襲われる方は堪ったものじゃない……とは思うけどね。(Re)
ガタン、ゴトン、ガタン、ゴトン……。
道の悪い中、馬車が走っている。
「セレス様、ご気分は大丈夫ですか?」
少し青ざめた顔をしている少女に声をかける、護衛の女性。
女性という位はやや幼い顔立ちをしており、セレスと呼ばれた少女よりやや年上と言ったような印象を受ける。
「えぇ、先程より、スピードを緩めていただいたようで、少し揺れが少なくて助かっております。」
「そうですか。ちょうど難所に差し掛かっておりますので、ここを越えるまではしばらくはゆっくりと進みますね。」
護衛の少女は、セレスにそう答える。
「難所……ですか?」
「えぇ、山間のこの狭い場所を、皆そう呼んでおります。」
護衛の少女はそう言いながら窓の外を指し示す。
すぐ横が深い崖になっているのが、座席に座ったままでも見て取れる。
「御覧の通り、道が大変狭くなっておりますので、ゆっくりと慎重に進むしかないのですよ。」
「ねぇミア。なんで素直に街道に向かわないのよ?あっちの方がスピードだせるし、馬車もこんなに揺れないでしょ?」
セレスの膝枕で寝ていた少女が、ムクリと上体を起こして聞いてくる。
「あ、ランちゃん、もう大丈夫なの?」
「うん、セレス姉様のお陰でだいぶ楽になった。」
「それは良かったわ。ところで、ミアさん、さっきのランちゃんの疑問は私も感じてるのですが、何故なのかご存じですか?ここでは、馬車がすれ違うのも難儀するでしょうに。」
「そうですね。……っと、取り敢えず、馬車がすれ違う事についてはその眼でご確認できますよ。」
ミアと呼ばれた護衛の少女が、窓の外を指さす。
外を見ると、前方の馬車が、壁際のくぼんだ場所に馬車を寄せて止まる。
それに倣うように、この馬車を含めた後続の馬車が次々と壁際に寄せる。
「このように、この通路には途中途中くぼんだ場所があるのですよ。」
「成程。つまりこの場所で、すれ違う馬車をやり過ごすというわけですね。」
「そういう事です。」
そんな会話をしている間に、前方から馬車がやってきてすれ違っていく。
何の変哲もない、ごく普通の馬車ではあったが、すれ違った瞬間、セレスは、胸の奥底で何か得体のしれない感情が騒めくのを感じた。
「セレス様?」
セレスの表情がよくないと見て取ったミアが声をかける。
「何でもありません。少し酔ったようです。楽にしていればすぐ治りますよ。」
「そうですか、ご無理なさらないでくださいね。」
「大丈夫ですよ。それよりお話の続きをお聞かせくださいな。」
「あぁ、そうですね。こちらの道を通っているのは……。」
セレスもランも、楽しそうにミアの話に耳を傾ける。
変化に乏しい馬車の長旅で、一番の敵は退屈であることだ。特に旅慣れていない者にとって、持て余した時間をどう過ごしてよいかわからず、それがストレスとなっていくのだ。
だから、護衛にはミアのように、多少腕が劣っていても、話し相手が出来る同性の同年代の者が好まれる傾向にある。
ミアとしてもその辺りは重々承知の上であるため、護衛と同じだけの比重でお嬢様方の相手を務めている。
そして今回は特に、深い事情があるために、こうして素人のお嬢様でも不審に思うような道を選んで走っている。それは同時に、普段より危険もあるという事なので、ミアは話し相手を務めながらも油断せずにいるのだった。
「……という事で、問題になるのはこの場所だけであって、ここを過ぎれば、残り一日でカグヤにつきます。だからトータルで見たらこちらの方が断然早いのですよ。」
「そうなんだ。えっと、だったらなんでみんなコッチを使わないの?
ランが首を傾げる。
「それはですね、道の整備が成っていないので、ランさまが御経験されたように、負担が大きい事が一つ。それからこの場所のような難所がいくつかあるので、色々危険なんですよ。」
「危険……ですか?」
「えぇ、魔物が出る場所があったり、盗賊が襲いやすい場所があったりと言った具合で……。」
ぎぃぃっぃっ!!
