個性。
大学卒業の年になり、俺は違和感に苛まれた。
これまでの人生では、個性を殺すような形で教育を受けてきた。
やれ、制服の着こなしだとか
やれ、周りに合わせろだとか
様々な形で、一様性を強要されてきた。
そんな中で生まれ育てば、多くの者が個性を咲かせる機会がなくなる。
しかしながら、これからの人生を生きていくためには個性を持った才能ある人材を望まれる。
誰かと違い、〇〇ができますだとか個性を主張しなければいけない。
しかしながら、そんな個性を主張する場であったとしても皆の服装は個性を奪われたようなスーツを着ることになる。
そんな矛盾の詰まった世界で俺は、どうしようもない感情に打ちひしがれていた。
数えるのも難しくなった何度目かのお祈りメールを受け取って、俺は一人であてもなく海辺の灯台に辿り着いていた。
そこで、不思議な女の子に出会った。
そこにいた女の子は独りきりで泣いていた。
場所が場所なだけに少し不気味さも感じたが、その子の泣いている姿を見ているだけというのも耐えられなかった。
「よう、お嬢ちゃん。なんか嫌なことでもあったのかい」
なるべく気さくな感じで話しかけようとしたら、余計に胡散臭い感じになってしまった。
少女はこちらをちらりと一瞥すると、再度体育座りの体制に戻った。
「おいおい、無視とは悲しいねぇ。」
そう話しかけると、女の子は重たい口を開いた。
「...うっさい。話しかけんなロリコン。」
「......」、言葉が出てこなかった。
(とんでもねぇガキだな。)
「聞こえてるんですけど?これ以上話しかけるならロリコンふしんしゃとして、けいさつに電話するよ」
「おぉ、苛烈だなあ。難しい言葉知ってんだな。そんな天才な女の子は何でこんなとこで泣いてるんだ。」
「ロリコンは話が通じない生き物なんだね。...別に大したことじゃないよ、放っておいて。」
「ロリコンじゃないんだけどね。俺の名前は斉藤。難しかったらおにーさんでいいけどね。君の名前は?」
「織姫。...どうせロリコンおにーさんも笑うんでしょ」
女の子はどこか寂しそうに言い放った。
「別に名前で笑うところなんてないだろ。綺麗でいい名前じゃないか。」
女の子は少しうれしそうに笑いながら、変なロリコン。と呟いた。
「ロリコンさいとーおにーさんこそ、こんなところで何をしてるの」
痛いところを付いてくる嫌なガキだな、と思いながら自分が何をしているか考えた。
「...何してんだろうね。個性に悩んでるのは確かなんだけどね」
そう告げると、女の子は意外そうな表情でこちらを見上げた。
「ロリコンもそんなこと悩むんだね」
「だから、ロリコンじゃ...。まあいいか。そうだよ、こんなことで悩んでるんだよ。君は?」
そう聞くと、彼女は俯きながら、
「私も似たようなものだよ。私ってかわいいでしょ。だから周りの子と違うことで邪魔者扱いされるんだ。」
「そ、そうだね?」
「やっぱロリコンじゃん」
「くっ、罠だったか!」
そんな他愛もない会話をしながら二人で時間を過ごしていた。
気が付くと、海辺は世界中のすべてのオレンジ色を溶かし込んだような夕焼けが覆っていた。
「そろそろ帰らないと、親御さん心配するんじゃない?」
しかしその子は首を横に振った。何か続く言葉があるのかと、しばらく待ったがその子の口からは何も語られなかった。
「そうか。」
それだけ告げて、沈黙に参加した。
二人で、何も語らずにただ沈みゆく夕日に心洗われていた。
空には満天の星空が広がり、月が綺麗に輝いていた。
夜の星空を見ていると、ほとんどの星が見分けがつかないような明るさの中、一際輝いている青白い星があった。
あれは、確かベガだった気がする。
他の星々の事など詳しく覚えていないが、なぜだかあの星だけはよく覚えていた。
無数にきらめく星の中で、青白く、強く輝いている星になぜか目を奪われていた。
女の子が沈黙を破り口を開いた。
「あの、青白い綺麗な星って何て名前なの?」
どうやらこの子も同じものを見ていたようだ。
「あれはベガだったはずだよ、多分。」
「そう。他よりも輝いてて綺麗だね。」
気が付くと夜が明けていた。
どうやら、いつの間にか眠っていたようで、隣を見ても誰もいなかった。
瞼の裏に残るベガだけはいつまでも消えないでいた。