3:思
茜色の空。
小さな影が二つ伸びていた。
公園の入口からその影が出ようとした時。
ワン、と段ボール箱が吠えた。
「カズ!何か鳴いた!」
「その箱ちゃう?」
「ほんまや!」
小さな指が段ボール箱の継ぎ目を開いていく。
半分くらいまでそれが開いた瞬間中から小さな犬が勢いよく飛び出してきた。
「うわ!」
「捨て犬やなぁ」
「めっちゃかわいい!!俺絶対コイツ飼う!」
犬を抱いて笑う鷹耶。
(それから…?どうしたんやっけ…)
幼い鷹耶の笑顔が泣き顔に変わる。
断片的な記憶は曖昧で。
(なんで…?)
思い出せない記憶。
視界がぐるぐると回る。
込み上げる吐き気に思わず口元を押さえて蹲った。
『そんなん大事なんはお前だけやろが』
「…っ!?」
辺りは真っ暗で。
時計の針は午前3時を指していた。
冷たい汗が背中をじとりと濡らして、不快感だけが身体を支配する。
(そっか…鷹耶と揉めて、酒飲んで…いつの間にか寝てもうてたんか…)
身体に纏わりつくシャツが気持ち悪くて。
和樹はそれを脱ぎ捨てると、浴室へ向かった。
そしてそのまま、蛇口を捻り頭から冷水を被る。
前髪から断続的に滴り落ちる水滴が、徐々に気持ちを落ち着かせていった。
(鷹耶…)
短く切り揃えられた金髪。
やや釣り上がっていて、鋭く射ぬく大きな瞳。
口元にある小さな黒子。
薄い唇から飛び出すのは、乱暴な言葉使いばかりで。
自分とは相容れない存在だとは思いながらも、その隣から離れる事が出来ない。
それはまるで呪縛のように。
(もう一度…話し合わな…)
蛇口をもう一度捻り、水を止める。
完全に冷えた身体を引き摺って、和樹は寝室へ引き返した。
「ぅ…」
光が差し込み顔を照らす。
その眩しさに顔をしかめたら、急に視界が暗く変わった。
「ん…レイ?」
「うん?」
片方しかない翼を広げ、鷹耶を優しく覆うレイ。
日の光を透かしてみるそれは幻想的で美しかった。
「キレイやな…」
「綺麗?」
「レイって…めっちゃキレイや。」
「鷹耶も綺麗だ…」
「俺はただのヤンキーやから、綺麗でも何でもないわぁ、」
「そうかな…?」
レイの指がそっと、鷹耶の額を撫でる。
そしてその指が鷹耶の前髪を掻き上げた。
「鷹耶の眼…凄く綺麗だ。」
『鷹耶の眼、俺好きやねん。何か…… で、だからな、俺は…… の、…』
声が重なって聞こえた気がした。
鷹耶は重たい瞼を下ろす。
「鷹耶?」
「和樹が…何かそんなん昔…言うてたな…」
「今日は和樹に会わないのか?」
「……」
今日は確か、劇場での仕事とテレビの収録があった筈だ。
時計をちらりと見て、時間を確認する。
入り時間まで1時間程だ。
鷹耶の家から劇場まで自転車で15分。
着替えて準備すれば、良い時間になるだろう。
「仕事…やから、会わなしゃあないやん…」
「そう…」
「飯、買うて来とくから…留守番しといて。誰か来ても開けたらあかんで。」
鷹耶は手早く着替えを済ませると、家の近くのコンビニまで走る。
そしてレイが食べれそうな食事と、飲み物を購入すると急いで自宅へ戻った。
「これ、弁当やからこのまま食べれるし。冷蔵庫入れとくからな。」
「ありがとう…」
「劇場の仕事終わったら一回帰ってくるし…」
「わかった…」
レイの事は心配だが、仕事を飛ばす訳にはいかない。
後ろ髪を引かれる思いで、鷹耶は劇場へと向かった。
鷹耶が出ていった部屋。
レイは独り、膝を抱えた。
窓から見上げた空には雲が浮かんでいて。
逃げる事が出来たんだ、と今更ながら実感する。
自分が生きてきた世界に比べると随分狭く感じるが、それでもレイは幸せだった。
『存在そのものが悪…』
自らの翼で身体を覆う。
(黒じゃなければ…もっと違っていたんだろうか…?)
考えながら。
レイはゆっくりと目を閉じた。




