足音
この作品は、私が以前書いて、長年ハードディスクの肥やしになっていたのを、復活させたものです。
今ほどスマホが普及してない時代に書いたので、SNSに触れられていませんが、そこは大目に見ていただけると嬉しいです。
では、少しでも楽しんでいただければ幸いです。
足音が聞こえる。誰もいないはずの路地の奥から。
下駄の音、靴の音、はだしの音。そのときによって音は違うが、暗くなってからその路地を歩くと、必ず足音がついてくる……
それを初めて聞いた時は、たわいない噂話だと思った。よくある“都市伝説”のひとつだと。
それでもなぜか心惹かれるものがあったのは、私がいまだかつて、そういう体験をしたことがなかったせいであったのかも知れない。
その路地を歩くと、必ず足音がついてくる。それは“都市伝説”を調べている私にとって、とても興味深い出来事に思えた。
誰かのいたずらだろうか。それとも、自分自身の足音が、何かに反響してそう聞こえるのだろうか。いずれにしても、その“都市伝説”の化けの皮をはがしてやりたいと思った。
私は、その話を詳しく調べ始めた。
ネットで噂を拾ってみると、その噂があるのは、ある特定の住宅地の路地であるらしい。しかも、人によって体験することが微妙に違っているようだ。
ただ、共通することがひとつだけあった。足音がするのは真夜中で、足音を聞いたあとに再びその路地を歩くと、足音が増えているというのだ。さすがに、三回目を試した者はいないらしい。足音が増えていることに気づいた瞬間、皆逃げ帰っているからだ。
けれど私にとって、そのことは逆にこの“都市伝説”の謎を解くポイントのように思えた。なぜ足音が増えるのか、あるいは増えるように感じたのか。
いずれにせよ、早晩実地に調べに行くしかあるまい。こういうことは、現地へ直接行かないと、わからないことも多いのだ。私は、問題の住宅地の大まかな住所をもう一度確認すると、その部分を選択してコピーを取った。こういう情報を集めるには、ネット上でオカルト系の掲示板を覗くのが一番手っ取り早い。
コピーを取るうち、もうひとつだけ、おかしなことに気づいた。中には、「現地にいってみたが、そのような路地は見当たらなかった、これは全部嘘だ」としている者もいたことだ。無論それに対し、「自分は間違いなく体験した」と猛烈な反論をしている者がいる。これはどういうことなのだろう。
現象の存在の有無以前に、それが発生する場所の有無について、論議されているなんて。
実際には、その路地を写したという写真が、ネット上に堂々とアップされている。
見てみるに、ごく普通の夜の住宅地の路地といった写真だ。プライバシーへの配慮だろう、街灯に照らされている表札のある場所や、住所が書かれているであろう電柱の看板などは、滲んだようにぼかされていて判読できない。
とりあえず必要事項を確認し、ブラウザを閉じようとしたその時、“この写真は特にぼかしをかけたわけではありません”という注意書きが目に入った。どういうことだ。
写真をここにアップした人間が加工したのでなければ、誰がやるというのだ。
これもいわゆるインチキ心霊写真のようなものだろう。掲示板を盛り上げるための、ヤラセのようなものだ。私はブラウザを閉じ、パソコンの電源を落とした。
それから幾日かが過ぎて、私は午前中から現地に向かった。目的はもちろん、足音がついてくるという例の住宅地の路地を探し出し、そこで起こる現象が現実にはどういうものか、確認することだ。
肩からかけた愛用のバッグには、スマホとモバイルパソコンのほかにも、長時間録音ができるICレコーダーなどの記録装置が入っている。もっとも、これらの機器が決定的瞬間を捉えたことはないが。
おおよその住所はすでに調べてあるので、あとはネット上にあった写真の場所を捜し歩くだけだ。すぐさま行き当たるという保証はないので、地道に探すしかない。
