第1話 翡翠
耶咫と翡翠の冒険譚。ゆるく見守ってもらえると幸いです…
「月が重なる…。」
このヤマイチと呼ばれる精霊の世界には青と赤、二つの月がある。大きさは見た目に同じくらい。その月がもう少しで完全に重なりそうだった。
「今回は赤い月が前なのか…。」
前回、500年前に月が重なった時は青い月が前だったそうだ。月が重なる時、この世界は精霊の力が極限まで高まる。
結果、この世界は精霊の均衡が崩れて、その属性に偏りが生じる。
今は【火】の力が強い。これは【火】の首の力が強いために月の恩恵を受けやすいためなのだが。
「『大きな偏りは世界を滅ぼす。』何度も何度も【土】の首、土門様に聞いた話だけど…。」
翡翠はまた赤い月を見上げると、大きく伸びをした。その均整のとれた肢体が若く弾ける。
「精霊の王か…。精霊を従え、世界に均衡をもたらす者。はあ、でも私が支える精霊の王の候補者、"撰霊"はその属性もわからないやつだからなあ。」
500年ぶりに月が重なる。これは"精霊戦"が始まることを示唆している。精霊の王を選び、精霊を統べる者を決めるための戦い。
翡翠は【土】の首、土門の命を受けて5人いる撰霊の一人である"耶咫"(やた)に使えるために忌部村を目指して旅をしている。
【土】の里を出てから、もう2月が経とうとしてる。忌部村まではあと3日くらいか。翡翠は今、森の中を川に沿って歩いていた。
翡翠は21歳。土の臣として撰霊に使える侍人に選ばれた。刀術は金剛流を納め、霊力も強い。黒く艶やかな髪を肩まで伸ばし、その瞳も黒く生き生きとしている。その容姿は凛として冷たくも見えるが表情が豊かなため、親しみやすい。
腰には翡翠が姉のように慕っている砂寿からもらった刀が挿してある。とても強い霊力を秘めた刀だった。
「耶咫様か…。」
翡翠はこれから支える事になるまだ見ぬ撰霊の名を呟いてみた。しかし、翡翠の気持ちは晴れなかった。
普通、撰霊には【火】【水】【空】【光】4属性の首が選ばれる。だが翡翠が支える撰霊、耶咫は属性がはっきりしないし、首でもない。翡翠が耶咫の侍人に選ばれた時、砂寿は大いに土門へ抗議してくれたが…。
「まあ、私はやれる事をやるだけ…。」
翡翠は再び赤い月を見上げた。その時だった。
「ワオーン」
獲物を見つけた大狼が仲間を呼ぶために遠吠えしていた。この状況だと大狼達の獲物は翡翠であろう。
「数は…、10頭ほどか。」
この大きさ3mはあろうかという狼型の魔物は並の者が逃げ切れる相手ではなかった。それが10頭もいた。しかし、翡翠に怯えは見られない。腰から刀を抜くと下段に構えた。
「!」
翡翠が刀を構えると同時に2頭の大狼が風上からうなりをあげて襲いかかってきた。その獰猛な牙が翡翠の白く美しい首筋を狙った。
「ガチ」
牙と牙が噛み合う音が翡翠の耳に届いた。
「嫌な音…」
翡翠はその時にはもう大狼の真上へ舞い上がっていた。そして赤い月の光に翡翠の振るった刀身が冷ややかに光った。
その月光にも似た光がきらめいた時には2頭の大狼の首が落ち、その首筋からは風に舞う花弁のように血飛沫が舞っていた。
翡翠は空中で刀を抱えるように縮まると地へと転がった。
「この地には良き土の精霊がいる。」
翡翠は瞬時に起き上がると土の精霊を呼び出す。翡翠に呼び出された精霊は小さな人の形となり、翡翠の周りへと集まって来た。
「お前達、ありがとう。」
翡翠は一瞬だけ笑顔を見せると大狼の群れに向き直り、集めた精霊の力(霊力)を刀へと込めた。精霊は翡翠の刀に群がるとその刀身へ宿る。
大狼達は仲間が斬られた事に激昂していた。冷静であれば翡翠の霊力が普通ではない事がわかり、翡翠を襲おうなどと思わなかったであろう。だが、冷静さを欠いた大狼は次々と翡翠に襲いかかって来た。
「精霊達、私に力を貸して。」
翡翠は返り血で顔を赤く染めながら、舞うように刀を振るった。翡翠が刀を振う度に大狼から血が吹き出し、地に沈んでいく。
翡翠の刀は凄まじいまでの斬れ味だった。素の刀の力もあったが、翡翠の刀の使い方と刀身に込めた霊力によるところが大きいのだろう。
「ふう。」
翡翠が息をつき、刀を腰の鞘に収めた時には10頭の大狼が地に伏せっていた。
翡翠は大狼へ静かに手を合わせると再び、川に沿って歩き始めた。
ほどなくして翡翠は小さな滝へと行き当たった。
「今日はこの辺で休もう。」
早速、翡翠は土の精霊を呼び出すと地を平らに均してもらった。
「ありがとう、お前達。」
翡翠は平らになった地に小さなテントを立てた。
「ああ、身体が血だらけだ。川で洗濯させてもらおう。」
翡翠は着ていた服を脱いで下着だけになると川で服を洗った。
「まあ、洗わないよりはマシでしょ。」
翡翠は木々の間にロープを張ると服を干した。服は微風を受けてひらひらと旗めいていた。
「うーん、誰も見てないし、いいよね。」
季節はもうすぐ初夏である。気温も心地よい。
翡翠は思い切って身につけていた下着を元気よく脱いだ。赤い月の光に翡翠のはつらつとした裸体が晒される。
「まだちょっと冷たいかな?」
翡翠は川へゆっくり入ると滝壺まで進んだ。滝壺は浅くて飛沫が心地よい。翡翠は滝壺にたどり着くと思いっきり水を浴びた。
「はあ、気持ち良い…」
月光に浮かび上がる翡翠の形の良い胸の上で水の冷たさにぷっくりと立った乳首が翡翠の存在を知らしめていた。翡翠の裸身がそこだけ光が集まったかのように白く輝いている。
その時、翡翠は得体の知れない霊力を感じた。
「何?この感覚は?」
翡翠はこの得体の知れない霊力に恐怖した。急ぎ川から上がると全裸のまま、岸辺に立てかけてあった刀を抜き、中段に構えた。
「誰?」
翡翠の誰何に姿を現したのはまだ若い男だった。
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