新しい生活(Re)
「……はぁ。」
「どうなされたのです?ため息なんかついて。」
私のため息を見咎めたセレス様が、優しく訪ねてくる。
「うぅ、セレス様に敬語使われるのって変な感じ。」
「そこは慣れていただきませんと。それに、私は以前とあまり変わっていないと思いますが?」
首を傾げながら言うセレス様。
その所作の一つ一つが優雅で、まさしく理想のお姫様という感じ。この人じゃなく自分が公女だなんて絶対何かの間違いだ、といつも思う。
「それでどうなされたのです?」
「あ、うん、なんかなぁって。」
「???」
私の答えになっていない答えに首を傾げるセレス様。
「えっとね、私達って、盗賊に捕らわれているんだよね?」
「一応そうなりますわね。もっとも、現在はレオン様お一人だけですが。」
「つまり私達は虜囚の身、で間違いないよね?」
「その通りですわね。」
「なのに、こんな生活でいいのかなぁって。」
私は窓から外を見る。そこから見える裏庭では、ジョンとレオンが剣を打ち合っている。
戦っているわけではなく、レオンがジョンに剣術の教えを乞うているのだ。
ジョンとしても、たまりにたまった鬱憤をは晴らせるチャンスとばかりに、まったく手加減なしで叩きのめしている。
その様子はどう見ても、捕らえている者と捕らわれている者の関係には見えない。
私達だって、教会のエリアから外に出ない限りは行動の制限はされていない。エリアの外へ出るなと言うのも、周りが魔獣が住む森で危ないからなので、それこそ、ジョンさんやキャシー姉さんと一緒であれば出ても問題はない。
なので逃げ出そうと思えば逃げ出すことも可能なのだが……。
「おかしな話ではありますわね。それこそ、レオンさんは夜以外は優しいですし……、ミア様がおっしゃっていた「彼は悪い人じゃない」というのも頷けます。」
そう、セレス様の言うとおり、夜、無理やり女の子の奉仕を強要する以外は、彼はいたって善人なのだ。
しかも、私はあれ以来、手を出されていない。
いつも、いつも、セレスや別の女の子ばかりで私だけ放置なのだ。
「いえ、やっぱりレオンさんはイジワルな方です。酷い人です。ケダモノです。」
「ミア様はいつも虐められてますからね。」
クスクスと笑うセレス様の顔を、恥ずかしくて直視できない。
だから、私は慌てて話題を戻すことにする。
「えっと、だから、このままでいいのかなぁって。いつまでこうしていればいいのかなぁって、思うのよね。」
「そうですね。一度ジョン様を交えて話し合う必要があるかも知れませんね。」
トントントントン。
そんな事を話している時、ドアのノックの音が聞こえる。
「はい、どうぞ。」
「失礼します……。」
部屋に入ってきたのは、メル姉だった。
メル姉は、捕まってからずっと私達と隔離されていて、この教会に来て、やっと再会できた。
囚われている間に何があったのかはわからない。メル姉も話してくれないし。
ただ、再会したときは、メル姉はすでに、他のメイド達と同じ衣装を着て、メイドとしてレオンさんに仕えていた。
何故そんな事になっているか、については、メル姉は口を固く閉ざして、決して語ってはくれなかった。
「姫様方、アリス様からお茶のお誘いが来ておりますがいかが致しましょうか?」
メル姉の言葉を聞いて、私は一瞬身体が硬くなる。
シスターアリス。元々この教会に住んでいたと聞いている。
多分レオンさんの恋人かなにかなのだろう。
ここに来た当初に、少しだけ挨拶を交わした後、相手が色々忙しくて、まともな会話をしたことがなかった。
ようやく、時間が取れたという事なのだろう。しかし、アリスにとって自分たちはいわば、愛人が大挙して押しかけて来たようなものなので、内心穏やかでいられないだろうと思う。
ただ、このような状況にしたのもレオンさんなので、自分たちに文句をいわれても困る。
でも言わずには、いられないという気持ちもわかる気がするため、どうすればいいのだろうと悩みつつ、セレスと共にティーサロンへと赴くのだった。
◇
……ハァ、本当に恥ずかしいですぅ。
教会内を所狭しと走り回り、雑用をしてくれているメイドさん達を見ながらアリスはそっとため息を吐く。
