6:意
本番まで後10分。
帰ってこない相方に無性に苛立つ。
噛んでいた爪から口を離すと、鷹耶は重い腰を上げた。
「あ…」
ドアに手を掛けた瞬間、反対側から勢いよく引かれ鷹耶の体はバランスを崩す。
支えを失った体を抱き止めたのは、たった今鷹耶が探しに行こうとしていた人物だった。
「和樹…!」
「ごめんな、遅なって…」
「仕事大事にする言うた癖に…いい加減な事すんなや!」
自分が言えた台詞じゃないのは判っている。
それでも鷹耶は溢れ出る雑言を止める事が出来なかった。
それが深く和樹を傷付けていってる事すら気付かずに。
「ごめん…鷹耶…」
「謝るしか出来んのか…?反論くらいせぇや!」
「…ごめん」
和樹は最後まで『ごめん』としか言わなかった。
モヤモヤとした気持ちを抱えたまま二人は舞台へ向かう。
ちらりと盗み見た横顔は、何時もの和樹へと戻っていた。
「ありがとうございましたぁ!」
「また来てやぁ!」
緞帳が降りきるまで手を振る。
無事単独ライブは終わり、二人は並んで舞台から降りた。
その時反対側から歩いてきた人物に自然と足が止まる。
「お疲れさん。」
「堺さん…」
「鷹耶、和樹借りてくで?」
堺が和樹の肩を抱く。
和樹は何も言うこと無く、鷹耶に背を向けた。
その一連の動作に呆然としていたが、辛うじて伸ばした鷹耶の手が和樹の指に触れた。
和樹の視線が鷹耶を向く。
「ごめん、鷹耶…俺、行くから…」
「和樹…?」
振り返った瞳は驚く程澄んでいて、何も無かった。
感情も、表情も…そこからは何も読み取れない。
鷹耶は伸ばした手を静かに下ろした。
堺の口元に笑みが浮かぶ。
「鷹耶…これがお前のやってきた事のツケや。」
「!」
「和樹は永遠に自分だけのモンやとでも思っとったんか?」
堺の言葉に鷹耶は押し黙る。
否定出来ないのは、何処かで堺の言葉に納得している自分がいるから。
鷹耶がどれだけ我儘を言おうと、和樹は自分から離れるはずが無いと思っていた。
それが当たり前だと、勝手に決め付けて。
「…勝手にせぇや…」
「鷹耶…」
「和樹、行くで。」
本音は引き止めたいと思っていた。
しかし鷹耶の口から出てきたのは真逆の言葉。
出て行く和樹を見送って、鷹耶は楽屋を飛び出した。
一刻も早く、その場から立ち去りたかった。
止まれば和樹の事ばかり考えてしまう自分がいるから。
長い廊下を駆け抜け、鷹耶は自宅を目指した。
ほぼ止まる事なく走り続け、家にたどり着く頃には息も切れ切れになっていた。
「鷹耶…?」
勢い良くドアを開いた鷹耶をレイが見上げる。
レイの姿を視界に入れると、鷹耶は少し冷静さをとり戻した。
「レイ…」
「和樹と何かあった?」
「何も…」
ベッドに倒れ込む鷹耶を視線で追いながら、レイは綺麗に笑う。
和樹にされれば苛立つだろうそんな行動も、何故かレイがすると不思議と苛立たなかった。
「鷹耶は…和樹の何処が好き?」
「あんな奴、好きちゃうわ!」
レイは突然の大声にびっくりした表情をしたが、直ぐ元の笑顔に戻った。
細い指が鷹耶の髪を撫でる。
「鷹耶は、好きだよ…」
「何でそんなん…断言出来んねん…」
「解るから…鷹耶の事なら何でも。」
レイの言葉を戯言だ、と思いながらも。
鷹耶は何故かその指を拒む事が出来なかった。
眼をゆっくり閉じる。
その瞬間…
『カズ…』
『何?』
『ソラが…』
『ソラが、どないしたん?』
細切れの映像が脳内を巡る。
古ぼけた写真のような、セピア色の風景。
そこに映る鷹耶と和樹。
幼い和樹が不思議そうに首を傾げた。
「痛った…!」
「鷹耶?」
「ぅあ…っ、」
ズキズキと頭が痛む。
まるで思い出す事を体が拒否しているかのようだ。
頭を押さえて蹲る鷹耶をレイが抱き締める。
「大丈夫…」
「あ…ぁ…」
「怖くないよ、安心して?」
レイの声が鷹耶の鼓膜に心地よく響く。
伸ばした手がレイの背中に回された。
「!」
感じた感覚に鷹耶は思わず手を引っ込めた。
生暖かい、ぬるりとした感触。
「どうしたの?」
「レイ…お前羽根は?」
視線を落とせば、そこにはべっとりと赤い血が着いていた。
しかし、レイは相変わらず優しく笑っている。
痛みなどまるで感じていないかのように。
「…さっき、仲間の天使が来て狩られた。」
「…取り敢えず手当せな…血ぃ出とる…」
「良いよ、そんなの。鷹耶の方が大事…」
その言葉に泣きたい気持ちになった。
与えられる優しさが、鷹耶の胸を打つ。
頭痛はいつの間にか止まっていた。
「もう、大丈夫やから…」
「…そう?」
「あぁ。せやから手当しよ?」
手当といっても、病院へ連れていく事は出来ない。
鷹耶は綺麗なタオルを数枚取り出し、レイの傷を押さえた。
出血は止まっているようで、ドロリとした血の塊が取れた。
「血ぃは止まってるな。包帯取ってくるわ。」
「待って…」
レイが鷹耶の手を引く。
バランスを崩した鷹耶はレイの胸に倒れ込んだ。
細い腕に絡め取られ、鷹耶の心臓が大きく脈打つ。
「鷹耶は、優しいよ」
「ええって…お世辞は…」
「でも、意地っ張りで傷付きやすい。」
耳元で聞こえる低い声が鷹耶の鼓膜を震わせた。
レイの言葉は鷹耶の頑なな心を解していく。
「だから…俺に鷹耶を護らせて?」
「レイ…」
「何に変えても…鷹耶を護る。それが俺の存在意義のような気がするんだ…」
レイの言葉は不思議だと鷹耶は思う。
優しいのに、強い力を持って響くのだ。
気がつけば、鷹耶は頷いていた。