いきなり馬車が急停車し、そのあおりを受けて、馬車の中が揺れる。
「セレス様、大丈夫ですか?」
「えぇ、私もランちゃんも大丈夫ですわ。でも何があったのでしょうか?」
「わかりません。少し様子を見てきますので、お嬢様方はここを動かないでくださいね。」
ミアはそういうと、馬車の中にセレスとランを残して外に出る。
「ミア、セレス様は無事かっ!」
外に出た途端、同じパーティのメルナに声をかけられる。
「メル姉、お嬢様たちは無事だよ。奥様とメイドたちは?」
「奥様は問題ない。メイドたちもキャシーの話によれば落ち着いたものらしい。」
「そのキャシー姉さんは?」
「今、ジョンの所に……って戻ってきた。」
「キャシー姉さん、何が……。」
「しっ、黙ってっ!盗賊が襲ってきた。今ジョンが時間を稼いでいるから、その間に予定通りに……。」
キャシーの言葉を聞いてミアは青ざめるがそれどころじゃないと行動を起こす。こういう場合どうするのか、それはあらかじめ、何度も言われてきたことだ。
キャシーとメルナもそれぞれの役割を果たすために、馬車へと向かう。
「ランお嬢様、早く奥様の元へ!セレス様はこちらへっ!」
「ミア、何があったのっ!」
「盗賊ですっ!急いでください。」
ミアはランを乱暴に引きずりおろし、外にいるメルナに預ける。
そしておもむろに馬車の座席を跳ねあげると、そこには人一人が隠れることのできそうなスペースが出来る。
「セレス様、早く入ってください。」
そのスペースに無理やりセレスを押し込め、上から魔法のシートをかけ、更に干し草をかけて姿を隠す。
そこまでしたうえで、座席を元に戻し、自分が隠れて座るスペース以外には干し草を置いて、誤魔化す。
これで、パッと見は、飼い葉を運ぶ荷馬車に見える事だろう。万が一の時にはメイド服に着替えたミアが出て行くことになる。
ここまでの準備をしながら、キャシー達から聞いた話をまとめると、襲ってきた敵の数は10人程度。
慣例に従い降伏勧告をしてきたので、条件等を出し、時間を稼いでいるらしい。
ただ10人程度の相手なので、最終的には降伏勧告を蹴って戦いになるだろうとの事。
メインの護衛を引き受けている『銀翼の疾風』は、リーダーの大楯使いに、二人の剣士、3つの属性魔法を操る魔法使いに、斥候を務めるアーチャーの5人パーティで、Cランクでありながら、戦闘力はBランクに匹敵すると言われている、将来有望なパーティだ。
そしてミアたちの属する『女神の聖杯』は、大剣使いのジョンと細剣使いのキャシー、そして魔法使いのメルナと双剣使いのミア。
パーティランクこそDランクと低いものの、それは新人のミアがいるからであり、ミアを抜けばBランク相当、ジョン個人に至ってはAランク相当の腕前であるため、10人程度の盗賊であれば蹴散らすことなど訳もないはずなのだ。
だけど、ミアはどうしても胸騒ぎが収まらない。
「メル姉……。」
「心配しなくても大丈夫……だけど、いざと言う時は覚悟を決めるのよ。」
優しくも厳しいメルナの声を聴いて、ミアは力強く頷く。
降伏したり、負けてしまった場合、女性が殺されるという事はまずないが、その代わり辱めを受けることを免れない。だから冒険者になるのはやめた方がいい、と何度も何度もメルナたちに言われてきたのを蹴って冒険者になったのだ。いざという時の覚悟はできている……はずだったが、身体が振るえるのはどうしようもなく、恐怖が心を締め付ける。
それを必死で押し殺し、馬車の中で息をひそめていると、離れた場所で、剣と剣がぶつかり合う音が響いてくる。
戦いが始まったのだ。
私の役目はセレス様の存在を隠しとおすこと。
戦いが始まってしまった以上、次にこの馬車に人が来るのは戦いが終わった時だ。
勝利していれば問題ない。迎えに来るのはメルナたちだからだ。
しかし負けてしまった場合……この馬車を覗くのは盗賊たちだ。
その場合、私は身体を張り、自らの命と引き換えにしても、セレス様の存在を気付かれないようにすること……それが与えられた唯一の役目。
私は馬車の中でじっと息を潜めながら、手にした小剣をぐっと握りしめ、来るべき時に備えるのだった。
◇ ◇ ◇
「慣例により、降伏を要求するが、どうする?」
俺の後ろには10人ほどの、厳つい姿の盗賊たち。
とげとげのショルダーを付けている者もいたりして、気分はまるで世紀末救世主。
