episode1
俳優nsjmさんが好きで、こんな役をやってほしいなぁという思いで書いてみました。
時は現代。問題を起こし警察をクビになった元捜査一課の刑事、新城正義が再就職した場所は今勢いに乗るセキュリティー会社のボディーガード。
自由奔放な若手女性社長と彼女に仕えるボディーガードが織りなすアクションありのラブコメディーをぜひお見逃しなく!
20××年、春。新城正義御年53歳、定年まであと7年を残してこの度無職になった男である。高校卒業から警察官として働きノンキャリアながらに警部まで上り詰めたはいいものの度重なる上層部との対立が遂に我慢の限界に達し、捜査方針について揉めに揉めた刑事部長を捜査会議中に殴り倒してしまいそのまま懲戒免職処分となった。住まいも警察宿舎から追い出されて一時姉の家にお世話になっていたが流石にいい歳した大の男は置いておけないと早々に追い出され、現在は安い民宿に身を寄せている。
家庭もなく仕事一筋で筋トレ以外の趣味もなかったせいか貯金はそれなりにあるが、今は不景気真っ只中いつ何が起こるか分からないためアルバイトでもいいから手に職があったほうがいいのとこのまま1日何もせずに過ごすというのは性に合わないのもあって、ひたすら毎日求人広告を見つめて応募しているが刑事一筋だったことと年齢の壁があり雇ってくれる企業はなかった。
何通目かのお祈りメールにまたかとため息をつき求人サイトを開くと、ここ最近勢いのあるセキュリティ会社の求人広告が目に入った。
”Q.S. Security Corporation”。セキュリティソフトの開発から警備員など人材派遣も行っている会社で率いるのは30歳の若手女社長、しかもかわいいことから今世間から注目を集めている会社である。今回の求人は警備員やボディーガードといった肉体労働系でしかも年齢不問、経歴不問、住み込み可とのことだったので一縷の望みをかけて応募するとすぐさま返事が来て明日面接をすることが決まった。
事件の聞き込みや事情聴取とは別の緊張感に包まれながら会社概要を叩きこみ一発で決めてやるとスーツや靴も念入りに整えて意気込んだ当日、会場となる会社の待合室には大学生ぐらいの若い男から立っているのもやっとのじいさん、もやしからごりっごりのマッチョまでいて本当にそれで仕事ができるのかと若干心配になりつつ受付を済ませて待つ。捜査方針で揉めて上司を殴って一から就活とは人生何が起こるか分かったもんじゃねえなと重いため息をつくとスタッフに名前を呼ばれて席を立った。
「失礼します」
面接官は社長の北郷美海、スーツでキッチリ決めている新城と歳の近そうな美人、それと俺より年も若く体格も良くて笑顔が爽やかな男の3人で面接は北郷と男の2人が中心になって進められていった。
「刑事さんということは仕事はいつもスーツですか?」
「はい。映画やドラマでは結構ラフな服装の刑事もいますが、私はスーツで職務に当たっていました」
「なるほど・・・」
「もしよろしければ、今の恰好でどこまで動けるかを見せてもらうことは可能でしょうか?」
そこで初めて美人が口を開いた。
彼女は社長のボディーガードをしているそうで今回の募集要員の中にもボディーガードが含まれていることから、常にスーツで時として危険な業務に当たるボディーガード目線からどこまで動けるかを見定めたいとのことで相手役に男が選ばれた。
座っていても分かっていたことだがこの男は常日頃から鍛えていているのが分かり、しかも身長も自分より上であることからこれはなかなか手強そうだと椅子や荷物をどけて構える。
先に動いたのは男の方だった。繰り出された拳は本気で顔面を狙っているが分かり、それなら手加減する必要はないと軽く避けてから出された拳を掴み腹に一蹴り入れて膝をつかせてから両手を後ろ拘束しついいつもの癖で手錠が収まっている腰に手を回したがないことに気付き、しかも思いのほか力一杯拘束していたからか男からギブギブと泣きの声が入りそこで拘束を解いた。
