第14話 砂寿、殴る…
翡翠と砂寿は耶咫を伴うと砕躯の工房へと出向いた。心なしか砂寿に元気がなかったが翡翠は気にしないことにした。
砕躯の工房は村のほぼ真ん中に位置している。多くの弟子を抱える大きな工房だった。
「砕躯翁にお会いしたいのですが。」
工房の入口で翡翠は弟子の一人に声をかけた。
「ああ、砂寿殿に翡翠殿。師匠ですね。少々お待ちください。」
弟子の言葉に翡翠は少しホッとしていた。ちゃんと取次をしてくれそうだったから。だが。
「ところで砂寿殿、翡翠殿。この盾の曲線を見てください。滑らかでいて優美なラインだとは思いませんか!!ああ、この曲線を撫で上げると身体が震えてしまう。是非是非、体験してみてくださいませ!!!」
弟子はそう言うと盾を翡翠に押し付けて来た。
「あ、いや、ちょっと…」
途端に砂寿が一喝した。
「貴様!私の妹に無礼な態度を取ると殺すぞ!」
その鋭い殺気をはらんだ一喝に弟子は震え上がった。
「ひ、ひえー。す、すみませんでした!」
平謝りの弟子が可哀想になり、翡翠は砂寿の袖を引いた。
「砂寿姉、私は大丈夫だからその辺で…」
砂寿は翡翠に笑いかけると弟子に言い放った。
「翡翠のおかげで命拾いしたな。では砕躯翁の所に案内しろ。」
「は、はい!」
弟子は一礼すると3人を工房の中へと誘った。
「こ、こちらです。ところでこの小刀を見ていただけませんか!この光輝く刃紋のうつ…」
『バキッ』
すごい音をたてて弟子は吹き飛んでいた。
「いいかげんにしないとぶっ飛ばすぞ!!もういい!勝手に探す!」
「いやいや、砂寿姉!もうぶっ飛ばしているから!」
耶咫は二人の様子を見ながら砂寿だけは怒らせないようにしようと心に誓っていた。
(翡翠は砂寿さんに似たんだな…。)
合わせて耶咫は翡翠も怒らせないように気をつけようと思っていた。
「何?耶咫?あなた、失礼な事を考えてない?」
「いや、なんの事かな??」
「まあ、いいわ。」
耶咫は翡翠の感の良さにも内心で戦慄したのであった。
◇
「砕躯翁!何なんですか!いや、わかってます。石場を筆頭に皆が武器オタクだと言うことは!でもちっとも話が通じないのはいかがなものかと思いますが!!」
砕躯は砂寿の剣幕にも動じずにニヤニヤと笑っていた。憮然とした表情の砂寿。
「まあ、多めに見てやってくれ。」
「まあ、よいですけどね…」
そこへ砕躯に似た婦人がお茶を持って入って来た。
「砂寿さん、翡翠ちゃん。お久しぶりです。耶咫様。初めまして。砕躯の娘、砕桜です。」
歳のころは40くらいか?品のある婦人だった。
「お久しぶりです。砕桜さん。」
「初めまして。忌部村の耶咫と申します。」
「まあまあ、金剛さんに聞いていた通りの方だったわ。」
「え?爺さん、僕の事を話していたのですか?」
砕桜はその問いには答えずに翡翠に笑いかけた。
「翡翠ちゃん。良かったね。」
その言葉の意味を理解して翡翠は顔を赤くした。
「い、いやだなあ、砕桜さん。私と耶咫はそんなんじゃないから…」
砕桜はふふふと楽しそうに笑った。
「もう、砕桜さん!」
「ふふふ、ごめんごめん。あんまりからかうと砂寿さんに怒られそうだから、この辺にしておこうかな?」
砕桜はブスッとした表情をしている砂寿を見ながら答えた。
「耶咫様の刀は砕躯が命をかけて打ちます。その刀は武天村の責任において『始まりの時』までに耶咫様へお届けします。」
砕桜は力のこもった声で宣言した。しかし、皆、それが日程的に難しい事を承知していた。
「先の刀が耶咫様の力にそぐわないものだった。これは武天村全体の責任です。」
砕桜の言葉を砕躯は目を閉じて聞いていた。
「その…、耶咫。白に、白に刀を運んでもらうことはできないかしら?」
「白に?まあ、それは可能だと思うけど。白、暴走しないかな?」
それは翡翠も思った事だった。
「白を制御できる者がいれば良いけど…。この村の人達は癖があるからなあ。白に嫌われそうだよね…」
「それならば、私が白さんにお供します。」
「え?砕桜さん、白は牙狼ですよ?」
「はい、私。動物が好きなので!」
有無を言わさない砕桜の言葉に皆、押し黙るしかなかった。
「確かに時間的にもそれがよかろう。」
沈黙を破ったのは砕躯だった。
「なあに砕桜は我が娘。このくらいの使命はやり遂げるであろうよ。」
砕桜が耶咫に一礼した。
「わかりました。砕桜さん、よろしくお願いします。」
「よし、そうなれば少し時間に余裕ができた訳だが…。それでも時間は有限だ。耶咫様。道場で刀を振ってみてもらえんかね?」
集中したいとの砕躯の申し出で道場には耶咫と砕躯の二人だけで行ってしまった。
「砕桜さん、ありがとうございます。本当なら私が刀を届けるべきなのでしょうが…」
「いえ、砂寿さんにお役目があるのはわかってますから。」
「はい、ありがとうございます。」
「ところで翡翠さん。防具を一揃い、見繕って行かない?」
唐突な砕桜の申し出だったが翡翠はとてもありがたかった。
「本当に?良いのですか?」
「うん、石場に手紙を書くから、村の武器庫から好きなのを持って行くとよいわ。」
その名を聞いて翡翠も砂寿も面倒ごとの予感がした。そんな二人の様子を楽しそうに見ていた砕桜は、紙を取り出すとサラサラと何事かを書きつけた。
「善は急げよ。ほら、行っておいで!」
砕桜は気乗りしなさそうな二人に手紙を渡すとその肩をポンと押した。
「精霊戦は甘くないわよ。できるだけ良い武具を身につけるに越したことはない。翡翠ちゃんの刀は砕躯が打ったものよね?」
砕桜の問いに答えたのは砂寿だった。
「はい、私がお願いをして翡翠のために砕躯翁に打ってもらいました。」
「うん、とても良い刀。翡翠ちゃんの霊力も良く馴染んでいる。」
良い武具は持ち主の霊力を浴びてその力を増していく。
「ほら!行っておいで!」
再び砕桜に肩を叩かれて二人は石場のあるいる武器庫へと向かったのだった。
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