7:飛
「っ…ん…」
合わさった唇から苦しげな吐息が漏れる。
唇を離すと、堺は伺うように和樹を見詰めた。
「嫌か?」
「…ぃえ…」
紅く蒸気した頬。
しかし相変わらず眼は伏せられていて。和樹が見せる拒絶の仕草。
堺は僅かに目を細めた。
「そんなに…鷹耶が良いんか…?」
「堺さん…ッ!」
壁に押し付けられ、和樹は怯えた目を向ける。
その姿が妙に堺の嗜虐心を刺激した。
「俺の言うた提案を受け入れたのは和樹やで?」
「…わかって、ます…」
「じゃあ、鷹耶の事は早く忘れぇや…」
そう言って、わざと意地悪く笑ってみせる。
傷付いた表情をする和樹を見たくて。
「楽になりたいんやろ?」
「はい…」
「俺がお前を…」
言い掛けた言葉を堺は飲み込み、代わりにまた唇を重ね合わせる。
今度は抗う事なく、和樹はその唇を受け入れた。
「こんなもんか…平気か?」
「うん。」
レイの傷はタオルを宛て、その上から包帯を巻き付け処置をした。
散らばった羽根や血を一通り片付けると、鷹耶はソファの上に腰を下ろした。
「似合うやん。」
体格が同じ位の為、鷹耶の服はレイの身体にぴったりだった。
自分の服を着てベッドに座るレイを満足げに鷹耶は見詰めた。
視線を感じたレイは顔を上げ、ふわりと優しく笑みを浮かべた。
「ねぇ、俺も付いていって良い?」
「は?」
「鷹耶に。邪魔しないから…」
「お前目立つやん。皆びっくりすんで?」
「…うん。でも行きたい!」
断ろうにも、レイに真っ直ぐ見詰められれば鷹耶は頷くしかなかった。
「第93番天使、カイリ。只今戻りました」
「ご苦労だったな。して、翼の方は?」
「此方です。」
レイから斬り取った翼を足元に放り出した。
黒い羽がひらひらと舞った。
「悪かったな。たかだか堕天使の為に…」
「いえ。」
カイリは顎を引いて軽く会釈すると、踵を返した。
重苦しいドアを抜けると、広い吹き抜けに出る。
見上げればやっぱり空は青かった。
『カイリ!』
『そろそろだな。レイ』
『ちょっとドキドキする…』
『何も変わらないさ』
『そうだよね』
天使は羽根から生まれる。
2人の天使が互いの羽根を一本ずつ抜き取り、大聖堂にある燭台へと捧げるのだ。
そして第0番天使である天使長がそれを融合させて赤子を作り出す。
赤子の状態から成人の形に育つまで凡そ10年。
成人の形に育った時、再び大聖堂を訪れる。
そして背中から天使長が羽根を取り出すのだ。
『羽根が生えるってどんな感じかな?』
『さぁな』
『カイリの方が先だよね?』
『あぁ、』
その時、二人は思わなかった。
レイの背中から取り出された羽根が黒色だなんて。
『羽根が生えたらさ、一緒に飛ぼうな』
『うん!』
『じゃあ、行くか』
希望を持って潜ったドアは、絶望への入口だった。
カイリがまず中に入り、羽根が取り出された。
白い大きな身体を覆える程の立派な羽根。
『素晴らしい…羽根の大きさは天使の能力に比例する』
『ありがとうございます』
『カイリ、か。第93番への昇格を認めよう』
一礼をしてカイリは大聖堂から出る。
入れ替わりにレイが大聖堂へ入っていこうとした時。
カイリを振り返って、ふわりと笑った。
『行ってくるね』
『レイ!』
『ん?』
『さっきの約束、忘れんなよ』
『うん。飛ぼうね、二人で』
レイを見送った後。
カイリは大聖堂から少し離れた広間で、儀式が終わるのを待っていた。
しかしレイは何時まで経っても帰って来ず。
次にカイリがレイを見たのは処刑台の上でだった。
「俺が…奪った…」
一緒に飛ぼう、と約束したのに。
「でも、嫌だったんだ…」
自分以外の誰かが、レイの羽根を奪うのは嫌だった。
カイリは手で自分の目を覆った。
レイの怯えた顔だけが、カイリの脳裏に焼き付いて離れなかった。