「すみません、つい本気になってしまって。大丈夫ですか?」
「だ、大丈夫です。いやぁ流石は元刑事!ど素人では敵いませんね」
若干涙目の男がそう言いつつ腕と腹を庇いつつ席に着き、新城も椅子と荷物をもとの位置に戻し座った。
このデモンストレーションに社長は凄いと目を輝かせ拍手をし、美人も納得した様に頷いて新城を見てからまたすぐに履歴書に目を通し始めた。
その時だった。ここに通されてそんなに時間は経っていないがどうしても気になることがあり美人に尋ねてみた。
「質問があるのですがいいでしょうか?」
「何でしょうか?」
「そちらの女性の方、もしかして気分が悪いのではないですか?」
「え?」
「あ、いえ。何度か腕辺りを摩っていますし顔色もあまりいいとは言えないのでそうなのかと思いまして。私は今少し体を動かしましたから寒さは感じないのですが、春とはいえまだ時間帯では寒いこともありますしあまり無理はされない方がよろしいかと・・・ただそれだけでした」
刑事という職業柄人間観察は嫌でも身に着いたものでちょっとした異変でも見逃さないよう神経を集中させる。彼女は新城が入った時に1回、先程のデモンストレーションの時の2回だけしか目が合わず、最初は早々に嫌われてしまったかそれとも人見知りするタイプだからかと思ったが、時折目に入る仕草がどうも体調が悪い時のものと似ていたため思わず声をかけてしまったのだ。
社長と男が慌てて彼女に声をかけるが大丈夫だと言うと今度は新城に対してお礼を言い、とりあえず頷いておくと社長はこれにて面接終了と手元から青い封筒を取り出しこれをもって廊下奥に進むよう告げた。この感じだと手ごたえがあるかもしれないと思いつつ社長から封筒を受け取り、そしてやはり顔色も悪く冷や汗も出ている美人が気になってポケットからハンカチとバッグから未開封のお茶をを取り出しそっと彼女に差し出した。
「もしよかったら汗と、あとこれも未開封ですので飲まれてください。あ、ハンカチは返さなくて結構ですので」
「あ、ありがとう、ございます」
「いえ。お大事になさってくだい。それでは失礼します」
これは合格できるよう恩を売っておこうという意図はさらさらなく、これまで多くの一癖も二癖もある部下を持ったり犯人や上層部を相手にしていたことから自然にお節介がやれてしまう彼のいい所なのであった。
新城は受け取った封筒を持って指示通り廊下の奥へ進むと新たな待機場所があり、中には赤や黄色といった封筒を手にした男達が数人いてこれは結果が期待できるとちょっとドキドキしながら時間を過ごすのであった。
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「すみません有村さん。一度外に出てもらってもいいですか?」
社長の美海の言葉に社外アドバイザーの有村実は嫌な顔もせず部屋を出ていったのを確認すると、美海は苦しそうに息を吐いたボディーガードの夏八木静流の背中を摩って落ち着くのを待った。
静流の体調不良はある条件下のもとでなってしまうものなのだが今まで気づかれたことはなく、今回の新城正義という男に初めて見破られた。鍛えているのが一目で分かるスタイルの良さと中々の顔立ち、元刑事という職業故の観察眼と一切の無駄がない動きに美海は目を惹かれ、それは静流も同様だったようだ。
「少し落ち着いた?」
「ありがとうごさいます」
いつどんな時も抜けない敬語に苦笑いを浮かべつつ大分顔色が良くなった彼女を見つめ、そして先程受け取ったハンカチで冷や汗が浮かんでいる額を拭った。男らしい柄の少ないシンプルなデザインだがセンスの良さを感じるハンカチはすぐに静流の汗を吸い取り、彼女もその行為を甘んじて受け入れている。
「申し訳ありません。迷惑をかけてしまって」
「そんなことない。気づけなかった私も悪かったの」
