第3話 邂逅
「耶咫様なら耶咫様だとどうして最初から名乗らないのですか!耶咫様だとわかっていれば私だって他にやりようがあったんです!」
ぷりぷりと怒る翡翠を耶咫は持て余していた。
「いや、だって問答無用で斬りかかってきたのはそっちじゃないか!」
翡翠は自分の言っている事が言いがかりである事はわかっていた。わかっていたがどうしても納得できなかったのだ。
「だって!私の水浴びを覗いていたじゃないですか!!それに!あなたの霊力は何なんですか!気持ち悪い!」
翡翠の言葉に耶咫は言葉に詰まった。耶咫が翡翠の水浴びを見てしまったのは事実だから。それに耶咫は自分の霊力を訝しがられる理由もわからなかったのだ。
「やらしい!」
「や、やらしい?気持ち悪いだけじゃなく、やらしい?ぼ、僕は…」
「ふん、だったら謝罪してください。『翡翠さんの裸を見てしまいごめんなさい。償いとして僕は翡翠さんの犬になりますわん。』はい、続けて!」
「翡翠さんの裸を見てしまいました。僕はお詫びに翡翠さんの犬になります。」
「『わん!』」
「わん…」
翡翠は満足そうに頷いた後に裸を見られた事を思い出したのか、顔を真っ赤にした。
「あと、私の裸は忘れてください!」
「え?あんなに衝撃的な事を忘れろったって…」
翡翠は近くに落ちていた木の棒を振り上げると耶咫の頭を叩こうとした。
「頭に衝撃を受けたら忘れるかしら?」
「あああ!忘れた、忘れたよ!全然、覚えてない。」
「本当?」
「本当に…。」
翡翠は満足気に頷いた。
「じゃあ、ポチ。」
「ポ、ポチ?」
「私はあなたの侍人です。ですがあなたは私のポチでもありますので、私はあなたと対等な立場と考えます!なので、敬語はつかいません。敬称もなし!良いわね、耶咫。」
耶咫は混乱していた。翡翠の申し出はどうでも良いのだが。
(翡翠が僕の侍人?どういう事だ?)
「翡翠。それは良いのだけど、翡翠が僕の侍人ってどういう事?」
「あれ?金剛様から聞いてない?」
耶咫はこの翡翠の言葉も意味がわからなかった。
「金剛様って…、誰?」
「あれ?耶咫と一緒に暮らしていると聞いているけど…?」
「もしかして、爺さんの事?でも僕の爺さんは真木という名前だけど…。」
今度は翡翠が少し考えてしまった。
(金剛様…。偽名を使ってるのかな…?)
翡翠は事情がある事を考慮してこれ以上、この話題を続ける事を避けた。
「まあ、忌部村に戻ったらわかるでしょ。私もこれ以上は話せない。」
「うん、わかったよ。」
耶咫も翡翠にこれ以上は聞かなかった。
「ところで。耶咫は何歳なの?」
「え?僕は21歳だけど。」
「ふーん、同じ歳か。何月生まれ?」
「三の月。」
「え?私と一緒。日は?」
「4日だけど。」
「私は2日。ふふーん、私の方がお姉さんだ。やっぱり耶咫、あなたは私のポチだね。」
「な、何だよ。たったの2日じゃないか。」
翡翠は耶咫に悪戯っぽく微笑みかけた。
「まあ、そうね。じゃあ、友達って事にしてあげる。」
「え?友達?」
「そう。友達。」
「友達…か…。」
屈託なく笑う翡翠を耶咫は魅力的だなと思っていた。
◇
忌部村まであと1日半といったところか。耶咫と翡翠は森の中を進んでいた。
初めて耶咫を見た時、翡翠は耶咫が怖かった。なぜなら耶咫は翡翠の知らない霊力を持っていたからだ。精霊の力は霊力と言われる。
その力は【土】【火】【水】【空】【光】の属性に分けられる。耶咫の霊力はそのどれにも属さないのだ。
(最初、耶咫の事、怖かったけど…。基本的にあいつって優しいんだよな…。それにしても耶咫の霊数は低過ぎる。こんなんで精霊戦を戦えるのかしら…。)
翡翠は忌部村に向かう道中、耶咫の事を観察していた。
(普通、撰霊の霊数は5,000を超えると言う。火の首、火破様の霊数がたしか5,900だったはず…)
霊数とは支配下に置いている精霊の数である。霊数が多いから強いという訳ではない。精霊の力を引き出す使い方やコントロールが重要だ。もちろん、精神力や技、体力も重要である。
(心技体霊。霊数が強さの尺度ではないとわかっていても…。うーん。)
翡翠の見たところ、耶咫の霊数は50ほど。しかも全ての属性の精霊を配下としている。
(はあ、耶咫って器用貧乏なのかな…)
しかし、翡翠は耶咫の心技体が飛び抜けて優れている事は承知していた。
(それだけに残念なんだよな…)
翡翠は自分の支えるべき撰霊を繁々と見つめていた。
「何、翡翠?僕の顔に何かついてる?」
「いーえ、何も。」
「そう…。」
「ねえ、耶咫。あなた、精霊の声が聞こえると言ってたよね。」
唐突な翡翠の質問に耶咫は言葉に詰まった。
「どういう感じなの?」
そんな耶咫に構わず、翡翠は質問を続ける。
「どうって…。何となくだよ。『気がする』というのが近いかな。」
「そうなんだ…。」
翡翠は精霊の声がわかる精霊使いなど聞いた事がなかった。
(こいつ、強いのか弱いのか?よくわからんな。)
時間はもう少しで夕方になる。
「ねえ、翡翠。今日はこの辺りで野宿しようよ。もうすぐ暗くなるし。」
「そうね。あの辺りの地を精霊に均してもらうね。」
翡翠が精霊を呼び出そうとした時だった。
「翡翠!危ない!」
耶咫は翡翠を抱え込むと地面に転がった。一瞬の後、翡翠がいた空間を獰猛な爪が薙ぎ払う。そこには真っ白で大きな魔獣がいた。
「牙狼!」
大きさは5mほど。ものすごく強い力を感じる魔獣。
「小娘、お前から我の同胞の血の匂いがする。」
翡翠には心当たりがあった。あの大狼の仲間。翡翠は瞬間的に腰から刀を抜き、上段に構えた。すぐに精霊を呼び出し、刀へと宿らせる。
「ほう。なかなかに強い霊力だ。だが我の敵ではない。」
翡翠は牙狼の言葉が真実である事をわかっていた。しかし、
「耶咫、下がって!これは私とこいつの問題。刀も持たないあなたでは相手にならない!」
そう言うと翡翠は空に飛び、牙狼の頭を目掛けて刀を振りおろした
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