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11:生


『どういう事やねん…!』

「だから…」



福井の携帯電話を握る手に力が籠る。

視線は上に移り、窓枠に手を掛ける鷹耶へと止まった。



「鷹耶が、飛び降りすんねん。俺のお願い聞いて…」

『今どこや?』

「本社のビルの裏。…来るつもりなん?」




携帯電話の向こう側で、堺が息を呑むのが分かった。

福井は満足げにほくそ笑む。




「そもそも、堺が鷹耶を救う義理はないよね?だって…鷹耶が消えることを一番望んでるんは堺やもん。」

『福…』

「来ない方が堺の為やで。来たら、お前は自分の一番汚い部分を目の当たりにする事になるんやから…」




そう。だから、堺は来てはいけない。

福井はまだ何か言いたげな堺を遮るように、携帯電話の通話終了ボタンを押した。




(汚いのは…俺だけでいいんやから…)










吹き上げる風が前髪を揺らす。

随分と遠くに見える地面に眩暈がした。

窓枠にかけた手の平にはじっとりと汗が滲んでいる。




「鷹耶…止めようよ、こんなの…和樹だって望まない」

「レイ…俺なぁ、ずっと後悔しててん…和樹に酷いことばっか言うてきたこと…」

「…鷹耶…」

「阿呆なんは俺の方やった…」




空を見上げれば青くて。

鷹耶は泣きそうな気持になる。

これから死ぬかもしれない自分にその爽やかな色はとても不釣り合いで。


「空は綺麗やのに…切ないな…」

「…!」

「初めて会った日お前が言うてたよな…あんときはその意味あんまり分からんかったけど今なら分かる気がする…」




そのまま空だけを見ていれば飛び立てる気がした。

自分はレイとは違う。

きっと此処から飛び下りれば地面に叩き付けられて消えるだけだ。

それは勿論分かっていたのだけれど。

でもそれ以外に和樹を見つけ出す方法を鷹耶は思い付かなかった。




「もし、俺が死んだら…和樹のこと助けてやってな。」

「鷹耶!!!」



弱気になりそうな自分を叱咤して。

鷹耶は窓枠を掴んでいた手を一気に離した。


ふわり、と体が浮く。

フリーフォールに乗った時のような、内臓がせり上がる感じ。

全身を襲うだろう強い衝撃に備え鷹耶は歯を食いしばった。










瞬間。背中に感じる強い衝撃。しかし、それは鷹耶が想像していたよりもずっと軽いものだった。

息が一瞬詰まったものの、意識もしっかりとしている。

まるで何かを下敷きにしたかのような…





「え…」

「お前に…死なれたら困る…」





レイとは正反対の純白の羽根が視界の端で舞う。

見上げてみれば、其処には切れ長の瞳が特徴的な黒髪の青年。

何処と無くその青年は和樹を思い出させるような雰囲気だった。








「…っ、カイリ!?」

「レイ…」





白い羽根が大きく羽ばたく。

ふわり、と地面に足が着くとカイリは鷹耶から離れた。




「あり…がと…」

「お前の為じゃないから、礼を言う必要ない…」




ぶっきらぼうに言い放つとカイリはレイを見上げた。




「絶望したか?己の無力さに…」

「!」




びくり、とレイの肩が震えた。

しかし、構わずカイリは言葉を紡いでいく。




「コイツを守護したい?もうお前にそんな力は無いんだぞ?」

「でも…俺は鷹耶を…」

「思い上がるな。お前はもう天使でも何でもない。ただのヒトだ」




言葉はキツいが、それは確かに的を射ている。

レイの瞳が揺れるのが遠目に見ても分かった。




「理解しろ…それが、堕ちると言うことだと。」

「カイリ…」

「ッ…そして…俺も…な…」




焦げ付くような匂いに鷹耶はカイリを振り返る。

蒼い炎がカイリの翼を焼いていた。

それでもその目はレイへと真っ直ぐ向かっている。




「カイリっ!」

「第0番の、御心に添わぬ事を俺はやった…当然だ…」




鷹耶は自らのシャツを脱ぐとそれでカイリの背中を叩いた。

しかし火の勢いは収まらない。




「何ぼーっとしとんねん!燃えてまうやろが!」

「燃えるんだ…それが決められた事だから」

「ふざけんな!」




決められた事なら構わない。

そう言ったカイリに何故か苛立つ。


何故、足掻こうとしないのか。

何故、貪欲になれないのか。

何故…なんで…





「なんで諦めたみたいな言い方すんねん…」

「…」

「ほんまにそれでええんか…?お前も俺と同じちゃうんか…?」




カイリの姿は和樹を連れ戻したいと願った自分と重なった。

死にたいわけでは無い。

一緒に生きたかっただけ。


カイリの言葉は冷たいものだが、その一つ一つの意味を解いていけば何処までもレイに優しかった。



まるで…




「レイを護ろうとしてるようにしか見えん…」

「!」

「カイリ…っ!」




その時、いつの間にか下へ降りてきていたレイがカイリの背中に抱き付いた。

蒼い炎がレイの胸を焼く。




「っ…レイ!?離れろ!」

「嫌だ…!堕ちたとしても…俺だって天使の端くれだ…このくらいの炎…っ!」




その瞬間、レイの身体が淡い光を帯びて輝き出す。

何もないはずの背中に大きな漆黒の羽根が見えた。

それがレイとカイリを柔らかく包む。




「…き…だよ、」

「え…?」




カイリが驚きに目を見開く。

垣間見たレイの表情はとても柔らかく、穏やかだった。

もう一度レイは言葉を繰り返した。




「俺は…誰よりカイリが好きだよ…」

「レ…イ…」

「約束守れなくてごめん…逃げて、ごめん…」




炎が急速に小さくなっていく。




「一緒に飛べなくてごめん…」



レイの頬を涙が一筋流れる。

それと同時にレイを覆っていた光と共に炎が掻き消えた。




「…消え…た…?」

「カイリ…良かった…」




そう言って、ふわりと笑うレイは。

カイリが見てきたどの天使よりも天使らしかった。


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