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異世界の女騎士が日本の米をニョす

作者: 土方ウナジ

三年前から田舎暮らしをしている、俺は独身。

よく晴れた秋の早朝、日課としている裏山のさんぽをしていたら、金髪の女騎士がうつぶせにたおれていた。


こわっ。


その様子には事件性しか感じなかったので、警察を呼ぼうか救急車を呼ぼうか、ああこういう時こそ#7119の救急相談電話にかけるべきだなとスマホをとりだしたところで、


「ううっ」


とうめき声をあげつつ、女騎士が目を覚ました。


うむ、超美人。西洋人。こりゃまいった。

彼女はつらそうな表情で、俺に話しかけてきた。


「すまぬ、そこな貴君。私は、異世界からとばされ、はざまで数日間さまよって、ここにたどりついた者だ。はずかしながらひどい空腹で倒れていた。申し訳ないが何か食べ物をわけてほしい」


……まじか。


言いたいことや聞きたいことは山ほどある。なんで日本語(略)とか、異世界って何(略)とか、女騎士に見えますがご職業は(略)とか、そもそもどういうご設定(略)とか。


でも、しゃべりおえた女騎士は、グーグーおなかをならしている。小声で「クッ…無様だ」みたいなことも言っている。なんかありがとうございます。


可哀そうで見てらんないので、もうどうにでもなーれな気分で自宅につれていくことにした。なお、肩を貸そうとしたら、嫁入り前なのでノーサンキューと断られた。歩くくらいは大丈夫とのこと。それはなによりです。


道すがら、女騎士が語りだした。


「うちの世界の神様は、とにかくきまぐれなのだ。きまぐれに、人間を異界にとばす。まさか女騎士である自分がとばされるとは思わなかったが。いや、女なのに酔狂にも騎士などやっているような身の上だからとばされたのか。ともあれ貴君、手数をかける」


なるへそ。

とりあえず設定は、見た目通り女騎士ってことで了解です。

まあ、美人は何をやってもさまになるな。ずるいな。


やがて、うちについた。

田舎の平屋の古家屋をご堪能あれ。


さて、俺の朝飯用に、米は炊飯器で炊けている。昼飯もかねて2合炊いてあったので、二人分でもなんとかなるっしょ。


それを茶碗によそって、味付け海苔とハム、スプーンとフォークと箸をだした。

独身男の朝飯なんてこんなもんです。塩じゃけとかあったらよかったね、ゴメンネ。

納豆はあるけど今じゃないって気がして自重したよ。


すると、彼女は目の前にならんだごはんを見て、眉をしかめている。


「これは……米か?」


そうですよとこたえたら、嫌なものを見る感じで目を細めた。


「これは……米を煮たのか?」


えーと、炊いたものです。炊くってなんだろ? 煮るみたいなもんかな? ともあれ、おいしいですよ?


「そうか、ではいただこう」


彼女は意を決した様子で箸をとり、米を一口たべた。


少し噛んで、味わってから飲み込んで、なんかやっぱり不満げな感じ。


あれれ、お口に合いませんでした?


「うーむ。その、なんだ。米を、このように調理したものではなく、ニョしたものはないか?」


にょしたもの?


「うむ。うちの世界でも米は主食なのだが、ニョしてたべるのが一般的だ」


にょしてたべる。


「うむ。ニョすのだ」


にょす。


「そうだな……わかった。炊く前の米はあるのだろうか? それを貴君の目の前でニョしてみせたい」


にょしてくれるんですか? それは興味あります。必要な道具とかは?


「いや、米だけでよい」


はい、ちょっとお待ちを……はい、お米一合です。


「おお、精米済みなのだな。では、これから米をニョさせていただく」


彼女は、一合のコメを左手の上にこんもりのせて、口をひらいた。


「バンダルスリブガワン!」


おどろいた、なんと魔法。おそらく魔法。もしくはブルネイの首都。


おおっと、女騎士の目の前に頭のおおきさほどの水球がでてきてうかんだぞ。

その水球の中に、左手の米粒をさらさらとそそぎ入れる。

空中に浮かんだ水球の中で、米粒が気持ちよさそうにおよいでいる、ように見える。気のせいかもだけど。


まじか。この時点で、なんかすげえもん見させられてます。


女騎士は、米粒の泳ぐさまをしばらく見極めて、再度さけんだ。


「ニョ!」


水球にビカビカッと紫色の電磁波みたいなのが暴れ狂った。


目が、目がぁ、あぁぁ。


「すまん、目をつぶれと注意し忘れた。そしてほら、これがニョした米だ」


あれま。

おそるおそる目をあけてみれば、彼女の両手の上には、おはぜのような、ポップコーンのようなものがこんもり山盛りになっているではありませんか。


では遠慮なく、ひとつかみパクリ。


…うまっ! なにこれウマウマじゃん!


