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13/15

13:笑


鷹耶が落下していった場所に走って行けば、信じられない光景が其処にはあった。

血塗れの惨い遺体を想像していた福井からすれば、拍子抜けするほど鷹耶には傷1つ無い。

レイはともかく、もう一人見慣れない男も増えている。


どんなマジックを使ったのかは判らない。

5階の窓から落ちていく鷹耶を福井も確認していたから。


しかし、今更そんな事はどうでも良い。

重要なのは…



「…死ななかったんや…」



その事実だけ。

確かに鷹耶は5階から飛び降りて見せた。

そして、福井の目の前に生きて存在している。

絶対不可能だろうと思った条件をクリアしてしまったのだ。

それはつまり…




「和樹の居場所…教えて貰いますよ?」




自分が一番鷹耶に教えたく無いことを、その本人に教えないといけないのだ。

事実をねじ曲げて、賭け自体を無かったものにする事も出来る。

しかし、命を賭けた鷹耶に対してそうする事は流石に躊躇われた。

悔しさを込めた目で、鷹耶を睨み付ける。




「何で…邪魔すんの…?」

「…福井さん…」

「堺は、ずっと和樹の事見ててん!堺には和樹が必要やねん!堺には…ッ、」




自分では駄目なのだ。

相方にはなれても、行き場の無い堺の想いを受け止める存在にはなれなかった。


だから、思った。


堺が和樹を得ようとしたなら、自分は何を犠牲にしてもその願いを叶えようと。

堺は他人に対して冷酷にしかなれなかった自分が、唯一共に居たいと思った存在だったから。



「…堺には、幸せになって欲しいんや…和樹なんてどうでも良い。堺が、和樹を望むなら俺はどんな汚い事もする…」

「堺さんは…って、アンタはどうなるんですか?」

「俺は…良い。堺さえ幸せなら…」



苦手だと思っていた先輩の言葉は、思いの外素直に鷹耶の心に響いた。

不可思議な行動も、堺を思うが故の事だったのだ。



「アンタも人間やったんやな…」

「馬鹿にしとるやろ…?」

「してないッスよ…」



そして今なら福井の気持ちも判る気がした。



「アンタは堺さんが好きなんやな…」

「!」

「だから…其処まで堺さんに執着してるんや…」

「…うっさい!お前の思う程俺の気持ちは綺麗なモンやない!お前なんかに…ッ、理解出来へん…!!」



完全な油断。

まさか福井の手にナイフが握られているなんて、思ってもいなかった。

存在に気づいた頃、その銀色は既に鷹耶の目の前に迫っていた。

スローモーションのように、やけにゆっくりとナイフが近付いてくるような感覚。

しかし、その映像は突然暗い影に遮られた。





「全力疾走したかい…あったみたいやな」

「ぇ…」



響いた声に鷹耶は目を見開く。

その声は、此処に居る筈ない人間のものだったから。

しかし、その嫌になるほど聞き慣れている声に血の気が一気に引いていく。




「間に、合うた…」

「な…に…しとん、ねん…」

「やっぱ、お前の隣に居りたいって…戻ってきた…」

「…ッ和樹!!!」




目の前で赤い色の液体を流しながら、それでも笑う幼馴染み。

まるで昔に戻ったかのように笑顔が眩しい。

鷹耶の頬を涙が流れた。




「和樹…堺は…?」

「『行け』って、言うてくれはったんです…」




福井の質問に淡々と和樹は答える。

そして自分の腕に刺さったナイフを引き抜き、地面に投げ捨てた。





「確かに鷹耶にアンタの気持ち理解しろって言う方が無理やな…」

「…鷹耶だけやない…誰も俺の劣情は理解出来んわ!」

「いや…俺は理解出来る…アンタの気持ち…」




和樹は穏やかな笑顔を浮かべたまま、福井の前に寄る。

そして手を伸ばし、その頬を両手で掬い上げた。




「俺は鷹耶に近付くもの、全て排除したかった…」

「…!」

「人も、動物も、植物さえ…アイツが笑いかけるもの全てが許せんかった…」




天使のような微笑みを浮かべながら、悪魔のような台詞を吐く。

それはずっと、見えそうで見えなかった和樹の心。

純粋で一途で、残酷な…




「…コイツの飼ってた犬を、殺そうとした事がある…そうしたら、鷹耶の笑顔を独り占め出来るって思った…」




でも、現実は違った。

