第2話 耶咫
耶咫は精霊が騒ぐのを感じていた。耶咫は数日前から近隣の町まで買い出しに出ており、今はその帰り道である。
いつもは街道沿いに村まで帰るのだが、町で薬草の入手に時間がかかり、帰路を急いでいた。そのため、いつもは通らない森を抜ける近道を選んだ。
「今日は精霊が騒がしいなあ。力のある精霊使いが近くにいるのかな?」
耶咫は近くの忌部村の祭司である真木の孫である。小さい頃から真木に刀術と精霊の使い方を叩き込まれていたために精霊の気配に敏感だった。
「まあ、僕は精霊を呼び出すのが苦手だけどね。」
耶咫は【土】【火】【水】【空】【光】全ての精霊を使う事ができた。普通はあり得ない事である。
「もっとも僕の力は強くない…。器用貧乏なんだよな。」
一人でもの思いにふけりながらも精霊が騒がしい地へ向かっていた。
「なぜだろう?精霊に呼ばれている気がする。」
耶咫はこのような感覚になるのは初めての事だった。
「え?大狼の遠吠え?精霊が騒がしい方向だ。急がなきゃ。」
大狼の声は獲物を狩るために仲間を呼ぶためのものだった。耶咫は大狼の声の方へと駆け出した。
◇
「きれいに斬られているな…。」
耶咫がそこで見たのは10頭の死んだ大狼だった。
「この数の大狼を反撃させずに倒すとは…。かなりの使い手だな。え?こっち?」
耶咫は大狼を倒した人物に驚嘆しながらも精霊の呼ぶ方へと川沿いを進んだ。まもなく滝の音が聞こえて来る。
「滝にいるの?」
精霊の声に導かれて耶咫は滝へと至った。そこには。
「なんて美しいんだ…」
滝の飛沫を受けながら水浴びをする少女がいた。その足首から長い脚、臀部への引き締まったラインの素晴らしい事。桃のような尻は無駄な脂肪は付いていないのに柔らかさを感じさせる。腹から腰回りは理想的に括れており、縦長で小さな臍が陶磁器のような滑らかな腹の真ん中に窪んでいた。
そして何よりも。
「女神さまか…?」
大きすぎない彼女の艶かしい双丘にはちょこんと上向きな小さな乳首があった。それは彼女の凛とした容貌と合わさり、神が描いた絵の様だった。
その時だった。急に彼女は川から上がると岸辺に立てかけてあった刀を鞘から抜き、中段に構えた。鋭い殺気が辺りに放たれる。
「誰?」
その覇気から耶咫は大狼を斬ったのがこの少女だと悟った。耶咫は息を吸い、呼吸を整えると少女の前へ姿を現した。
「こ、こんばんは。驚かせてすまない。精霊が騒ぐので様子を見…、のわ!」
耶咫が全てを言い終わる前に翡翠は耶咫に斬りかかった。翡翠からすると得体の知れない霊力の持ち主が精霊の言葉を聞けるだけで脅威なのだ。
しかも、自信を持って打ち込んだ一撃を難なくかわされた。翡翠はこの男を殺すつもりはなかった。肩口を斬って脅すくらいのつもりだったのだが、こうも見事に刀筋をかわされると本気にならざるを得ない。
「あなた、何者?」
翡翠は問うだけ問うと答えを待たずに鋭い突きを繰り出した。耶咫はその必殺の突きをも身体を傾いだだけでかわすと翡翠の腕を抑え込んだ。柔らかな翡翠の感触が耶咫に伝わる。
「えーと、僕は忌部村の者だ。刀を収めてほしい…。」
翡翠は驚愕した。この男は翡翠の必殺の突きをかわしただけでなく、胸元に飛び込み刀を封じて見せたのだ。侍人に選ばれた翡翠の刀筋を…だ。
「精霊達!」
翡翠は精霊を集めるとその力で耶咫を弾き飛ばした。
「あの、裸で暴れるから…。その、丸見えだからさ…」
耶咫のその言葉に翡翠は羞恥と怒りで逆上した。
「くっ、この、バカ!死ね!」
翡翠は精霊を刀へ宿すと耶咫に振り下ろした。大狼の首を一撃で落とす翡翠の一撃。
それをも耶咫は翡翠の手元へ飛び込むと翡翠の腕を掌でちょんと押し、刀筋の軌道を変えた。
軌道を変えられた翡翠の斬撃は空を斬った。放たれた霊力が地面を穿つ。5mほどの亀裂が地面に走る。
(こ、こいつ。強い!)
翡翠は剣戟を放った勢いで耶咫の顔を狙って蹴りを放った。耶咫はこの攻撃も顔を傾けて避けた。
「いや、だから。本当に見えるから…」
真っ赤な顔をしながら耶咫は翡翠に語りかけた。翡翠が足を振り上げるので耶咫からは彼女の秘部がチラチラと見えるのだ。
翡翠は耶咫の言わんとしている事を悟って攻撃を躊躇した。それよりも翡翠は耶咫に勝てない事もわかっていたのだ。
翡翠は顔を真っ赤にすると耶咫から距離をとった。そして刀を構え直すと改めて聞いた。
「あなた、名前は?」
「僕は耶咫。忌部村の耶咫だ。」
それを聞いた時、翡翠にはもう戦意はなかった。
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