飲み干した。生姜水は耶咫の飲み過ぎた胃に染み渡った。
「はあ、美味い…。」
「おかわりもあるよ。」
「ああ、もらいたいな。」
翡翠は耶咫に生姜水を注いであげた。
「何で翡翠は二日酔いじゃないの?」
「なんでだろ?不思議ね。」
昨日はとことん飲んだ。金剛も白もたくさん飲んでいた。なのに二日酔いなのは耶咫だけである。
「解せぬ…。」
耶咫は頭を揉みながら翡翠へ聞いた。
「爺さんと白は?」
「金剛様と白なら村の人達と朝早くから狩りに行ったよ。猪を狩るんですって。」
忌部村の周辺は猪や鹿がいる。
「うー、爺さんも白も二日酔いじゃないのかな…。」
「うん、二人とも元気だったよ。」
「ますます解せぬ…。」
翡翠はそんな耶咫の前にちょこんと座った。
「私の撰霊さま。良かったらお汁を飲まない?二日酔いに良いと思うんだけど…。」
「ああ、ほしいなあ。ありがとう、翡翠。」
「うん、ちょっと待っててね。」
翡翠はニコニコしながら台所に引っ込んだ。しばらくして料理の音が聞こえて来た。その音は楽し気に弾んでいた。
(翡翠、たのしそうだな…。)
耶咫は楽しそうな翡翠の様子にうれしかった。
「はい、お待たせ。鶏のスープにすりおろした蕪を入れたの。」
翡翠の持ってきたスープへ地味に溢れ、耶咫の疲れた胃に優しく染み込んだ。
「はあ、すごく美味しいよ。元気出てきたよ。」
「ふふふ、それは良かった。昨日はたくさんお酒を飲ませちゃったからね。お詫びの気持ちよ。」
翡翠は耶咫の前にぺたんと座るとお椀を抱えて美味しそうにスープを飲んでいる耶咫を見つめた。
「何?翡翠。」
「いーえ、何でもないよ。」
答えた翡翠は次の瞬間には厳しい顔をしていた。
「耶咫!」
「ああ、二人だね。」
「霊数は二人とも1,200ほどね。」
翡翠は壁にかけてあった刀を掴むと腰に差した。
「耶咫、武器は?」
「僕はこれで良い。」
耶咫は壁に立てかけてあった120cmほどの木の棒を握った。
「ここじゃ動きにくい。外に出よう。」
翡翠は頷くと刀を抜き、境内へと出た。耶咫が後ろに続く。
「翡翠、上だ!」
翡翠は耶咫の警告を待たずに刀に精霊を宿すと真上に振り抜いた。
「ち、外した!」
境内の木の上から飛び出してきた影は翡翠の刀を空中でかわした。
「耶咫、【空】の精霊使いだ!」
影は巧みに風を操ると空中で軌道を変えたのだ。そこから鋭い剣撃が翡翠を襲った。しかし、翡翠は冷静だった。相手の刀筋を見極めると身幅を狙って刀を振るった。相手の刀の側面を薙いだのだ。
『パキン』
相手の刀は翡翠に刀の鎬地を叩かれて、その刀身は二つに割れた。
「ちっ!」
相手は折れた刀を投げ捨てるとゆっくりと翡翠から間合いをとった。女だった。
「お前は侍人か?」
「そうだ。」
翡翠はゆっくりと刀を上段に構えると耶咫の前に出た。
「ほう、なかなかに鋭い刀筋だな。」
その時、社の入口から男が入って来た。先の女と顔が似ている。
「あんた達、【空】ね?」
男は刀を抜く上段に構えた。その構えに隙はない。
「風香!」
男に名を呼ばれた女はゆっくりと男に近づいた。
「俺の予備の刀を使え。」
風香は頷くと男の腰から刀を抜き、正面に構えた。
「俺は風牙、【空】に属している。すまないが、そこの撰霊を斬らせてもらう。」
翡翠は風牙の言葉に違和感を覚えた。そんな馬鹿正直に目的や素性を言う必要など無いのだ。
「すまないがここで君達に殺されたくないなぁ。考え直さない?」
耶咫はちょっと気の抜けた返答をした。しかし、風牙と風香の殺気が緩まる事は無かった。
「翡翠、できるだけ殺さないで。」
耶咫は翡翠に囁くといきなり風牙の胴を狙って棒を水平に振るった。予備動作のほとんど無い鋭い攻撃。風牙はその攻撃を避けられないと悟ると精霊に命じて木棒の軌道に暑い空気の層を作り出した。
「ぐっ。」
耶咫の振るった木棒は空気の層に阻まれながらも風牙の胴を薙いだ。木棒は胴丸(鎧)に阻まれたが一瞬、風牙は息が詰まった。
(こ、これが真剣だったら俺は死んでいたな…)
風牙は耶咫から間合いをとると息を整えた。
「精霊!」
風牙は精霊に命じると無数の真空刃を作り出すと耶咫に放った。
「翡翠!」
しかし、この攻撃は翡翠が耶咫の前に出て、土壁を作り出し、難なく防いだ。そこへ風香の斬撃が翡翠を襲う。
「あんたの相手は私だ!」
翡翠は風香の攻撃を刀で防ぐと一旦後ろへ下がり、風香と距離をとった。
「あんたとの勝負はついている。」
「な、何を!」
翡翠の挑発に風香は低い姿勢で翡翠の足元へ滑り込み、翡翠の腹を狙って刀を振るった。しかし、この攻撃を翡翠は読んでいた。風香の一撃を土壁を作り、防ぐと同時に風香の踏み込んだ軸足の地を砂地へと変化させた。風香は刀筋を土壁で跳ね返され、足元の踏ん張りが効かない事でバランスを崩して動作が遅れた。
「はい、あんたの負け。」
翡翠はその隙に風香の刀を弾き飛ばし、その顔に刀を突きつけた。
「ぐっっ」
意外と大人しく、風香は負けを認めた。翡翠は精霊を使って風香の手足を拘束した。
「耶咫!」
翡翠は急ぎ、耶咫の加勢をしようとしたが、勝負はもうついていた。
「ああ、翡翠。怪我はない?」
耶咫の言葉に翡翠は大きく頷いた。
「うん、大丈夫だよ。耶咫。」
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