目的地に着いたときには、すでに午後になっていた。
まだ明るいうちに場所を突き止めておかないと、現場の下見などが出来ないので、写真を片手にそれらしい路地を一つ一つあたっていく。
そこはかつて、新興住宅地として開発されたところらしく、似たようなつくりの家が建っていて、同じような路地が多いためか、目的の路地はなかなか見つからなかった。
いや、そもそもそのような路地が、“本当に存在したのか”という思いがわき上がってくる。そういえば、掲示板を見たときも、何もないと書き込んでいる者がいた。
所詮はただの噂に過ぎないものなのだ。いくらネット上でいくつもの体験談が語られていても、示し合わせてのヤラセ、でっち上げということはいくらでも考えられる。本人が直接目の前で語っているわけではなし、ネット上では真偽の確認などできない。
ふと見ると、学校から帰ってきたらしい小学生が、元気に走りすぎていく。近くの家からは、これから買い物に出かけるらしい主婦と思われる中年の女性が、玄関ドアに鍵をかけているのが見えた。もう、そういう時間なのか。
日が暮れるにはまだ間があるが、陽は傾きかけている。そろそろ調査を打ち切っても構わないだろう。
これが最後と、もう何度も歩いたはずの路地を、確認のために覗いて回った。そして、ある路地までやってきたとき、私は違和感を覚えた。おかしい、さっき歩いたときと、感じが違う……
それが何故なのか気づいたとき、私は自分の目を疑った。その路地の途中に、見覚えのない別な路地の入り口があったのだ。
あんなところに路地があったのか。ここは二、三回通ったが、あのような入り口には気づかなかった。見落としたのだろうか。しかし、その路地の幅は一応普通自動車が何とか通れるほどはある。俗に言う“猫道”ではあるまいし、見落とすとは思えない。
では、何故今になって気がついたのか。わからない……
私は、恐る恐るその路地に近づいていった。絶対におかしいと思いながらも、確認せずにはいられなかった。
その路地に入ってみると、瞬間私の視界にまるで電撃のように路地の風景が飛び込んできた。
ここだ。
わざわざ写真で確認などしなくても、それははっきりとわかった。同時に、なぜか神経がざわつくというのか、いわゆる“嫌な予感”がした。
「すぐに戻ったほうがいい」と、心の声が告げる。だが、もうひとつの声が「今まで、こういうところで何か見聞きしたことがあったか」と囁く。
二つの声はしばらく拮抗していたが、理性の声が勝った。私は勇気を奮い起こして、路地の奥へと足を進めた。長さは百五十メートルほどだろうか。
だが、何かがおかしいと直感が告げていた。そう、空気が変わったとでも言えばいいだろうか。何かここだけ、異様に重い空気が澱んでいるように感じる。今まで体験したことのない感覚だった。
だがしかし、左右には何の変哲もない建売と思われる住宅が並んでいる。特に不審な物はない。
いや、路地の突き当りには、草ぼうぼうの野原のようなものが見えた。いやに丈の長い草が生えているようにも見える。ネット上の写真は、夜に撮られたので写っていなかったのだろう。私は、例の写真がどの辺りで撮られたものか、確認してみることにした。
手元にあるのは、掲示板に貼り付けられたものをパソコンに落とし込んでプリントアウトしたもので、はっきり言って画像は悪い。でも、場所を特定するのには充分だった。
写真と見比べながら歩くことしばし、写真を撮ったと思われる場所を見つけることができた。そこは路地の入り口から三分の一ほどのところで、私も試しに写真を撮ってみることにした。
バッグの中からよりカメラの性能がいいスマホを取り出すと、無造作にシャッターを押した。そして液晶画面でどういう写真が取れたか、確認してみる。 特に、これといって目に付くようなものが写っているわけではない。私は内心安堵した。
