第5話 翡翠の思い
「名を"白“と申します。主よ。」
牙狼は耶咫に恭順した。そして今は人型となり、耶咫の側に控えている。その姿は若き女の姿だった。狼の耳と尾が揺れていたが…。
「あの、その、恭順してくれるのはありがたいのだけど、その…、格好は何とかならない?」
白は裸であった。
「そ、そうよ。服くらい着なさいよ。」
「ふん、小娘に指図されたくないわ!人とは面倒な者よ。」
「ねえ、翡翠。白に服を貸してあげてくれない?」
翡翠は白をひと睨みすると渋々荷物から着替えを出して白へ渡した。
「ふん。」
白は鼻を鳴らすと翡翠の服を着た。
「まあまあ着丈はあっているな。だが胸が苦しいの。」
この言葉に翡翠はショックを受ける。翡翠は少々胸が小さい事を気にしていたのだ。
「な、な、何よ。」
「ふん、まあ胸元を開けば問題あるまい。主よ、どうじゃ?似合っているか?」
胸元がばっくりと開いた白の服装を見て、耶咫はしどろもどろになる。
「う、うん。似合っているよ…」
「何じゃ?主は大きな胸が好みか?この小娘は小さいからの。どうじゃ主?触っても良いぞ?」
「な、な、何言ってんの!耶咫もにやけちゃってさ!やらしい!」
ぷりぷりと怒る翡翠の事を白は気にも留めない。
「何じゃ。自分の胸が小さい事を気にしているのか?」
そう言うと白は翡翠の胸を服の上からおもむろに揉み上げた。
「ひゃん。」
思わぬ嬌声が翡翠の口から漏れた。
「大丈夫じゃ。感度は良いようじゃ。大きさなど気にしなくて良い。主が大きい胸を所望の時は私のを貸してやろう。」
翡翠は顔を赤くして震えていた。
「何言ってんの!私は胸が小さい事なんか気にしていない!」
「そうだよ、翡翠。翡翠はとてもきれいな身体をしているんだから自信持ちなよ。」
翡翠は耶咫の言葉にニヤけてしまった。
「え?耶咫…、ありがとう。」
しかし翡翠はお礼を言った後に我に帰る。
「な、な、な、耶咫!私の裸は忘れたって言ったくせに!」
翡翠は側に落ちていた木の棒を拾い上げると耶咫の頭を叩こうとした。
「忘れろ!!」
「翡翠!忘れた!忘れたから!」
二人の様子を見ていた白がニタニタと笑った。
「何じゃ、小娘。主に裸を見られて恥ずかしがっておるのか。初々しいのお。」
そう言うと白はおもむろに翡翠の服を後ろから捲りあげた。
「!」
翡翠の形の良い胸が耶咫の前に露わとなった。この間は暗くわからなかった乳首のきれいな桃色までが耶咫の目に飛び込んでくる。
「おお。きれいな胸じゃ。小娘よ、自身を持ってもよいぞ。」
「き、きゃーー」
翡翠は急いで服を直すとその場に座りこんだ。
「耶咫!見た?」
「いや?見えなかったよ。」
耶咫の言葉に少しだけ翡翠は安堵した。み、見えなかったのか…。
「主、嘘はいけない。主からは発情の匂いがしておるが。」
白はそう言うと耶咫の股間の匂いを嗅いだ。翡翠は何気に耶咫の股間に目をやった。
「な!」
耶咫の股間は服を押し上げていた。翡翠はその大きさに驚くと同時に耶咫が嘘をついていた事を悟った。
「いやーー」
翡翠が握りしめて振るった拳はきれいに耶咫の顎を捉えていた。
◇
気がつくと耶咫は翡翠に膝枕をされていた。
「あっ、気が付いた?」
「うん。あれ?白は?」
翡翠は黙って指を指した。そこには項垂れている白がいた。
「私が耶咫を殴り倒したから、私が耶咫より強いと勘違いしたみたい…。」
「そ、そう…」
翡翠は真面目な顔をすると耶咫の目を覗き込んだ。
「殴っちゃってごめん。耶咫。」
「いや、こちらこそ。」
耶咫は色々と言い訳したかったが逆効果だと思い、黙っていた。
「ねえ、耶咫。あなた、私を助けてくれた時に私の事を友達って言ってくれたでしょ。うれしかった…、ありがとう。」
翡翠は耶咫の額に掌を当てるとはにかみながら言った。耶咫は翡翠から目を逸らしながら答えた。
「あ、当たり前だよ…。」
「うん、でもありがとう。それと…、耶咫…、今は霊数が50くらいだね。精霊を解放したの?」
「それが…、わからないんだ。」
「わからない?」
「そう。わからない。白が恭順して、翡翠の足の怪我を治したら、もう精霊の力は必要ないだろ?そう思ったら、精霊から離れていったんだ。」
翡翠の足の怪我は【光】の精霊の力できれいに治っていた。もう翡翠には痛みも感じなかった。
「そうなんだ…。」
翡翠は密かに思っていた。耶咫はあの時、紛れもなく10,000の精霊を支配していた。きっとあの時点で耶咫は史上最強の精霊使いだっただろう。
でも…、耶咫が精霊を解放したのは優しさなのではないか?あの時、耶咫は強い力で精霊を支配下に置いていた。それは精霊の意志ではない。耶咫はそれを無意識に嫌ったのではないのか?だから精霊を解放したのではないか??
翡翠は改めて耶咫の顔を見た。
(ふふ、眠そうな目をしている…。私はこの人が精霊の王になった世を見てみたい。精霊をも思えるこの撰霊の世を…。)
私は侍人として耶咫を支えたいと。私を守ると言ってくれた優しい撰霊の力になりたいと。翡翠は強く思った。
「裸を見られて、絆されちゃったかな…?」
「え?翡翠、何か言った?」
「いえ、何でもない。」
翡翠はそれ以上、耶咫に聞かなかった。金剛が耶咫に何も言ってないのに翡翠が耶咫に色々言う必要はない。翡翠はそう考えていた。
(全ては忌部村に着いてからだ。)
「それはそうと耶咫。あなた、いつまで私に膝枕されてるの?」
翡翠に指摘されて耶咫はドギマギした。
「あ、ご、ごめん。」
すぐに避けようとした耶咫の頭を押さえて翡翠は聞いた。
「気持ち良かった?」
「う、うん。」
「そう。それは良かった。」
翡翠は今度こそ耶咫の頭を避けると立ち上がった。
「じゃあ、夜ご飯にしましょう。私、お腹減っちゃったよ。」
耶咫がそうだね、と答える前に翡翠は焚き火へ串に刺した魚をかざし始めた。
焚き火の光が翡翠の顔を赤く照らし、耶咫はその光景を美しいなと思っていた。
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