親子ほど離れた年齢で実際血の繋がりはないが母の様な姉の様な大切な存在である静流がこれ以上体調が悪くなるなら面接を辞めてしまおうかと言ったが、彼女は頑なに大丈夫だと言い張るので廊下で待たせている有村を呼び戻し渋々だが面接を再開した。
実は今回の採用試験は職員採用の他に誰にも言っていないもう一つの目的があり、新城の登場によってそれはほぼ達成したと言ってもいいが後は当の本人達がどうなるか事の成り行きを見守るしかないなと面接をひたすら繰り返しながら頭の中では新城のことを考えるのであった。
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結局新城の面接後この部屋に来たのは1人だけで時計の針も夕方を差そうとする中社長自ら部屋を訪れて合格発表を言い渡した。
「長い間お疲れ様でした!結果発表ですが、今ここにいる皆さんは全員合格となります。1週間後から出勤となりますので今持っている封筒の中に書かれた場所に8時に集合してください。時間に遅れないようお願いします。それでは本日はありがとうございました!」
その言葉にいそいそと皆が帰っていくが新城1人だけが社長に呼び止められ、会議室に2人きりとなった。
「新城さん、先程はありがとうございました。おかげでうちのボディーガードも体調が良くなりました」
「それならよかったです。見ていて相当辛そうだったので心配だったんですよ」
「隣にいたのに異変に気付けなかったのは上司として情けない話です」
「座る位置の問題もありましたしそれは仕方ないことですよ」
社長は申し訳なさそうな表情を浮かべ、一息ついてから新城を見上げた。
「実はあなたにご相談があったのですが・・・新城さん、今は職に就かれていないんですよね?」
「まあそうですね」
「先程皆さんには1週間後とお伝えしたのですが、もし可能なら明日から出勤してもらうことは可能でしょうか?」
それは願ったりかなったりである。
今すぐ貯金が無くなるというわけでもないがこうも何もしない日が続くとどうもしんどくてしょうがなく日に日に体が重く感じているところだったのだ。
「私で良ければ是非お願いいたします」
そう承諾すれば彼女は嬉しそうな笑みを浮かべて、荷物も持って明日封筒に書かれている場所に来てくださいと言い残し颯爽と去っていった。
待機中に気付いたことがあったのだが青色の封筒を持ったのは新城1人だけで他は赤と黄色といった暖色系の封筒をそれぞれ持っていた。部署ごとで恐らく違うだろうとは予想できたが1人だけ配属が違うとやはり緊張するとドキドキさせながら会社を出た。
途中スーパーに寄って総菜を買い民宿に帰りついてから封筒の中身を見ると、そこに書かれていた住所はあるタワーマンションで賃貸や売りに出されていないことから社宅だと分かったが、出てくる画像はどれも高級と言ってもいいぐらいの見た目をしていて本当にここが社宅なのか疑問に感じつつも明日の準備をするのであった。
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次の日、チェックアウトを済ませ少ない荷物片手に指定されたマンションに向かう。
「で、でかいな」
。
一企業の社宅とは思えないマンションに驚きを隠せないまま中に入ると内装も豪華でしかもコンシェルジュ付きときた。もう溜息すら出ない状況の中でコンシェルジュに尋ねると専用カードキーがないと動かないエレベーターで自身の住処となる部屋に一度案内され、荷物を置いてからまた別フロアへと移動した。
従業員が住みやすい社宅にしたいとの社長の要望で作られたこのマンションにはプールやジム、食堂やバーまであり、セキュリティー面は自社開発したものが取り入れられ今後実用化に向けて試験的に導入されているらしくしかも社長自ら開発したもので性能も高く、アリ一匹通すことのない最強の防犯マンションに至れり尽くせりだなと感心しつつ社長について聞いてみることにした。
