第17話 【空】の撰霊
武天村を出てから1月半が経った。白は武天村に残った。代わりに砂寿が耶咫と翡翠に同行している。もうそろそろ【土】の里に着く。
耶咫と翡翠はおそろいのジャケットを着ていた。武天村で翡翠が武器庫に乗り込み、石場から巻き上げてきたのだ。
耶咫はこのジャケットが気に入っていた。軽く、丈夫。何よりも動きやすいのだ。
翡翠は耶咫がこのジャケットを着ているのを見るとニヤニヤするようになった。耶咫は翡翠が嬉しそうな訳がわからなかったが、翡翠がニヤニヤする度に砂寿の目つきが鋭くなるのには辟易していた。
「あ、あの…、砂寿さん。このジャケット…、お譲りしましょうか?」
今日もニヤニヤが止まらない翡翠に砂寿は不機嫌だった。
「耶咫様、私は別にジャケットがほしい訳じゃありません!翡翠はあなたの侍人なのだから同じ服装な方が良いでしょう。」
「はあ、そうですか…。」
やはりツンツンしている砂寿だった。しかも砂寿は翡翠には一切、この不機嫌さを見せないのだ。
(砂寿さん、僕にわざと不機嫌な感じを出すんだもんな…。はあ…。)
耶咫は翡翠に砂寿の機嫌が悪くなるから、ニタニタするのをやめてほしいと言おうとしたのだが…。
(あの時の砂寿さん…。怖かったなあ。)
その時の事を思い出して耶咫は身震いした。翡翠に砂寿の事を言おうとした瞬間に氷でできた槍を突き刺されたような冷気を孕んだ殺気を感じたのだ。
(砂寿さんって【水】の精霊も使えるのかと思ったよ…。はあ…。)
なので今日も耶咫は砂寿からの冷たい視線に耐えているのだ。
「耶咫、もう少しで【土】の里だよ。」
翡翠のうれしそうな声に耶咫は思考を中断した。
「ああ、とても精霊の力が強い土地だ。」
耶咫は感動していた。忌部村も精霊の力が強い土地だが、
(全然、精霊の数が別格だな。)
「耶咫様、『始まりの時』まで少し早く里へ着きます。しばらくは私の家に泊まってはいかがですか?」
「はあ、それはありがたいのですが、翡翠は?」
「当然、私の家に泊まります。耶咫様の侍人なんだもの、当然です。」
翡翠を見るとコクンと頷いていた。
「あの、翡翠は家に帰らなくても良いの?【土】の里に翡翠の家があるんじゃないの?」
「私は一人だから…。」
「え?」
「私に身寄りはいないんだ。小さい頃に両親は病で亡くなったの。家はあるんだけど、砂寿姉が泊めてくれるなら、その方がうれしいかな?」
「そうなんだ…。」
「そう。小さい頃から砂寿姉のお父様とお母様にはお世話になってるんだ、」
翡翠の事、全然知らないな。耶咫はちょっとした寂しさを抱えて思った。この頼りになる耶咫の侍人を。
「まあ、耶咫様。気兼ねなくしてもらって良いからね。」
耶咫は砂寿の言葉に頷いていたが、翡翠の事が気になって翡翠の顔を盗み見ていた。そんな耶咫に翡翠はすぐに気がついた。
「耶咫、あなただって同じでしょ。耶咫にもご両親はいないじゃない?」
「ああ、でも僕には爺さんがいたから。」
「あら、私にだって砂寿姉や砂寿パパ、砂寿ママがいるわ。私は幸せものなんだ。そう、それに今は耶咫がいる…。」
翡翠の最後の言葉は消え入りそうな小さな小さな声だった。その言葉は耶咫には届かない。でも、砂寿は翡翠の言葉をしっかりと聞いていた。
「本っ当に二人とも!不器用なんだから!!」
「「え?」」
「何でもない!!」
砂寿にしても複雑なのだ。二人を応援したいのだが判ふ人としての【土】の役目もある。特定の撰霊に表立って肩入れできないのだ。しかも、
(翡翠を取られたくない!!)
後の方が砂寿の本音なのだが、砂寿は翡翠には幸せになってほしいのだ。
(うーー、モヤモヤする!)
こうして砂寿のモヤモヤは耶咫にぶつけられるのだ。理不尽な事は砂寿もわかっていた。だけど。
(耶咫様、ごめん。でもこれくらい許してね。)
◇
【土】の里。空青は【空】の臣を15人ほど連れて先ほど【土】の里に着いた。すぐに【土】の武士団長である鉄扇が出迎える。
「空青殿、長旅お疲れ様です。」
「ああ、鉄扇さん。お疲れです。少しの間ですがお世話になります!」
ペコっと頭を下げる空青に鉄扇は好感を持っている。
空青は【空】の首。22歳、女性。快活な性格で多くの人々に慕われていた。次の精霊の王になってほしいと願う者も多い。
「いかがされました?」
キョロキョロと辺りを見回す空青に気がついて鉄扇が声をかけた。
「いえ、砂寿さんの姿が見当たらないので…。」
普通であれば土門の名代を務める砂寿がこのような時は同席するのだが…。
「ああ、砂寿は【闇】の撰霊をお迎えに行ってます。」
空青はそれを聞いてちょっとだけがっかりしたように鉄扇には見えた。
「あと2、3日もすれば【土】の里へ戻ると思いますが…。」
「そうですか…。」
空青は凛として美しい【土】の名代に密かに憧れていた。今日も会えるのをとても楽しみにしていたのだ。
「空ちゃん、残念だったね。」
ニヤニヤしながら声をかけたのは空青の侍人、青玉である。
青玉。25歳、女性。【土】の臣で【空】の撰霊の侍人。空青とよく似た性格で闊達。空青の姉のような存在だった。
「私も砂寿さんに会いたかったなあ。翡翠ちゃんにも。」
空青は翡翠という名に覚えがあった。
「ああ、風牙から報告があった…、例の撰霊の侍人ね。」
「うん、砂寿さんに似てる…。とても芯の強い子よ。」
「そう。それは会ってみたいね。」
空青はそう言うと後ろに控えていた風牙に声をかけた。
「風牙、私と青玉は土門殿にお会いしてくる。皆んなは宿に行ってくつろいで。」
「しかし、何かあっては困りますので何人か連れて行ってください。」
風牙としては空青に何かあったら困るのだ。
「鉄扇さんも一緒だし、大丈夫だよ。何たって私は強いのよ?」
こう言われてしまうと風牙は何も言えないのだ。確かに空青は強い。撰霊の中でも一二を争う実力者だ。空青が精霊の王に成りたがっていない事を知っている風牙はそれが歯痒かった。
「かしこまりました。ですが、早めのお帰りをお願いします。」
空青は風牙の言葉にひらひらと手を振って見せた。
「それじゃあ、青玉、鉄扇さん、いきましょうか?」
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