しかし、何かおかしい気がする。小さな液晶の画面では、細部は確認できないので、どこがおかしいのかわからない。プリントアウトしたときに、拡大すればわかるだろうが。
よくわからないまま、物は試しと、同じ場所で何枚か写してみた。やはり、特に異常なものが写り込んでいるということはない。
私はもう一度写真を取り、液晶画面を覗き込んだ。そこで初めて、どこがおかしいのか気がついた。一部がぼけているのだ。ちょうど、住所や表札があるはずの辺りが……
手ブレなら全体がぶれて写るはずだし、こういう写り方はしないはずだ。これは一体どういうことなのだろうか。そういえば、掲示板の写真もこうなっていた……
突然背中から妙に生暖かい風が吹きつけ、私は反射的に振り返った。すぐ目の前に、草ぼうぼうの土地が見えた。いつの間にか、路地の一番奥まで来てしまっていたのだ。
そこは、中央に一メートルばかり盛り上がった塚のようなもののある原っぱのようなところだった。
広さはそれこそ五メートル四方くらいの小さいもので、真ん中にある塚が直径三メートルほどはあるかと思われるので、ほとんど平らなところがない。
塚と思しきものは、明らかに人為的に盛り上げたとわかる形で、ほぼまん丸で急に盛り上がっているように見える。この中に何か埋まっていてもおかしくない雰囲気だ。しかし周囲には、この塚の由来を示すようなものは何ひとつなかった。
私は、その異様な光景に目を奪われて、しばらく周囲を歩き回っていたが、そのうちふとあることに気がついた。この奇妙な原っぱに続く道が、例の路地しかないことに。
残りの三方はすべて住宅で、しかもこちらに面した壁には窓がない。住宅とこの原っぱとの境には、木の杭の間に針金を何本も渡した粗末な柵があるだけだが、子供でも破れそうなその柵にはしかし、そういったいたずらのあとは一切見られなかった。
その時私は、目の前の草がまるで“おいでおいで”をしているように揺れているのを目にしてしまった。おかしい。風のせいなら全体が揺れるだろうに、私の前の一部の草だけが、そうして揺れている。
私は急に恐ろしくなり、原っぱをあとに走り出した。あのまま揺れる草を見つめていたら、引き込まれてしまうような気がしたのだ。
路地を駆け抜け、外の通りに飛び出すと、すでに西の空が茜色に染まっていた。私は、本気でこのまま帰ろうと思った。
今までいろいろと噂のある場所を歩いてみたが、あんなに重苦しい気分が続いた場所は初めてだった。私の心に、あの場所に近づきたくないという気持ちが湧いてきた。
しかも、ただ重苦しい気分になっただけではない。路地にいる間、私は誰とも出会わなかった。人が生活する気配を感じなかった。家はありながらも、 まるで誰も入居しないまま歳月が経ったかのように思えたのだ。
考えながら歩いているうち、気がつくとあたりはすっかり夕闇に包まれていた。そんなに時間がたっていたのだろうか。そういえば、さっきから人の気配が絶えていた。
しかし、まだ人通りがなくなる時間ではないはずだ。
周りを見回した私は、思わずぎょっとして足を止めた。あの路地の入り口が眼前に見えている。
何故だ。何故ここへ来てしまったのだ。路地から離れる方向に歩いていたはずなのに。
ここは本当に、あの路地なのか。私は奥を覗き込んでみる。
暗くなりかけた路地の突き当りには、わずかな残光に照らされたこんもりとした草が見えた。間違いなくあの路地だった。
私はゆっくりと後ずさりすると、回れ右をして小走りにその場を離れた。とにかくそこから離れたかった。
息が弾むまで走った後、立ち止まって周囲を見回す。
私は思わず大声を上げそうになった。目の前には、あの路地の入り口があった。そんな馬鹿な。こんなことがあるはずはない。
私は全力で駆け出した。この場から逃れたい一心で、私は走り続けた。
走り続けて息が続かなくなり、立ち止まった私は、肩で息をしながら呼吸を整えた。だが、気配があった。信じられない思いで傍らに視線を向ける。その先には、路地の入り口があった。