大学時代に起業して一時はソフト開発に専念していたものの、現在社外アドバイザーを務める有村の勧めもあって人材派遣にも力を入れるようになりここまで会社が大きくなった。
彼女は設立して間もない頃からいる社員でパソコンは苦手なのだが気配り上手な面を評価され、今はここのコンシェルジュを任されている。
若いながらも顧客にも従業員にも応えようと動いてくれる素晴らしい社長ではあるのだが実は人付き合いが苦手であり、その理由が過去に人に裏切られた経験を持つからだそうで元々は人との付き合いも積極的に行う明るい人だったのが今ではその姿を見ることは滅多にないのだそうだ。
「だから今回、夏八木さん以外のボディーガードを雇うって聞いてびっくりしたんですよ。これまでの採用で彼女以外のボディーガードを採用したことはなかったですし、おまけに男性でしょ?あれだけ慎重な社長が久々に楽しそうにしているのを見て、新城さんったらよっぽど気に入られたんですね」
「そうでしょうか?私は特に何をしたというわけではないので何とも言えないのですが」
軽い笑いを浮かべる新城にコンシェルジュは上機嫌に笑うと、広々としたホテルを思わせる共有スペースに案内して去っていった。嵐のような人だったとため息をついてから先程の話を思い返す。
昨日最後に呼び止められた際の感じでは人が苦手そうには見えなかったし、今までボディーガードを採用したことがないのになぜ自分が採用されたのか分からない。疑問が疑問を呼び悶々としているとそこへ北郷と夏八木がやってきた。
「おはようございます、新城さん。マンション内は見て回られましたか?」
「おはようございます。その、なんといいますか、素晴らしいマンションですね。ホテルの様で綺麗ですし設備も整っていて私にはもったいないといいますか」
「大丈夫ですよ。ボディーガードの仕事柄もっと凄い所にだって行くんですから今からビビってたら持ちませんよ!」
「は、はぁ・・・」
「社長。そろそろ」
戸惑いが隠せない新城をよそに実は彼と同い年だという夏八木が先を促し、北郷が一声かけるとどこからともなく人が現れてもみくちゃにされる。突然のことで抵抗しようにも彼らはせわしなく腕だの腰だの慌ただしく採寸し始め、その様子を北郷は楽しそうに見つめて夏八木は可哀そうとでも言いたげな表情で見ている。そう思うなら止めてほしい。
そんなこんなで準備された見るからに高級なスーツに腕を通し再び彼女達の前に立つと、一瞬動きが止まったと思った次の瞬間北郷は興奮気味に新城の周りをうろちょしてかっこいい!かっこいい!とはしゃぎまわり、夏八木もびっくりした表情で見つめ、仕立て屋も感嘆の声をあげた。
「やっぱり私の目に狂いはなかった!新城さん、本当にカッコいいですよ!イケおじですよイケおじ!」
「そ、そりゃあどうも」
「新城さん、もしかして照れてます?」
「そ、そんなんじゃねえよ」
「うっそだー!敬語崩れたもん!」
「あのなあ社長さんよ。あんたいい加減にしろよ?」
茶化す北郷は御年30歳と聞いたがその仕草はまるで5歳児のようでやはり人付き合いが苦手なようには見えない。
仕立て屋に動きやすさを聞かれ、普段来ているスーツよりも生地も良く動きやすさも段違いにいいことを伝えると彼らは満足し北郷と少し話してから共有スペースから去っていった。コンシェルジュも仕立て屋もまるで次から次へとやってくる台風のようだ。
「でも本当にいいのか?ただのボディーガードにこんないいスーツを作っちまって」
「そんなのいいに決まってますよ。北郷美海専属のボディーガードなんだからこれぐらいのことはしないと!それにうちと懇意にしている仕立て屋さんなので言うほど高くもないですし、なによりこれは経費で落ちます!」
「あ、あぁ。そうですか」
