バーチャンファイト!
拓けた場所の中央では、新聞紙を構えたばぁちゃんが黒い兵士たちに囲まれていた。
いくらチートパワーがあるとはいえ、多勢に無勢だろう。
冷汗が背中を伝うのを感じる。
「ばぁちゃん!!」
ばぁちゃんの元へ駆けだそうとした瞬間。
“パッァアーンッッ!!”
凄まじい風切り音と共に、何かが一瞬でこちらに飛んできた。
咄嗟のことで身体が動かない。
飛来物は凄まじい衝撃音と共に俺のすぐ横に着弾し、モウモウと土埃を上げる。
油の切れたブリキ人形のようにギギギと首を回せば、さっきまではいなかった黒い兵士が仰向けで倒れていた。
おそらく、先ほどまでばぁちゃんを囲んでいた兵士なのだろう。
ピクリとも動かないので、死んでいると思われる。
遅れて頬に鋭い痛みを感じる。
惚けながら頬に手をやればネチャリとした嫌な感触と共に、鼻をつく錆びた鉄の臭い。
手のひらを見れば血が付いていた。
おそらく、はじけ飛んだ石の破片か何かが頬を掠ったのだろう。
そして、再びの衝撃音。
少し離れた場所を見れば、黒い兵士が樹の幹にめり込んでいた。
『キェェェェェエエエエエエエエエエーーーーーーーーーーーー!!!』
嫌な予感がして前を見れば、出鱈目に新聞紙を振り回すばぁちゃん。
新聞紙が黒い兵士に当たると、まるでポップコーンが弾けるように、四方八方にとんでもない勢いで吹き飛んでいる。
あっ……これ助けに入るとかそういう次元の話じゃないな。
やもすれば、巻き込まれるわ。
あぁなってるばぁちゃんには近づかない。御手洗家や保健所職員の間じゃ常識だ。
ここは伐採場なのか、所々に丸太が積まれている。
いそいそと丸太の裏に身を潜め、そっと中央の様子を窺う。
中央では相変わらず、ばぁちゃんが新聞紙を振り回して大立ち回りをしている。
変わらず囲まれているが、兵士たちはばぁちゃんから距離をとったようだ。
うーん、こういう時、魔法が使えれば援護できるのだが。早く魔法を覚えたいものだ。
ぶっ飛ばされた仲間の悲惨さを見てか、兵士たちは尻ごみしているように見える。
すると、見かねてか、一際身体の大きな黒い兵士が一歩前に出た。
他の兵士と違い、樹の幹を削り出したかのような巨大な棍棒を携えたその兵士は、大きく息を吸ったかと思えば、叫びながら棍棒を振りかぶる。
「ウォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!」
『キェェェェェエエエエエエエエエエーーーーーーーーーーーー!!!』
次の瞬間、森が割れたかのような大音量が響き渡る。
そして、次に見たものは、棍棒を地面に叩き付けている兵士と……
いつのまにか兵士の背後に移動しているばぁちゃん。
お互いにその状態で固まっている。
一瞬の静寂。
“ピシリ……”
小さな音がしたかと思えば、音は連鎖していき、兵士の棍棒が粉々に砕け散った。
「ば……けものめ……」
吐き捨てるようなセリフと共に、黒い兵士が膝から崩れ落ちる。
ばぁちゃんは手に持っていた新聞紙を一振りし、こびりついた血を振るい落とすのだった。
その光景を見て、固まる残りの兵士たち。
戦意を失ったのか誰も近づいてこない。
先ほどの大きな兵士が隊長格かエースだったのかもしれない。
やがて一人が声にならぬような声をあげ、背中を向けて走り出すと、それに続くように次々と慌てふためきながら散り散りに逃げ始めた。
当然逃亡を許すはずもなく、一瞬で距離を詰めて背後から襲い掛かるばぁちゃん。
そこからは一方的な蹂躙だった。
ある者は、背中の羽で飛んで逃げるも、突如空中に出現したばぁちゃんに叩き落とされ。
ある者は、風を纏い急加速するも、それ以上の速度で追いつかれ。
ある者は、躓き転んだところを飛びかかられ。
ある者は、命乞いらしき台詞を叫んでいたが、容赦なく。
中には手足が吹き飛ばされたものの生きており、這うように逃げる者もいたが、残らず狩られていた。
何というか惨劇としか言いようのない状況なのだが、不思議と気分は悪くない。
しばらく後。
掃討戦も終わり、中央ではばぁちゃんが立ち尽くしていた。
急ぎばぁちゃんに駆け寄る。
『ばぁちゃん、無事か!?』