何故逃れられないのだ。こんなことがあっていいのか。
途方にくれて天を仰ぐと、いつしかそれは完全な夜の闇に取って代わっていた。
時間の経ち方がおかしいのではないか。私はこの住宅地で、いったい何時間過ごしたというのだ。
私は、周囲に建つ家々を見た。そこには、人の営みの印である灯りがあった。
やはりここは住宅地だ。あの灯りの元に、人がいる。そう思うと、少しは落ち着きを取り戻せた。
その時だった。近くの家々の明かりがひとつ、またひとつと消えていく。私は慌てて腕時計を確認した。午後十一時四十分を回っている。
……自分の目に映ったことが、にわかに理解できなかった。どうしてこんな時間なのか。
私はそんなに長い時間、ここに留まっていたというのか。自分の感覚では、せいぜい二時間ほどしか経っていないように思えるのだが。第一、午前零時を過ぎても起きている家が一軒や二軒あっても、おかしくないはずなのに……
茫然としていた私の耳に、何かの物音が聞こえてきた。我に返って耳を澄ますと、それは足音だった。
あの路地の奥からこちらに向かって、足音が近づいてくる。硬いアスファルトを踏みしめる靴音だった。
一応ともっている街灯に照らされている道路には誰もいない。
私は弾かれたように駆け出した。その場から一刻も早く離れたかった。息が切れて走れなくなるまで必死に走り続け、遂に力尽きてその場に座り込んだ。
座り込んだまま肩で息をする私の背後から、足音が近づいてくる。誰かが通りかかったらしい。
ほっとしながら振り返った私の眼に映ったのは、誰もいないあの路地。そして、路地の奥から近づいてくる靴音。いや、もうひとつ、スニーカーのような足音が重なっている。
立ち上がって逃げようとしたが、体が思うように動いてくれない。
それでも無我夢中で私は逃げた。それこそ、爪で己が身を引きずるように。
どれほど進んだか、私はどうにか四つんばいで這っていた。あの足音に追いつかれたくなかった。向こうの歩みのほうが速いだろうことはわかっていたが、最後の足掻きをしたかった。
足音が追いすがる。決して早足になるわけではないが、着実に近づいてくる。
逃げ切れないと観念した私は、その場にうずくまり、体を小さく折り曲げてやり過ごせないか、と考えた。否、もうどうとでもなれと思ったほうが正しいか。
足音が、私のすぐ傍を通り抜けていく。その時、はっきりと気配を感じた。姿は見えないが、間違いなく誰かがそこにいて、通り過ぎていく。ひとり、またひとり……
そして気づいた。足音は、次々と私の傍らを通り過ぎていく。いったい何人分の足音が過ぎれば終わるのか。足音の洪水の中に、私は取りこまれていた。
目を開ける気も起こらないまま、まるで朝のラッシュアワーの真ん中にうずくまっているような足音と気配の波の中で、私はすべてが終わるのをじっと待った。
革靴の足音、スニーカーの足音、足を引きずるような足音、小走りに過ぎる足音。
私の左右を、一方向に向かって進む足音。すべての足音が、私の背後から前方へ向かって進んでいく。
私は勇気を振り絞り、振り返ってゆっくりと目を開けた。そして、あの路地の中ほどにうずくまっていることに愕然とした。先程うずくまったとき、確かに私は路地の入り口にいた。何故こんなところにいるのだろう。
何より、今まで一切姿が見えなかった足音の主たちが、おぼろげながら何がしかの姿が見えかけている。全身から冷や汗が吹きだした。
あのおぼろげな人影が、はっきりとした像を結んだとき、私はどうなるのか。考えたくもなかった。
今なら、まだ何とかできるかもしれない。いや、なんとしてもここから脱出するためにも、何とかしなければならない。
私は歯を食いしばって立ち上がった。口の中は渇き、逆に掌などはぐっしょりと濡れている。恐怖のあまり喚き散らしたい衝動を抑えつけ、おぼろげな人影が歩いてくる方向を懸命に見据えた。そこには、暗がりに中にかすかに浮かび上がる例の塚があった。