社長とはこういう生き物なのかそれとも北郷美海がこういう生き物なのかもう溜息すらつかない新城に北郷は満足すると夏八木に装備を渡すように言った。
インカムや特殊警棒を受け取る中でハンカチも渡された。
「これ、ありがとうございました」
「別にそんな大したことじゃないですよ。てかわざわざ洗濯してくれたんですか?気にしなくてよかったのに」
「・・・ぃかったので」
「え?」
「何でもありません。それより、凄くお似合いですよ」
間近で見た彼女の微かな微笑んだに見惚れてしまい動きが止まり、そんな新城を不思議そうに見つめる夏八木はピロロ~ンと場違いな音で意識を戻され、見るとスマホ片手に北郷がニヤニヤしながら笑っていた。
「こら美海!」
「いいじゃん!すっごくお似合いだったよ!」
「ダメです!消してください!」
「いーや!」
スマホの取り合いの末北郷は新城の背後に回って盾にし、夏八木がちょっと怒った顔をしながら歩み寄ってきてその迫力に彼は思わずハンズアップしてしまった。
「美海をこちらに渡してください」
「いや、渡すって言ったって」
「渡してください!」
「社長命令です新城さん。静流から守ってくださいね!」
「えぇ~・・・」
何とも言えぬ攻防戦に新城はただ挟まれるしかなかった。5分続いた。
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攻防戦がドローで終わり黒のSUVに乗り込んで出勤するとロビーに現れた社長に驚きを隠せないスタッフで騒がしく、それとなく夏八木に聞くといつもは地下駐車場に止めてからそのまま社長室があるフロアの直通エレベーターに乗り込むのでここには滅多に顔を出さないという。
上役だろう人間がぺこぺこと挨拶に訪れる中、スーツ姿の若い男がこちらにやってくるのが見えた。今頭を下げている人間の中にも若い男はいるしこの男も挨拶するだけの様にもに見えるが刑事の直感が働き、素早く彼女の前に出ると握手するために伸ばされた男の手を捻り上げ確認する。袖口に小型のナイフが隠されているのを確認して素早く夏八木に視線を飛ばし北郷の安全を確認してから最小限の動きで地面に転ばせて拘束をした。
パニックになっている周囲に声をかけて落ち着かせた後拘束した男を駆け付けた警備に引き渡そうと起き上がらせると、警備の人間が男の顔を見て驚いた表情を浮かべた。
「安藤!何やってるんだ!?」
「知り合いか?」
「は、はい。ここの警備部の人間です。あれ、でもさっき課長に呼ばれて席を外していたはずじゃ」
「おい、どういうことだ」
そこへ男の拘束を解くよう促す声が割り込み、見ると昨日面接官をしていた男と別の男がいた。
「有村さん。これは一体どういうことですか?」
「おはようございます。夏八木さん、北郷さん。いやなに、ボディーガードとしてどれだけ動けるか最終試験ですよ」
「なぜそんな勝手なことを?」
「勝手?私はアドバイザーですよ。お二人にもしものことがないよう安全に気を配るのも仕事の内なんです。ですが心配いらなかったようですね。新城さん、でしたよね?御歳の割には実践にも慣れているようで動きもスムーズですし、いい人材を見つけましたね」
「・・・これでも元刑事なんでね。若い頃の様にはいかないですがそれでも動けるよう日々鍛錬は積んでいます。心配してくださってありがとうございます。ですが安心してください。ボディーガードとして、社長はもちろん夏八木さんのことも守ってみせますよ」
「それはそれは、何とも心強い」
意味ありげな表情を浮かべた有村は後ろの男と少し話してから会社を出ていき、残った男が事情を説明し始めた。課長である男が出勤すると会社に有村が来ており、今日から新しい社長のボディーガードが来るからどこまで動けるかをテストをしたいとのことで腕利きのこの若い男に頼んだのだという。
目立った外傷はないものの捻り上げた腕とかが痛むらしく摩っている彼に謝罪をして北郷を見ると、彼女も申し訳なさそうにしていて頭を下げた。
