第11話 【土】の里へ
「耶咫、すごく美味しかったよ!最後の雑炊まで美味しかったな。私は芹の香りとほろ苦い風味が気に入ったよ。」
無邪気な翡翠に耶咫は微笑んだ。確かに雑炊の仕上げのために少しだけ火を通した芹の風味は格別だった。
「耶咫様、金剛様。ご無礼を働いた上にご馳走までなり…。ありがとうございました。我々はここでお暇させていただきます。」
「なんだ。泊まって行けば良いのに。」
金剛の言葉に風香も黙って首を振った。
「そうか、残念だな。」
「耶咫様。『始まりの時』に是非、空青様を紹介させてもらいたく。よろしくお願いします。」
風牙の言葉に耶咫は、
(始まりの時?よくわからないが【空】の首を紹介してもらえるのはありがたいな。)
「ああ、ありがとう。風牙。風香も元気でね。」
風牙と風香は耶咫の言葉に頭を下げた。
「耶咫様。ありがとうございます。翡翠、今度会った時は負けないからね。」
「え?私はもう風香とは戦いたくないよ?」
「ふふふ、色々な意味でよ?」
意味ありげな風香の言葉に翡翠は顔を赤くしていた。
「な、私はそんなんじゃないから!」
風香は翡翠に笑いかけると背中に荷物を背負った。
「耶咫様。【土】の里でまたお会いしましょう。」
風牙と風香は一礼すると社を後にした。
「ふん、耶咫は寂しそうだね。」
翡翠の思いがけない一言に耶咫は目線を彷徨わせた。
「そ、そんな事ないよ。」
「ふーん、どうかしら?風香はかわいかったからね?」
「そ、そう思うけど…」
「やっぱりそう思っているじゃない?」
ツンツンする翡翠を金剛はニヤニヤしながら見ていた。
「な、金剛様、何ですか?」
「いや?なんでもないよ。」
侍人は撰霊にとってかけがえのない存在になる。
(翡翠は真っ直ぐに耶咫を見ている。土門様は良き侍人を耶咫に付けてくれた。)
だが金剛はその思いは口に出さない。いや、出せない。
(俺は判ふ人の意思に反じる事はできない。耶咫、翡翠…)
金剛の思いは金剛の胸の内深くに仕舞い込まれた。
◇
始まりの時。それは精霊戦の開始を意味する。
撰霊である耶咫は『始まりの時』を【土】の里で迎え、【土】の首である土門から認定されなければならない。今、耶咫と翡翠は【土】の里へ向けて旅をしている。お供は白である。翡翠としては耶咫と二人で旅をしたかったのだが白がどうしても聞き分けなかったのだ。
「まあ良いじゃない?白がいた方が何かあった時に心強いし?」
耶咫の言葉に翡翠は多いにイライラした。
(本当に耶咫って気が利かないんだから!)
「翡翠?」
「えー、えー、良いですよ。ぜーんぶ、何から何まで白にやってもらってください!私は耶咫の面倒はみません!」
「翡翠…」
耶咫は翡翠の勢いにオタオタしたが、なんだかんだと翡翠は耶咫の面倒をみていた。宿の手配や旅程の管理、物資の補充など。翡翠がいなかったらこんなに順調な旅はできなかっただろう。耶咫は前を歩く翡翠に思わず手を合わせて拝んでいた。それは翡翠への純粋な感謝なのだが…
「何?」
翡翠の冷たい声に思わず身震いする耶咫だった。
【土】の里までの行程は3ヶ月ほどか。そして早くも耶咫と翡翠は旅に出てから一月が経とうとしていた。旅はすこぶる順調
「耶咫、そろそろ【土】の領土に入るよ。」
「そうか、翡翠、ありがとう。おかげで快適に旅ができてるよ。本当に感謝してる。」
これは耶咫の本心だった。耶咫はこの侍人に心底感謝していたのだ。
「ま、まあ、感謝してるならもっと私の事をかまいな…」
『さいよ』と続けたかった翡翠の言葉は白によって遮られる。
「翡翠…。私は腹が減った…。そろそろ飯にしよう…」
軽く舌打ちしながらも翡翠は料理の準備を始めた。
「白は空気を読まないんだから…」
「何か言ったか?翡翠?」
「いーえ、何にも!」
文句を言いながらも翡翠は土の精霊を呼び出すと地面を平らに均して座りやすい環境を整えた。
「簡単な物しか無いよ。」
そう言いながらも干し肉を水から炊き上げると手軽に生えている野草を摘み、固くなったパンとともに煮込み、スープを作った。
「うん、美味しいよ。翡翠。」
「まあまあじゃな。ギリギリ合格と言ったところじゃ!」
白はそう言いながらも何度か、翡翠にスープのおかわりを要求した。苦笑しながらも翡翠は白へおかわりを渡す。
「耶咫。もう少し行くと【土】の村があるんだけど…」
「うん?」
「あの…、結構特殊な村と言うか…。」
そんな翡翠の様子に耶咫は首を傾げた。
「翡翠が言い淀むなんて珍しいね。」
「うーん、何て言ったら良いのかな?武器を作っている村なんだ。撰霊の武器も作っているんだよ。」
耶咫は翡翠がなぜ言い淀んでいるのかがわからなかった。
「へえ。翡翠は何か心配事があるの?僕が武器を作るに値しない撰霊と思われそう…とか?」
翡翠は耶咫の言葉に慌てて否定した。
「そんな事はない!耶咫は…、耶咫はとても強くて優しい撰霊だよ。耶咫の武器を作らないなんて言ったら石場のやつ、ぶっ飛ばしてやる!!」
ギリギリと拳を握る翡翠を耶咫はまあまあと宥めた。
「じゃあ、なぜ?翡翠は困惑してるの?」
翡翠は一瞬、言葉に詰まったが。
「変態なんだ。あの村の住人は皆、変態なんだ。」
「ど、どういう事?」
「あの連中は武器の事しか頭に無い!特に村の管理をしている石場というやつは"ど変態"なんだ!!」
耶咫は翡翠のあまりの迫力に押されてしまった。
「あ、あっ、そうなんだ…」
「ねえ、耶咫。【土】が皆、あんなんだと思わないでね?」
「う、うん。わかったよ…」
隣でスープを美味そうに飲みながら聞いていた白が翡翠に話しかけた。
「そういう事なら我に任せよ。主に無礼を働くようなら我の爪の垢にしてやろう。」
翡翠は白をキッと睨らんだが、目を逸らして肩を落としてしまった。
「何じゃ、翡翠。張り合いがないのう。」
「私もあいつらを切り捨ててやりたいと何度思ったことか…」
「翡翠…。切り捨てたいと思ってたんだ…」
「でも精霊戦を戦うには武器が必要!強い武器が!だから白…、我慢してね…」
力無い翡翠の言葉に白は思わず頷いてしまった。
「お、おう。わかった…。」
「まあ、翡翠。僕はこのままの僕で村の人達と接するつもりだよ。偽りの僕を見て作った武器なんて使いたくないからね。」
耶咫の言葉に翡翠は頷く。
「そうだね。耶咫。そうだよ。耶咫の言う通りだ。」
翡翠はへへへと照れ臭そうに笑うと耶咫の手を握った。
「この手に一番馴染む武器を作ってもらいましょう。私は侍人として耶咫をわかってもらうように努力するよ。」
辺りは青と赤、二つの月の光を浴びて深紫に照らされていた。その光に輝く翡翠を耶咫は美しいと思っていた。
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