「おいしいか。そうだろう。これがニョした米だ」


満足げに語る女騎士。


いやほんとうまいっす。


食感。さくっとしててもちっとしてる。でも根本的にはたしかに米。


味。炊いた米より数段うまみが強い。咬んでいると、味の向こう側にさらなるうまみがハジメマシテと顔を出す。


主食感。がつがつ喰える。それでいて、ゆっくり味わえる。これだけで酒のつまみにもなる。ぶっちゃけ酒が飲みたい。どんな酒でも合いそうな感じ。ナッツ類に勝る。


な・に・こ・れーーーーー!!!!!


味覚のカルチャーショックやーーーーー!!!!


あまりのうまさに涙がちょちょぎれた。

思わず茶碗に盛って、仏壇にもおそなえ。ほれ、ご先祖様爺ちゃん婆ちゃん父さん母さんエリザベス(犬)、にょした米をめしあがれ、なむなむ。


「そうかそうか。うむうむ。そんなに喜んでもらえると、実際にニョして見せた甲斐があるというもの。実はな、私のコメのニョし方は、母方実家につたわる秘法でアレンジしていてな。自分でいうのもなんだが、ちょっとした自信があるのだよ」


女騎士が、頬をあからめつつ、にっこり笑った。

うん、美人が笑うと、こんなにも幸せな気分になるものなんだな。



† † †



ということで、ふたりで完食。ごちそうさまでした。


女騎士的には、日本の米そのものは、異世界の米よりもだいぶうまいそうだ。精米具合もよいらしい。


あと、おれが炊いた米のほうでおにぎりこさえたら、これはこれで画期的だと感動してた。海苔をまいた携帯性と味が衝撃的なんだとか。ニョした米はサクもちだからにぎれなさそうだもんね。


食後のお茶を飲みながら、なんとなくお互いに自己紹介タイムに突入。


女騎士は、女が騎士なんて目指さない世界で、なんとなく趣味で小さい頃から心技体きたえてたらメチャクチャ強くなって、気づいたら家族や仕事場などで鼻つまみ者あつかいされていたとのこと。で、国とかの依頼でハンターみたいなことやらされて、やればやるほど疎まれて、だいぶ人生にうんざりきてるのだそうだ。


それとくらべると俺の方はだいぶスケールが小さい。子どもの頃は田舎の秀才。都会の大学に入学して大手の会社に就職するも、ブラックでへとへと。で、交通事故で両親と爺ちゃん婆ちゃんいっぺんに亡くなったことを機に会社辞めて、今は実家にもどって将来を模索中。


「そうか、人生いろいろだな」


ほんと、そうですね。


「まあ、腐らずにやっていかないとな」


ほんと、そのとおりですね。


「なんだかたくさん自分語りをしてしまった。こんなことははじめてだ。貴君は、なんというか……話していて心地よい。ついいらぬことまで話してしまう」


ああ、それ、ぼくもあなたにそう思ってました。はは、同じですね。



† † †



気づけば夕方。


よかったらうちに泊まっていきませんかと誘おうとしたら、その前に女騎士がちょっと寂し気に言った。


「そろそろ帰らないと。つい長居してしまった。すまなかった。実は、腹が満たされ気力体力が充実すれば、帰還の魔法はいつでもつかえたのだ」


え……ああ、そうなんですね。まあ、そうですよね。

ところで、その魔法をつかって、またこちらの世界に遊びに来ることはできるんですか?


「いや、それは無理だ。帰還の魔法は、私の部屋にある魔方陣に一方通行で戻るだけなのだ。そして、異世界に行くためには、神の力が必要だ。神は気まぐれだから、人選も行先も神の気分次第だ。……残念ながら、な」


なるほど……。

でもまあ、すごく低い確率でしょうけれど、またあなたがこちらの世界に飛ばされることがあったら、ぜひまた。


「はは、貴君は本当に気持ちが良い人柄だな。別れではなく、再会をねがうわけか。うむ、そうだな。またいつか」


ええ、またいつか、かならず。


「ああ、かならず――スケベニンゲン!」


うわっびっくりした! 急にディスられたかと思ったら魔法でした。たぶん魔法。もしくはオランダの地区名。


女騎士のまえに、いかにも異世界に渡れそうなゲートがあらわれた。


女騎士は立ち上がると、美しい動作でピシッと敬礼し、にっこり笑った。


ああ。


この不思議体験がおわってしまう。


この女騎士と永遠の別れになってしまう。


ううっ。


ぐぬぬ。


ええいっ!


あの、帰還の直前にすみません!

俺に、米のニョしかたを教えてくださいっ!


「えっ?」


えっと、いろいろとそちらにもご都合とかあるでしょうに、無理言ってごめんなさい!