彼女らはレオンさんが連れてきた女の子たちだ。
彼女たちは、売られていくところをレオンさんに助けて貰ったというのですよ。
レオンさんは、ただ犯したかっただけだと言っているけど、照れ隠しだということはよくわかっているです。
だから私は、最大級の賛辞を込めて「いいこいいこ」して頭を撫でてあげたのですよ。なのに……。
彼はあろうことか、私の足を持ち上げ、背後から抱き抱えあげたのですよ。そう、小さい子に小用をさせる様な、あの格好です。
しかも、私の下着を引きちぎるから……当然後で買ってもらったですけど……丸見えなのですよ。恥ずかしくて死にたいくらいですぅ。
レオンさんは散々私を辱めた後放置ですよ……酷いですぅ。あの子たちが慰めてくれましたけど、恥ずかしいのには変わりがないのですよ。クスン……。
でも、まぁ……、お陰で変なわだかまりを感じることもなく、普通に生活に馴染んでくれましたし、私も変な気を使う事も無くてよかったのですが……これもきっとレオンさんの計算だと思うのです。
ほんと不器用な人です、素直に言えばいいのに……まったく。
大体、彼は出会った時から不器用なのでした。
初めて彼を見た時、ふてぶてしい顔つきの癖に、その瞳は泣いている幼子の様に見えたのですよ。
だから自然と、泣き疲れて寝てしまった子供をあやすように、膝枕をしてナデナデしてたのです。
……まぁ、その結果、起きた彼に襲われたのは想定外でしたが。
その代わり、私を襲った後の瞳は、先程迄の悲しい色は消えていたので、よかったのですよ。
うん、私が彼の心を救ったと思えば、初めてを失った甲斐があったというものです……ってそんなわけないですよ。
無理やり奪うなんて鬼畜の所業ですよ。普通なら天罰モノですよ。
……でも、最終的には無事だったわけですし……レオンさんだから許しますよぉ。特別なんですからね。
我ながら不思議だと思うのです。でも、レオンさんのあの目を見た時から、私が救ってあげないと、って思っちゃったので仕方がないのですよ。
レオンさんから漏れ出るオーラの感じからすれば、レオンさんは女神様に嫌われているのです。
女の子を襲っても最後までできないのは、女神様の祝福のせいですぅ。
でも、レオンさんはいい人だから、きっと女神様との間に誤解があるですよ。
だから私が誤解を解いてあげるのです。
そして、同じ目に遭っているであろう、公女様とやらもきっと誤解していると思うので、よく話をしないといけないのですが……怖いですよぉ。
きっと怒ってますよね。レオンさんの事ですから、私にやったようなことを、きっとやってると思うのです。
ひょっとしたら公女様も同じことをやられたかもしれません。そうしたらお怒りはきっとすごい事に……。
……ハァ、何で私がこんなことで悩まなくてはならないのですかぁ?
今度レオンさんに責任取ってもらうですよ。
◇
「……。」
「……。」
「「あのっ!」」
「……。」
「……。」
沈黙に耐えきれず、何か声をかけようとしたが、タイミングがあってしまい、結局黙り込むアリスとミア。
この場には、セレスとキャシー、そしてメルナもいるのだが、そんな二人になんて声をかけていいかわからず、結果として部屋の中には何とも言えない空気と静寂が支配することになった。
「えっと、そのです………。そうだ、公女様はレオンさんの事をどう思ってるですか?」
「ケダモノ、鬼畜、意地悪ないじめっ子…………。」
アリスがなんとか絞り出した問いかけだったが、丁度レオンの仕打ちに不満を抱えていたため、ミアは思いつく限りの悪口雑言で不満を並び立て始める。
「大体、何なのよアイツはっ!いつもいつも焦らすだけ焦らしておいて………。」
そしてそれは次第に、レオンに対する愚痴へと変わっていく。
「わかりますぅ。レオンさんは女の子に対する扱いがなってないのです………。」
アリスにしても、普段の行為に対する文句はあるわけで、共通の話題で盛り上がる二人。そして、いつしか、他の3人を巻き込んで盛大な愚痴大会へ変わるのに、それ程時間を要しなかった。
・
・
・
「……………なのですよ。だから今は私のお尻が狙われてるです。………って、どうしたです?」