そんな俺の前には商隊の代表っぽい男と、それを護る様に並び立つ、これまた厳つい護衛達の姿がある。
数だけ言えば、こちらの方が有利だが、相手は中々の手練れ。まともにやり合うなら、この倍の数は必要だろうな。
相手もそう考えたのか、瞳に余裕の色が現れる。
「降伏した場合の条件を確認したい。」
護衛のリーダーらしき男がそう言ってくる。
余裕の笑みを浮かべながらもそう言ってくるのは、明らかに時間稼ぎだろう。しかし、ここはあえて乗ってやることにする。
この場所で、こうしている時点で、もうお前らは詰んでいるんだよ、とこっそりとほくそ笑みながら。
「そうだな、まぁ、慣例に従って、荷物の2/3、それから現金と食料全部。最後に、女の子たちは2~3日ウチでで働いてもらうって言うのはどうだ?」
「そりゃぁ、何でもひどすぎるだろ?」
「じゃぁ、荷物は馬車一台分。女の子は全員1週間ほど働いてもらうって言うならどうだ?」
正直、この条件は破格だ。盗賊に襲われて、その程度の被害で済むなら、運がいい、と言わざるを得ない。
しかし、奴らにはそれを飲めない事情があるのはすでにわかっている。
この一見行商に見える一行が本当に運ばなければいけないのは、その「女の子」だからだ。
逆に言えば、「見逃してやるから積み荷と現金すべておいていけ!」と言えば、彼らは喜んで積み荷を差し出したかもしれない。
「いや、荷物は2台分持って行っていいから、その代わり、女の子はメイドが5人いるから、その子たちで我慢してくれないか?……奥様とその娘がいるんだ、わかってくれよ。」
護衛のリーダーは、さも申し訳なさそうに言ってくるが、後ろの奴らの演技下手過ぎて、すべてを台無しにしている。
「なぁ、時間稼ぎはそろそろいいだろ?」
だから俺は茶番は終わりだ、と言い募る。
「クッ……。」
「最後にもう一度聞くぞ?降伏しろ?ここで降伏するなら、女全員をもらっていくだけで済ませてやる。」
ハッキリ言って、破格の条件だ。
護衛の奴らにしてみても、メンバーの女の子には申し訳ないが、命を取られるわけではないし、そもそも冒険者となった時点でこういう事も覚悟しておくべきではある。
商人たちにしても、こういう場に妻子を連れてくるのが悪いのであって、それは自業自得だ。
そしてそれ以外の被害がないのであれば、むしろ感謝すべき条件である。
逆に言えば、盗賊側にしてみれば、何でそんな馬鹿な条件を出すのかが分からない。現に、手下どもは、少しだけ疑惑の視線を向けてくる。
「悪いがそれは聞けないな。お前らこそ降伏したらどうだ?今降伏するなら、強制労働送りで済ませてやるよ。」
護衛のリーダーが挑発するように言ってくる。
これ以上話し合う気はないと言っているようなものだ。
という事は時間稼ぎをしなきゃいけない件が片付いたという事なのだろうか?
「交渉決裂ってことでいいか?」
「あぁ。」
「じゃぁ、仕方がないな……てめえら、やれっ!」
俺の掛け声に、手下どもが切りかかる。
同時に商人たちは後ろに下がって武器を構え、護衛達が前に出て立ち向かってくる。
……さて、後は高みの見物だ。
俺は少し下がり、現場を俯瞰して見える位置から全体を眺める。難所の細道のあたりに、奥2台の馬車を配置し、その前に立ち塞がるかのように残り三台の馬車が立ち塞がることによって、背後に回り込めないようにしている。
その前に武器を持った商人たちが警戒し、護衛の隙を突いて抜けてきた者を全員で袋叩きにするという戦闘スタイル。
これで俺達は、この護衛6人を叩きのめして、正面突破するしか馬車の元に行く手段が失われる。
護衛達にしてみれば、自分たちが倒れない限り護衛対象は安全だと、そして、10人程度であれば、一人頭2人を倒せばおつりがくる。見た感じ二人程度であれば、同時に相手しても余裕で叩きのめせると、信じて疑わなかった。
それに半分も倒せば形勢不利とみて逃げだすだろう、そう言う計算が護衛達にはあったのだが……。
護衛達にとって計算外だったのは、盗賊たちが一向に引く気配を見せない事だった。
すでに3人ほど、足元で息絶えているが、それでも盗賊たちの勢いは止まらない。それどころか、後がない、逃げ出すぐらいなら死んだ方がマシだというように、必死の形相で向かってくる。
いや、護衛達は知らない事ではあるが、レオンの手下たちは本当に死に物狂いだった。