「安藤さんも吉松課長も皆さんも、この度はお騒がせして申し訳ありません」
「あ、頭を上げてください!確かにちょっと痛かったけどなんつーか、いい勉強になったっていうか?俺も腕には自信ありましたけどあんな一瞬で制圧されるとは思いませんでしたよ!ボディーガードさん凄いっすね!」
「ありがとう。でも本当にごめんな。ただならぬ感じがしたもんだからつい・・・」
「いえいえ大丈夫です!俺、身体丈夫なんで!」
安藤の明るさのおかげもあり騒ぎはすぐに終息したが社長室に上がっても2人は浮かない表情を浮かべたままで、北郷はそのまま奥の作業室に入り新城は夏八木と共に並べられたデスクで待機する。
北郷が仕事を行う際は奥の作業室に行くので、その間ボディーガードは入り口に設置された防犯カメラ映像の確認や彼女のためのお昼の準備をするのが主な仕事となるらしい。お昼も本来なら弁当でも手配すればいいのだが過去に嫌がらせか下剤などを仕込まれたことがあり、そこから夏八木か自分で作った料理しか食べられなくなったのだという。
「社長には人を見る目がありますので彼女が直接見て採用した人間は信用できるのですが、外の業者だったりはまだ信用できないのです。・・・あと」
「あと?」
「有村さんも」
「確か社外アドバイザーだったよな?」
「まだこの会社が出来て日が浅い頃に経営のノウハウを教えてくださったのが有村さんなんです。彼のおかげで順調に業績を伸ばしてここまでこれたのですが、時折彼が怖く思えるのです」
「確かにさっきのあの感じはなんか裏がありそうな感じではあるよな」
「・・・はい」
弱々しい声を出した彼女は昨日の様に顔色が悪く寒いのか両腕を摩っている。空調はしっかりと動いて新城自身寒さは感じないがさっきのこともあって体に来てしまったのかもと思い、少しだけ空調の温度を上げてから自身のスーツのジャケットをそっと彼女に着せた。
突然のことで顔を上げた彼女に寒そうだから着とけと言って新城はデスクに戻りネットを開いて有村の情報を調べ始めて、夏八木は身長はそんなに変わらないが体格の差でぶかぶかなジャケットに包まれながらそっと彼を見つめた。
長年刑事をやってきたこともあってか顔立ちは整っているもののこうやって真剣に何かをやっている表情は貫禄もあって一見近寄りがたいものがあるが、美海とのじゃれ合いで見せた表情や所々で垣間見る彼の面倒見の良さは非常に好ましく思える。
「・・・え?」
「ん?なんだ?」
唐突に声を上げた夏八木に顔を上げた新城と目が合ってしまい慌てて首を振ると、不思議そうにしながら再びパソコンに視線を向けた。
先程まで感じていた不快感や嫌悪感がジャケットのおかげか消えていくように感じ、その感覚と初めて感じた胸のざわめきに戸惑いながら互いに静かな時間を過ごした。
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「これ、ありがとうございました」
「ああ。それより体調は大丈夫か?」
「おかげさまでよくなりました」
「あんまり無理するなよ?これからは1人じゃないんだから俺にも頼ってくれ」
「は、い・・・ありがとうございます」
ジャケットを返しいそいそとキッチンに行く静流をまた不思議そうに見つめてから時計に目を向け、もうそんな時間かと納得してから自分もキッチンに近づいた。
冷蔵庫にはちゃんとした食材が入っていてその中から豚肉を取り出し早速調理を始め、その手際の良さにこれは楽しみだと内心ウキウキさせながら監視カメラ映像をチェックする。
運動も勉強も出来て非の打ち所がない静流にも苦手なものがある。それは料理だった。
美海にである前も一応自炊はしていたのだが自分1人で食べるため味にはそんなにこだわりもなく、面倒くさかったらコンビニや外食で済ませていたのが今になって影響してかレシピ通りに作ってもどことなく味が足りなくて、美海も彼女の努力を知っているから何も言わずにいつも完食してくれる。
