8:傷
「ぅっす」
「あれ?鷹耶さん、そちらの方は?」
現場に入ると、周りのスタッフが物珍しげにレイを見詰めた。
芸能人かと見間違う程の外見を持つのだから、それも頷ける。
鷹耶は何処と無く少し誇らしげな気持ちになって胸を張った。
「俺の遠い親戚の子やねん。」
「ハーフっすか!めっちゃ綺麗ですやん!」
「やろ?今日、どうしても見学したい言うから…ええかな?」
「袖からならええんちゃいます?一応、僕からプロデューサーに言うときますわ」
「ありがとうな」
慌ただしく走っていくスタッフを見送ってから、鷹耶は軽くレイに目配せする。
レイは嬉しそうに笑ってみせた。
「鷹耶さん、リハーサル入ります!」
「あ、行ってくるわ。」
「いってらっしゃい」
レイを袖の椅子に座らせ、鷹耶はスタジオへと出た。
しかし、其処には和樹の姿は無く。
一つに減らされた椅子があるだけだった。
「珍しいな、和樹が。」
「え?」
共演者の先輩芸人に声を掛けられ、鷹耶は顔を上げた。
言われた意味も理解出来ないまま。
「体調、悪いんやろ?でも、仕事に穴開けるなんてらしくないわぁ」
「そ…な、俺知らないっすよ…?」
「そうなん?」
視界が歪む。
自分がぶつけてしまった言葉が頭の中をぐるぐると回る。
思い出すのは色の抜けた和樹の瞳だけ。
意識が暗く濁りだした時…
「鷹耶!」
名を呼ばれる。
振り返れば、レイの笑顔が映る。
「大丈夫だよ、」
「……」
「ね?」
優しい笑顔に、心が落ち着いていく。
鷹耶は息を吸い込んで、ゆっくり吐き出した。
まだわだかまりは残るが、何とか気持ちを持ち直す事が出来た。
そして無事にリハーサルと本番を終えたのだった。
「お疲れさま」
「ありがとな、レイ…」
「何で?」
「お前居らんかったら、和樹をまた恨んでしまいそうやったから。」
和樹が来なかったのには何かしら理由があるのだろう。
レイが居なければ、その理由すら聞かずまた和樹を責め立ててしまっていただろうから。
「どうする?」
「探すに決まってるやろ…」
私服に着替えると、鷹耶は鞄を肩に掛けた。
目指すは和樹の家。
まずは会って話さなければ始まらない。
自転車の後ろにレイを乗せ、鷹耶はペダルを漕ぎ出した。
「ぅ…」
何時もより高い天井。
見慣れない家具。
だるい視線を動かして、和樹は漸く自分の状況を把握した。
「!ぃ…った…」
「おはよう。あんまり急に動かん方がええで?」
声がした方に視線を向ける。
其処には椅子に座り、新聞を拡げる堺がいた。
「キツかった?」
「…思ってた程は、」
「……何か、飲む…?」
「はい…」
新聞を畳むと、立ち上がる。
台所に向かった堺を見送って、和樹は布団を引き寄せた。
思い返してみても、あまり現実味は無い。
ずきずきと内を抉る痛みだけが行われた行為が嘘では無いと証明していた。
(鷹耶…怒ってるやろな…)
この世界に入って、初めて仕事を飛ばしたのだから。
それも分かった上で、和樹は堺を選んだ。
(レイが居るから…大丈夫やんな…あの時も…)
『カズ!コイツの名前決めてん!』
『何て言うん?』
『ソラ!』
『ソラ…か、ええ名前やね』
『カズ…ソラが…』
『ソラが…?どないしたん?』
「つ、ぅッ…」
「和樹、ミルクと砂糖入れたけど良かったか?」
「さか…い、さ…ッ」
「和樹!」
手に持っていたマグカップを置くと、堺は和樹に駆け寄った。
震えるその身体を抱き締める。
「ぁ…あ…嫌、や…ッ」
「何が嫌なん…?」
「…か、や…」
頭を巡る映像は止まらない。
和樹の震えは益々酷くなるばかりで。
『カズ…なんで…?』
『だって…タカヤが…居らんくなりそうやったから…』
『せやからって…こんな事…』
幼い鷹耶。
その表情は強張っている。
触れようと伸ばした手が、モノクロの視界に入った時…
「ああああぁっ!」
震えが痙攣にかわる。
痙攣が止まると、そのまま糸が切れたかのように和樹はベッドに倒れ込んだ。
(あぁ…思い出した…)
消えゆく意識の中、和樹は思った。
自分は鷹耶の傍に居てはいけないんだと。
(10歳のあの日…俺は鷹耶を、深く傷付けた…)