もうしばらくこの世界にいてもらって、俺に、あなたの米のニョしかたをおしえてほしいんです!

そして、俺がニョした米を、あなたに食べてもらいたい!


「えっ、えっ!?」


女騎士の顔が真っ赤になる。


「バカ、お前! 米をニョしてほしいというのは、プロポーズの言葉だぞ! そんなつもりはないのだろうが、やめろ! ああっ! とりあえずちょっとやめろ!」


えっ……ええっ!?


まじっすか、やべ、俺も超はずかしくなってきた。


はわわわわ。


女騎士もはわわわしてるし。


ふたりではわわわしてると、出しっぱなしだったゲートがいきなりぴかーッと光った。



† † †



結論から言えば、当面のあいだ、女騎士はうちにいることになった。


そこに至る経緯のほうは、やや煩雑。


ぴかーッと光ったゲートから出てきたのは、ぼっこぼこに殴られたピエロと、ピエロの首根っこをつかんだ和服の大柄な美女。


ピエロさんは女騎士の世界の神様で、名前はピエロ。そのまんまかい。


和服の大柄美女は、クシナダヒメ。なんと日本の神様……!!


ピエロをボコボコにしたのは、クシナダヒメではなく、その旦那さんとのこと。

つまりスサノヲ。ちょま、スサノヲ!?


高天原をヘラヘラと散策していた不審なピエロを警邏中のスサノヲがボコして捕獲。尋問の末、遊び半分で日本に女騎士を飛ばしてそれを見物してたと自白。


同日、豊穣をつかさどる稲穂の神クシナダヒメのもとに、エリザベスと名乗る仏門の住人から「ニョした米」なるものが献上される。クシナダヒメ、その美味に歓喜し、米にはまだ可能性があったのかと感激する。


その後、スサノヲとクシナダヒメが夫婦間で話をすり合わせた結果、いろいろと合点が行き。

ボコしたピエロをともない、あいてたゲートをつかってクシナダヒメが我が家に降臨。


「そこな女騎士、この日本男児に米のニョし方をさずけてたもれ。そこな日本男児、我らの世にもニョした米をひろめよ」


と命ぜられた。


なお神ピエロは、女騎士に不便がないよう、いつでも両世界を行き来できるようサポートに徹するとのこと。


「ボク、サポート業務やれます! やらせてください!」


と直立不動で地面見ながら叫んでたので、まあやってくれるんだろう。


すったもんだののち、いったん俺も向こうの世界につれてってもらって、女騎士のご家族にご挨拶。そのあと、なんとなくな流れで国王に挨拶したり、勇者に挨拶したり。つか、女騎士、公爵とかいうメチャクチャ名家の出身なうえに、魔王討伐の勇者パーティーの一員だった。周囲に疎まれてるっていうか、魔王を討伐した実績から過度に敬われてる感じ? 勇者も頭あがんないみたいだったし。ついでになぜか俺まで尊敬されちゃったよ。勇者の奥さんの聖女さんからは「キミこそ真のゆうしゃだねッ」てきゅるりんされるし。意味わかんね。


でもって自分の世界にもどってきた俺は、科学技術で米をニョせないものかを研究中。俺、大手電機メーカーの技術開発部にいたので、家電的なものはある程度自作できちゃったりするので。しかしあの会社、マジでブラックだったなあ。できる人はみんな中国メーカーに引き抜かれちゃうし、のこった人はやる気ないし。ほとんど俺一人で新製品開発してたもんなあ。プラズマクラッシャーをつくったのは、何をかくそうこの俺です。手柄は部長にとられたけど。つらたん。


あと、クシナダヒメのご厚意で仏門世界につれてってもらい、両親や爺ちゃん婆ちゃんやご先祖様と涙の対面。小さい頃飼ってたポメラニアンのエリザベスとの再会は、マジ慟哭。ココロ、フルエタ。あとエリザベス、ニョし米の献上、超グッジョブ。



† † †



「おーい、米がニョせたぞー!」


台所から女騎士が、奥の部屋にいる俺をよぶ。


俺は、はいよーと返事をして、『ニョ飯器』のプロトタイプ製作の手を止めて、よっこらしょと立ち上がる。


居間の食卓には、女騎士がニョした米と、異世界の魔物肉や魔物野菜をつかったおかずがズラリ。


食卓をかこむのは、女騎士と、神ピエロと、スサノヲ&クシナダヒメ夫妻と、俺の両親と祖父母とエリザベス。


そんな日常。


うーむ、なんだこりゃ。


どうしてこうなった?


いや、考えるな、感じろ。


よし、だいじょうぶ。


俺、『ニョ飯器』が完成したら、女騎士にもう一度プロポーズするんだ。

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