すべては、あの塚を見たときから始まったのだ。考えてみれば、ネット上で噂を拾ったとき、あんな塚の話はどこにもなかった。そもそも見た者がいれば、格好のネタとして発表されていたはずだ。
私は、塚のほうから溢れてくるように続くおぼろげな人波に逆らいながら、ゆっくりと歩き始めた。足が異常なほど重い。鉛のようなという形容詞があるが、まさにそれだ。悪夢の中での歩みにも似ていた。
幾重にも重なった足音が、私の周囲から響いている。徐々にはっきりした姿を取りつつある人影達が、なぜか私をよけながら歩き去っていく。悪い夢なら覚めて欲しいと思ったが、念のために自分で自分の手の甲をつねってみて、痛みにこれが現実だと悟る。
自分の両膝に手を添え、全身の力を使って前に進んでいくと、近づくにつれて塚の中から人影が湧き出しているのが見えてきた。やはり、あの塚がすべての元凶だったのだ。
進みながらも、心の奥底では何かが引っかかっていた。何がどう引っかかるのか、自分でもわからないまま、私は塚の前に立った。
塚は相変わらず、無数の人影を吐き出し続けている。
おぼろだった人影は、いつしか半透明の人の群れとなっていた。年若い者、年老いた者、男、女、現代の人間、着物に髷を結った人間、さまざまなものが塚から現れ、私の左右を無言で歩いていく。背筋になんとなく冷たいものが走っていくのがわかった。
この人々が何者で、どこへいこうとしているのか、考えたくもなかった。
呼吸を整え、塚を見据えたとき、塚の上に誰かが立っていることに気づいた。いや、視覚では何も捉えていない。頭の中に、直接イメージが飛び込んできているかのようだ。
男が三人ということはわかる。少なくとも、現代や近い時代の者ではないだろうということも。その男たちが、塚の上に立って私を見下ろしている。いや違う。塚の頂上と同じ高さの空間に、塚を囲むように立っているのだ。
(我らの元へ)
男たちがそう言った。口でしゃべったというより、頭の中に直接相手の思考が入り込んできたような感じだ。さらに、文章を成さないもろもろのものが、 次々と私の頭の中に流れ込んできた。
“贄”“封印”“荒御霊”
男たちが、私のほうへと手を伸ばす。本能的に危険を感じた。咄嗟にバッグの中からカメラ用の一脚を取り出すと、それを伸ばして闇雲に振り回す。
それが偶然、塚の土の一部をわずかだが削り飛ばした。その刹那、男たちの姿が消えた。周囲の人影も一瞬にして消え去った。張り詰めていた空気が、ふっと弛んだ気がした。
助かったのだ。私は助かったのだ。大声で叫び出したかった。私は生きている、助かったのだ、と。
安堵した途端、急に目の前がぐらりとひっくり返ったような気がした……
目覚めたとき、私は朝の光が差し込む自宅のベッドで寝ていた。昨夜の記憶は妙にあいまいで、どうやって自宅まで帰り着いたのか、全く覚えていない。 それどころか、私は本当に奇怪な人の群れを見たのだろうか。夢でも見ていたのではないか、そんな気がする。
とにかく起き上がると、出かける支度をして家を出る。家族の顔を見ないのが引っかかるが、でも出かける。
自宅を出ると、朝の通勤通学の時間なのだろう、大勢の人々が同じ方向に向かって歩いていく。私もその人並みに紛れ込むと、その人たちと共に歩き出した。
……そういえば、私はどこへ行こうとしているのだろう。どこへ行くつもりだったのか、全く思い出せない。
それでも、どこかに行かなくてはならないことは、頭のどこかでわかっていた。
私は歩き続ける。大勢の人が周囲にいるのだから、不安はない。私は歩き続ける。
どこかへ向かって。どこに向かって? そんなことはどうでもいい。
どこかへ行くために歩き続けることが、私の今の目的だ。
歩き続ける。いつまでも、どこまでも……