『ソラ』を奪ったところで、鷹耶の笑顔が和樹だけに向く事は無かった。



「やってから後悔して…でも俺はそれ以外の方法が分からんかった。」

「そうや…俺も汚い方法でしか、アイツを幸せにする術を知らん…だから、こうするしか…」

「でも、ほんまに…それしか無いんやと思いますか?」




和樹の切れ長の相貌が福井を捉える。

吸い込まれそうな、漆黒のそれに福井は思わず息を呑んだ。




「そんな方法で鷹耶を得たって…俺には何も残らんかった。好きだった事実も、伝えた気持ちも全て失った…」

「俺に、説教する気か…?」

「そんなつもりは無いですよ…でもこのままこんな事を続けたら、アンタは絶対後悔する…」



悔やむように頭を抱える堺の姿。

それはきっと自分ではなく、福井の事を考えていたのだと和樹は思った。




「堺さん…ごめん、って俺に謝ってたんや。きっとアンタの代わりに…」

「堺、が…?」

「アンタが何かする度、堺さんはそうやって悩んでいく…それでもアンタは、そんな生き方を続けんの…?」




それは、自分にも向けた言葉。

真っ直ぐ気持ちを伝えようとせず、回りくどい事をしていた自分への。




「俺もアンタも、気持ちを伝えて自分が傷つくのが嫌なだけや…!」

「違っ…俺は…ッ」

「違わん。言うたやろ?俺はアンタの気持ち理解出来るって。認める事が出来んだけで、ほんまはもうわかってる筈や…」




真っ直ぐ。

和樹は福井を見据える。




「俺は…実際に鷹耶の飼い犬を殺そうとしたし、鷹耶自身にも怪我させてしまった…」

「…和樹…」

「もう手遅れなくらい、コイツを傷つけてる…でもアンタは違う!まだ間に合うねん!だから…間違えんといて欲しいんや!」



福井の瞳に涙の膜が張る。



今までずっと堺の相方を演じてきた。

『可愛い』だの『天然』だの、確立されたキャラを演じていれば自然とファンも付いたし仕事に困る事は無かった。

それが堺にとっても幸せだと思っていたから。

この目の前の後輩が現れるまでは。


男の癖に何処か妖艶な雰囲気を持つこの男。

綺麗だ、と確かに福井も思った。


しかし、所詮は男。

堺の気持ちが動くなんて思いもしなかったのだ。




「堺がお前の事を好きやって言い出した日…現実は何て残酷なんやろうって思った…」




見てるだけで良い、なんて高尚な事を口走る堺。

そして喧嘩ばかり繰り返している鷹耶と和樹。

楽屋の端で溜め息を吐く和樹を哀しげな表情で見つめている堺の背中を追う自分。




「俺には、堺しか居なかったのに…お前が全て奪った…」




何度、和樹を殺したいと願っただろう。

でもそれは出来なかった。

それをすれば、堺が悲しむだろうから。




じゃあ、自分はどうしたいのだろう?


(堺に笑っていて欲しい。)


じゃあ、この冷酷な心で、堺を笑わせるにはどうしたら良いのだろう?


(和樹を堺のモノにしてやればいい…)



その為に邪魔なのは…





「鷹耶が俺の楽屋に来た時…チャンスやと思った。」

「…チャンス…?」

「鷹耶をお前から離す事が出来るって…それがお前が一番傷付く事やから。」




そして福井は鷹耶に視線を一瞬だけ移し、苦笑ってみせた。




「ほんまに条件クリアして、お前を助け出そうとするとは思ってもみぃへんかったけど…ソイツらのおかげなんかな?」




そして今度は、レイとカイリを見遣る。

二人は居心地悪そう視線をさ迷わせた。




「まぁ、それも今更やな…お前が堺を選ばんと此処に来てもうたんやから…」

「まだ俺を恨んでますか…?」

「そやな…でも…お前が言うた通り、それが無駄やって事くらい…俺もわかってる…」




ただ気持ちがついていかないだけ…。

目を閉じれば、張っていた涙の膜が雫となり福井の頬を伝って落ちた。




「悪かった…な…鷹耶…」

「もう…良いッスよ、気にしてないし。」

「真っ直ぐで、単純で、お人好しで…お前ほんまに阿呆やなぁ…」

「なっ…!?」

「…っは!お前みたいになりたかったわぁ…」




口を開けて固まっている鷹耶を見て、福井は思わず声をあげて笑った。

その笑顔は汚れなく、鷹耶は初めて本当の福井に会えたような気がした。




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