話題はいつしか、レオンにされた鬼畜な行いについて、へと変わって来たのだが、アリスの話を聞いたところで、ミアを始めとする、その場にいた4人は言葉を失い、ドン引きしていた。
「えっとね、アリスちゃん。そこまでされて、何で笑って居られるの?」
「へっ、私笑ってるですか?」
「うん、これ以上ないぐらいに。」
「おかしいです。プンスカしてるですが……。でも、……それでも尚笑っているのなら、相手がレオンさんだからなのです。」
「へっ、それって……。」
「レオンさんは確かにケダモノですが、その瞳の奥には深い絶望と悲しみが広がってるです。でも、私に酷いことした後、その瞳が和らぐのですよ。それを見ると、私がこの人の心の負担を軽くしてあげることが出来たって思うです。だから多分、私が笑っていられるのはそのせいですよ。」
アリスの言葉に、その場にいた全員が黙り込む。
その言葉を全面的に肯定することは出来ない。肯定してしまえば、今まで受けた酷い事を許してしまう事になるからだ。
だからと言って、否定できない部分もあり、それが彼女たちから言葉を奪う事になったのだ。
「駄目な女の見本よ……。」
ボソッとキャシーが呟くが、誰も気に留めることはなかった。
「……そか。アリスちゃんは聖女なんだね。」
ミアがそう言うと、アリスはブンブンと首を横に振る。
「そんな立派な者じゃないですよ。ただ目に見える範囲の人々を、手に届く範囲で癒してあげたい、そう思ってるですよ。」
そう言ってにっこりと笑うアリスは、紛れもなく慈愛の聖女を体現していた。
「……そんな聖女様に、こんなことをお願いするのは何だけど、私達はここから逃げたい。その協力をしてもらえますか?」
ミアはアリスにそう問いかける。
今までの会話から、一方的なレオンよりではないことがわかったので、誠意を尽くして話せば協力してもらえると思ったからだ。
しかしアリスから帰ってきたのは意外な一言だった。
「逃げ出して……どうするです?」
「えっ?」
「公女様の事情は聞いたです。アリスもバカじゃないですから、色々と確認したです。レオンさんからも事情を伺っているですよ。それらを踏まえて、公女様はしばらくここにいる方がいいと思うですが……、出て行ってどうするです?」
ミアはアリスにそう問われても答えられないことに驚愕する。
確かに、この場から逃げ出したい、レオンの焦らしに近いうちに耐えきれなくなる自分を自覚している。そうなる前にここから抜け出したい。また、これ以上自分のせいで酷い事をされる仲間を見ていたくない、その想いで一杯だったが、じゃぁ、逃げ出した後は?改めて問われると何も考えていなかったことに気づかされる。
当初の予定通り、カグヤの街へ行って、セレスをマシーラ公国に売り渡す?
そんなことが出来るわけがない。
かと言って、マシーラ公国の件が解決しない限り、家に戻ることも難しい。
では、仲間と一緒に別の国へ行って、冒険者として暮らす?
それはいいかもしれない。ただそんなアテもなく、先の保証も出来ない暮らしに、思い付きだけでみんなを巻き込んでいいのか?という疑問も残る。
それに、単に冒険者として暮らすというだけなら、ここにいても問題はないように思える。
近くにあるという、アマクサの街で依頼を受けて生活基盤を作る……。アリスの話ぶりからすれば、レオンさんも反対はしないように思える。
ってアレ?
そこまで考えてミアは気づく。
夜の事を考えなければ、現状は自分たちにとって、凄く都合のいい状況なのではないか?と。
あまりにも都合がよすぎるので、普通であれば罠か何かかと疑う所だが、夜の一件があるため、その懸念も相殺される。
もし、レオンが、彼女らに一切手を出していなければ、何を企んでいるか?とずっと疑念が付き纏っていたことは間違いない。
「えっと、ミア様、如何なされました?」
黙り込んでしまったミアを心配してセレスが訊ねてくる。
「あ、うん、ひょっとしてレオンさんってとてつもなくいい人なんじゃないかって……。」
「「「ないない!」」」
ミアの言葉に、キャシーとメルナ、そしてセレスまでもが、一斉に首を横に振るのだった。
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