どうせなら美味しい物を食べさせてあげたいがこれ以上腕が上がることはなく、おまけに今日から新城もいるから猶更どうしようかと気が気でないまま料理を作っていく。
完成したのは昨日の夜にリクエストを受けていた豚の生姜焼きで見た目も匂いも完璧に仕上がった。
「ふふっ!静流の味だ」
「・・・まあ、人には向き不向きがあるよ。うん」
やはり今日もダメだったと絶望し食べ進めていく。
あと少しなのだがどうも何かが足りないが何が足りないのかが分からないのだ。恨めし気に豚の生姜焼きを見つめていると目の前に調味料が差し出された。
「これをちょっと足してみ?」
新城に言われて調味料を足してみると、求めていた味になり顔を上げたらおかしそうに彼は笑っていた。
「本当はこういうのやらない方がいいんだろうけど、夏八木さんがあんまりにも恨みが籠った目で生姜焼き睨むもんだからついな。でも初めて見たよ、あんな表情で生姜焼き睨む人」
「あれはいっつもだよ。”何でなんだ!”って顔で自分で作った料理睨みつけながら食べてるの。あれ見るの好きなんだよねぇ、私」
「美海!?」
有村の一件で暗かった表情がいつもの明るいものに変わったのは良かったがやはり解せない。
おまけに新城のひと手間でこんなに味が完成されるのかと思えば悔しくて悔しくて仕方がないのだ。
八つ当たりのように新城を見つめればそれに気づいた彼はぶっと吹き出し、堪えきれない笑いを必死に堪えようと我慢しているし美海は美海でスマホをこちらに向けている。
とうとう抑えきれなくなった彼の声につられて北郷も笑い、そしてとうとう夏八木もおかしくなって笑みをこぼした。
昼からは美海も調子を取り戻し作業室に戻っていき、静流も新城と会話を楽しみ時間を過ごしていった。
「・・・あ。この時間だと」
設置してあるテレビを操作すると夕方の料理番組が始まった。
ほとんど使われないソファに堂々と座り美味そうだなと真剣に見る後ろ姿をなんとなく見ていると、視線に気が付いたのか新城が振り向き自分の隣をポンポンと叩いてこっちきて一緒に見るかと言った。
一瞬どうしようか迷ったが悪い顔をして笑う彼にちょっとイラっとして不機嫌を隠さないまま彼の隣に移動する。さりげなく開けられたスペースにちょこんと座りテレビを見つめ、時折体を震わせている隣の失礼な男を無視しつつ今日は唐揚げにするかと献立を立てていく。
「なあ、1つ提案なんだが」
「何ですか?」
「夕飯、俺が作ろうか?」
「え?」
思わぬ提案と思いのほか近かった新城の顔にびっくりしていると、彼はフロアが違うだけで帰る場所は同じでどうせ家にいても料理ぐらいしかやることはない、それに1人分作るのも3人分作るのも同じだという彼に昼間の美海の笑顔を思い出し内心有難い気持ちになったものの、そうなると美海と自分の2人で住んでいる自宅に招き入れなければならないのでそこは一度美海に相談しなければならない。
「しゃ、社長に相談、してからでお願いします」
「・・・夏八木さんさぁ」
「何ですか?」
「職業柄ポーカーフェイスが基本なんだろうけど、結構わかりすいとこあるよな」
そう言って笑う彼にまた気持ちが騒めき、思わず顔を隠す様に俯いてしまう。
たった1日彼と過ごしただけでこうも気持ちが揺さぶられて冷静ではいられなくなってしまい、どうしたらいいのか分からなくなってしまうのだ。
「夏八木さん?」
俯いて黙り込んでしまった静流を不審に思い下から顔を覗き込み、新城は息を飲んだ。
明らかに挙動不審になった彼に今度は静流が覗き込むが両手で覆ってしまっているため見ることが出来ないが、隠れ切れていない耳や首筋がほんのり赤いように見える。
「・・・そのカオはダメだって」
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