彼らは、レオンが自分たちの事を許していないことを知っている。
逃げ出したとしても生きていける保証はなく、生きていくためには、彼の為に必死で働くしかないという事を身に染みて思い知っている。
彼の機嫌ひとつで、自分たちは死んだ方がマシという目に遭わされる。
これは誇張ではなく、実際にあったことだ。
彼のやり方に不満を持ち、反抗しようとした一部の者達がいた。
しかし、なぜか事前に察知され、反抗しようとした男たちは全員成す術もなく捕まり、レオンによってどこかに連れていかれた。
数日後、帰ってきた者達は1割も満たず、また、それらは全身の毛という毛がごっそりと抜け落ち、まるで一気に老化が起きた様に消耗していた。
更には、レオンの姿を見ただけで悲鳴を上げ、その場にひれ伏すと言う、謎の行動をとるようになった。
それを見た時に彼らは、世の中には逆らってはいけない人がいる、という事を骨の髄まで理解したのだった。
護衛の一人、女神の聖杯のリーダーであるジョンが、その大剣で5人目の盗賊を切り伏せた時、彼はちょうど視線が合ったレオンに告げる。
「そろそろ降伏したらどうだ?それとも全滅するまでやる気か?」
「……そうだな、そろそろ頃合いかもな。
俺の言葉に、ジョンは怪訝そうな顔をする。
「お前ら、戦いをやめろ!そして後ろを見てみな。」
俺がそういうと、双方切り合っていた剣を止め、後方に視線を向ける。
そこには、斬られ、転がされている商人たちと、縛られ捕らえられた複数の女性がいる。
その中には、女神の聖杯のキャシーとメルナもいる。
捕らえられた中にミアと、そしてセレスの姿がない事に、ジョンはそっと安心のため息をつく。
「さて、心優しい俺は、今一度諸君らに選択肢を与えよう、大人しく降伏するか?」
「……条件次第だ。」
「そうだな。とりあえず命の保証はしよう。それ以外についてはこの後話し合おうか?だけど、最初に降伏を断ったのはお前たちだからな、それなりの被害は覚悟してもらうぞ。」
「何故………。」
銀翼の面々が、何故人質を取られたかわからず、呆然としている。
種を明かせば簡単なこと。
予め手下の半分を馬車に載せ、商隊の後方へと移動させておいただけだ。
商隊の馬車とすれ違った後、適当なところでUターン。荷物があるわけでもないので狭い隘路だとしても融通が効く。
後は、距離を保ちつつ、そっと後をつけさせ、戦闘に入った後、適当に参入させるだけ。
護衛は、女神の聖杯の二人だけなので制圧するのは容易い、商人たちも、所詮は素人。倍の数の盗賊相手ではまるで歯が立たない……とまぁ、こういう訳だ。
「……仕方がないな。」
ジョンはそういうと、大剣を放り出して、その場に座り込む。
好きにしろ、との証だ。
自分たちは負けたのだから、これ以上ジタバタしてもカッコ悪いだけだ。
銀翼の疾風の面々も、ジョンに倣う。
俺は手下に命じ、武装解除したうえで護衛の面々を縛り上げていく。
「さて、交渉に入ろうか?」
俺はニヤリと笑って、転がっている男達を見回すのだった。
◇
「まずはと……。」
俺は馬車の中にいた女性たちもまとめて外に出し一か所に集める。
「これで全員か?」
俺が訊ねるように周りを見回すと、皆が悲壮な表情を見せながらも、一様に頷く………のだが。
……うん、まだまだ甘いよな。あれじゃぁ、誰かが隠れていると言っているようなもんだ。
俺は視線をそらそうとしている少女を一瞥する。
少女は落ち着きがなく、ソワソワし、視線が馬車の方に行ったり、護衛の女性へ向けたりと、忙しない。
「ホントだな?」
俺は商人のリーダーに尋ねると、彼はコクコクと頷く。
俺は、目を背けている娘は見なかったことにして、ケガで呻いている商人たちにポーションを降り掛ける。
低級の品だが、死なない程度に回復させるには丁度いいだろう。
「命は保障すると約束したからな。」
俺はそういうと、商隊のリーダの商人と、女神の聖杯のリーダーのジョン、そして銀翼の疾風のリーダーのオスカーを前に引きずりだして交渉を始めることにする。
「とりあえず、お前らからだな。」
俺はオスカーに向かって、仲間にならないか?と持ち掛けると、かれは、「はぁ?」と驚いた顔で俺を見るのだった。
ご意見、ご感想等お待ちしております。
良ければブクマ、評価などしていただければ、モチベに繋がりますのでぜひお願いします。