第4話 覚醒
翡翠の刀筋が一本の光となって牙狼に迫った。霊力が刃となる。
しかし、牙狼は精霊を呼び出すと声に霊力を載せて翡翠へと放った。
「ガー」
咆哮が形となって翡翠の刀とぶつかり合う。
「【空】の精霊を使うのか!」
ぶつかりあった霊力は空中で爆散し、翡翠の身体を弾き飛ばした。
「!」
翡翠は地面に叩きつけられるのを覚悟したがその衝撃は来なかった。
「耶咫…」
地面へ叩きつけられる寸前に翡翠は耶咫へ抱えられていた。
「牙狼。この娘に手を出すな。」
「ほう。奇妙な霊力を持っているな、人間。だが弱い力だ。」
「そうかよ!」
耶咫は牙狼に駆け寄った。牙狼はそんな耶咫をうるさそうに前足で薙ぎ払った。
その一撃を耶咫は紙一重でかわす。その勢いのまま、耶咫は牙狼の目を狙って霊力を放つ。耶咫が放った霊力は小さな砂粒となり、牙狼の目を塞いだ。
「ぐわー」
牙狼は苦悶の呻き声をあげた。
「翡翠、今のうちに逃げ…」
『逃げよう』と続けた耶の言葉は最後まで発する事ができなかった。
「小僧!!」
牙狼は闇雲に精霊を集めると風の力へと変え、辺りを吹き飛ばした。慌てて翡翠が土壁を出現させて飛んでくる風の刃を防いだ。
「翡翠!」
しかし翡翠の土壁は全ての風の刃を防ぐ事はできなかった。風が止んだ時、翡翠の右足からは血が滴っていた。
「うぐ。」
顔をしかめながらも翡翠は気丈だった。
「耶咫、足をやられた!私は走れない。あいつの目が見えないうちに逃げて!」
「ダメだ。翡翠を置いては行けない!」
「小僧!許さんぞ!」
視力が戻ってきた牙狼が吠える。
「耶咫!」
翡翠は痛む足を引き摺りながら耶咫の前に出て刀を構えた。そして、牙狼を睨みつけると
「私の撰霊に手を出すな!」
翡翠の必死な叫びは耶咫の中の何かを突き動かした。
「ならば二人まとめて死ね!」
牙狼は声に霊力を乗せると咆哮した。不可視の力が耶咫と翡翠を襲う。
「ぐっ」
翡翠は覚悟した。でも耶咫の事は守りたかった。せめて侍人として支えた撰霊を傷つけたくなかった。翡翠は全ての霊力を刀に込めると牙狼の咆哮に斬りつけた。しかし、翡翠はまたしても牙狼の霊力に弾き飛ばされてしまう。
(くっ、まだだ。耶咫を守らなきゃ…。)
地に倒れ伏した翡翠は足に力を込めたがどうしても立ち上がる事ができない。
「や、耶咫!逃げて!」
牙狼はそんな翡翠を見据えた。
「小娘、お前から片付けてやろう。」
牙狼は咆哮しようと口を開けた。
「待て!」
耶咫だった。耶咫は翡翠の前に立っていた。
「僕の友達を傷つける事は許さない。」
翡翠には耶咫の静かな怒りが伝わってきた。
「耶咫…」
そして、唐突にそれは起こった。
「何?何が起きるの?」
耶咫が手を空に伸ばすと精霊達が騒ぎ始めた。
「精霊達、僕に力を貸してくれ!」
耶咫の問いかけに精霊が答えた。耶咫を中心に100km四方にいた精霊達が耶咫の元へと集まってきた。
「お、お前達!お前達は私の精霊ぞ!」
牙狼が焦りながらも精霊の支配を奪われまいと叫ぶ。
翡翠は信じられない思いでその光景を見ていた。耶咫は牙狼からも精霊の支配権を奪い、自分の支配下に置いたのだ。それ以外にもたくさんの精霊が耶咫の元へと集まってくる。
それは世界の意思のように感じられ、翡翠は感動していた。
「すごい…。こんな事が起こるなんて…。精霊の力が耶咫に集まってくる…。」
今、耶咫は10,000の精霊を支配下に置いた。それは史上最強の精霊使いが誕生した瞬間だった。
◇
「翡翠…、元気かな…?」
砂寿は【土】の屋敷の一室で外を眺めながら呟いた。砂寿は翡翠よりも4つ年上。25歳。小さな頃から翡翠とは本当の姉妹のように育った。血のつながりはないが、翡翠は砂寿を『砂寿姉』と呼び、とても慕っていた。
(それにしても…。)
砂寿は土門に対して憤りに近い感情を持っていた。
(土門様もひどいよね。翡翠を侍人にするのは良いよ…。翡翠は優秀だからね!でもさ、あんなに訳のわからないやつの侍人にする事ないじゃない…。)
翡翠が耶咫の侍人に推挙された時、砂寿は土門へ大いに抗議した。
(まあ、聞き入れてくれなかったけどね…。本当は【空】の空青様の侍人になって欲しかったなぁ。)
砂寿は快活な空青の顔を思い浮かべた。
(きっと空青様は精霊の王には興味はない。空青様の侍人だったら、翡翠も苦労する事なかったのに…。)
砂寿は一旦、思考を停止すると身なりを整え直す。
(そろそろ土門様のところに行かなきゃ。あと3月ほどで精霊戦が始まるんだから…)
【土】は精霊戦には参戦しない。【土】には精霊戦を見届ける義務があるのだ。
(“判ふ人“が土門様のお役目。翡翠達、侍人もがんばっているんだから私も土門様をお支えしなくちゃ。)
【土】は精霊の王にはならない。精霊戦を陰から査定する判ふ人の役目を担う。侍人も判ふ人である土門から指名された【土】の者が担う。
「!」
その時、砂寿は膨大な量の精霊が1ヶ所へ集まって行くのを感じた。
「これは何??」
思わず声に出した砂寿は土門の部屋へと急ぐ。
(2,000?いや、もっとだ。5,000、8,000?いや、まだだ!10,000?10,000を超えるか!)
砂寿は驚愕していた。
(これは?精霊使いの仕業なの?)
霊数が10,000を超える精霊使いなど砂寿は聞いた事がなかった。しかも、この方向は?
「はっ!忌部村の方??翡翠!」
砂寿はノックもせずに土門の部屋の扉を開けた。蹴破るほどの勢いで。
「土門様!この霊数は??」
土門は忌部村の方向を睨みながら仁王立ちしていた。だがその口元は笑っていた。
「やつめ、やっと覚醒しおったわ!砂寿!撰霊のための武器を見直さなくてはなるまいな。」
この人はこうなる事がわかっていたのか…?奇妙な胸騒ぎを覚えながらも砂寿は一礼すると部屋から出た。
「翡翠?あなたは…?」
砂寿は翡翠を思うと鍛治工房へと向かった。そう、撰霊の武器を見直すために。
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