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2:違


じりじりと痛む背中。

白く霞んでいる視界に、映るのは空ではなかった。

何処からともなく美味しそうな匂いが漂ってくる。



「ぅ…」

「お。目ぇ覚めたか?」

「こ、こ・・・は?…っあ!」




身を起こすと激痛が走る。

起き上がる事は叶わずレイは再び倒れこんだ。




「無理すんなや!お前めっちゃ怪我しとるんやから!」

「す、まない…」

「鷹耶、手伝ったって。粥準備するから。」




鷹耶は押入れから布団を出すと、それを折りたたみレイの背中へ入れた。

それを見計らったかのように和樹がお盆にお粥とお茶を載せてやってきた。




「食える?」

「…これは…?此処は人間界…?」

「これはお粥や。まぁ…人間界っつうんかな?俺らは此処以外の世界知らんけど…」

「食ってみ?コイツ料理だけは上手いから。」




和樹からお盆を奪うと、鷹耶は鍋の中身をレンゲで掬った。

そしてレイの口元へそれを持っていく。

恐る恐る、レイは口を開いた。





「…美味しい…」

「やろ?ほらもっと食えや。」





雛鳥にするかのように、次々と鷹耶はレイにお粥を食べさせていく。

そんな様子を見ながら和樹はリビングのソファに腰掛けた。




レイは和樹に負けず劣らず、美しい顔立ちをしていた。

黒い羽根とは正反対の白に近い銀髪。

その隙間から見える瞳も色素が薄く、緑がかっている。

それはまるで一種の造形物のようだった。



そんなレイに穏やかに微笑む鷹耶。

久々に彼のそんな表情を見た気がする、とぼんやり和樹は思った。

粗方食べ終わったところで、鷹耶がレイの顔を覗きこんだ。




「なぁ、お前名前は?」

「…レイ…」

「何者なん?」

「…一応…天使だった…」




普通に聞けば随分と非現実な話だ。

それでも二人はその言葉を信じるしか無かった。

目に見えて明らかなものが其処にあったから。






「その…天使がなんでこんなんなってんの?」






不躾な質問だ、とは思いながら鷹耶はその言葉を止めることが出来なかった。






「第一、俺が絵本とかで知ってる天使は白い羽根やし…何かお前はイメージと違う…」

「やっぱり、そうなのか…」

「やっぱり…?」

「俺以外の天使は白だった…俺は黒いから処分された…」





鷹耶の瞳が見開かれる。

レイは構う事なく言葉を続けた。






「空が…青くてすごく綺麗なのに…このまま羽根切られて…消えてくのは嫌だったんだ…気付いたら…逃げ出してた…」






緑の瞳が細められる。

その瞳の端から、すっと涙が一筋流れ落ちた。





「俺はただ生きる事すら許され無かった…」

「レイ…」






鷹耶がレイの名を呼ぶ。

顔を上げたレイの頬を流れる涙を鷹耶は指でそっと掬った。





「此処に居れや。」

「え…」

「此処にや!そしたら…死なんでえぇやろ?」

「鷹耶!」





それは何時もの和樹とは思えないような声音。

鷹耶は思わずびくり、と肩を震わせた。






「何やねん、大きい声出してからに…」

「黙ってられるか!今俺らどんだけ大事な時期かわかってんのか!?一週間後にはコンクールだって…」

「そんなん大事なんはお前だけやろが!」

「!?」







和樹が酷く傷ついた表情をして。

鷹耶は『しまった』と思った。

弁解の言葉を言おうにも言葉は何も出て来ない。






「わかった…好きにしぃや…」






静かに和樹は部屋から出て行く。

鷹耶は結局それを止めることすら出来ずただ其処に立ち尽くしていた。









「あ…の…」

「ん?」

「泣いてるのか…?」




レイに服の裾を引かれて、鷹耶はその場に膝をつく。

そして緩慢な動きで鷹耶は自分の頬へ手を持って行った。

しかし涙などは流れていなくて。

鷹耶は訝しげな視線をレイへ向けた。





「泣いてへんやん…」

「やっぱり泣いてる。」

「だから…!泣いてへん…っ、」




そう言った瞬間、何か温いものが鷹耶の頬を伝った。

自分の事なのに、鷹耶の方がびっくりしている。

動けない鷹耶の頬をレイの冷たい指がそっと拭う。






「あの人も、泣いてたけど…」

「和樹が…?」

「見たときから…思ってた…一緒にいるのに…笑ってるのに…二人とも泣き出しそうだって…」







見透かされる心が悲鳴をあげる。

助けて欲しいと。

傍にいるはずなのに、常にすれ違う心が痛い。







「レイ…っ、」

「泣かないで…」

「…俺、自分が…分からん…やから、めっちゃしんどいねん…」






和樹とただ一緒に居たくて、この世界に飛び込んだ。

それなのに心は昔より離れてしまった気がする。





金色に髪を染めた。

ピアスを何個も開けた。

煙草を吸ってみた。

ガラの悪い連中とつるんだりもしてみた。





しかし、何をしようとも和樹の気を引くことは出来ず。

反って二人の距離は広がるばかり。






「鷹耶…は、和樹が…好きなんだな…」

「俺が…和樹を…?」






言葉にされた気持ち。

それは鷹耶の胸を酷く高鳴らせる。

涙は既に止まっていた。




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