『ばっちゃは大丈夫だよぉ』
見た感じ、ケガとかはなさそうなので一安心だ。
というか、息ひとつ乱れていない……勇者特典恐るべし。
『あら、大変!もっちゃん、ほっぺから血が出てる』
そう言うなり、腰巾着からいそいそと絆創膏を取り出すばぁちゃん。
ばぁちゃんの横で屈むと、丁寧な手つきで絆創膏を貼ってくれた。
なお、絆創膏は国民的人気を誇る、黄色いキャラクターが描かれた子供用のやつだ。
さて、治療も済んだところで、周りに倒れている黒い兵士を改めて見やる。
十中八九黒い兵士はこの世界のゴキブリ……魔族なのだろう。
割と状態がよさそうな兵士を選んで、よく観察してみる。
身長170cmくらいで、体色は黒。
見た目は思ったよりもゴキブリっぽくない。
髪も生えているし、顔の造形がほとんど人と同じだからだろうか。
では、これが人かと言われれば、違うと答えるだろう。
まず目につくのは、異様にデカくて長い腕。逆に脚はがっしりしているものの短い。
バランスが悪くて歩きにくそうだ。
もしかしたら、ゴリラみたいに手を地面について移動するのかもしれない。
というか、ゴキブリなのに、6本脚じゃないのか……いや、割れた胸当ての隙間から小さな脚が見えていた。真ん中の脚は退化したのだろうか。
また、背中にはお馴染みの羽根がついている。
がっしりしていて体重もありそうだが、果たして飛べるのだろうか?
いや、さっき一部の兵士が飛んで逃げてたな……魔法で補助していたのか?
さらに、通常の眼に加えて大きな複眼がおでこについている。
そして、なぜか尻から2本の長い触覚が生えている。
うん、やはりこれはゴキブリだ。
ゴキブリっぽい特徴を備えているという理由もあるが……
何せ死体を見た感想が、流石にこのサイズだと死んでいても気持ち悪いな程度なのだ。
辺り一面に転がる死体を目にしても、まるでショックや動揺がない。
人生において人型の死体を見るのは、じぃちゃんに続き2回目であるというのにだ。
むしろ先程までの不快感は霧散し、喜びの感情こそないものの、安堵を覚える。
そう、逃げて隠れたゴキブリを探し当て、叩き潰せた時のような感情が近いだろうか。
いまだ見ていて気持ち悪いという感情は浮かぶものの、この大量殺害現場のような惨状の中、場違いなほど心穏やかなのはそのせいだろう。
魔族が人サイズで言葉を操ると女神から聞いた時は、人に似た容姿である可能性を危惧した。
地球での倫理観が邪魔して魔族を殺せない可能性があったからだ。
しかし、これなら大丈夫そうだ。
ただの魔族でも、倒せば多少は点数になるだろうし、早く日本に帰るためにもジャンジャン魔族を退治しよう。
そのためには、一刻も早い魔法の習得が望まれる。
「おぉ~い、あんたたちケガはないか!?」
決意を新たにしていると、大きな声が聞こえた。
そちらに顔を向けると、男が3人こちらへ歩いてくるのが見えた。
黒い兵士と切り結んでいた人たちだろう。
黒い兵士が魔族なら、それと戦っていたわけだから、おそらく敵ではないだろう。
だが、万が一ということもあるので、ばぁちゃんを背に隠し、一歩前に出る。
「いやぁ、助かった!魔族の数が多くてな。あのままだったら危なかったぜ」
いかにも西洋人といった風貌のガタイがいい、がさつそうな男がそう話しかけてきた。
やはり、あの黒い兵士たちは魔族だったらしい。
話から察するに、彼らと魔族の戦闘にばぁちゃんが乱入した形なのだろうか。
「女、いい腕をしている。だが、あの出鱈目な構え……我流か?」
続いて、スラッとした細身で、切れ長の目をしたイケメンがそう答える。
女って、まさかばぁちゃんのことか?
というか、イケメンの頭の上に犬みたいなケモ耳が生えている!
獣人とかいる世界なのか!夢が広がるな!
「まずはトリデモドル。マゾクまだいるカモ」
最後に、頭にバンダナを巻いた大男がそう答える。
前の二人と雰囲気が違い、魔族に近い印象を受ける。
肌の色が黒く、魔族ほどではないが腕がデカく長いためか。
しかし、不思議と魔族を目にした時のような不快感はない。
「そうだな。あんたたちも一緒にどうだ?助けてもらったお礼もしたいしな」
最初のがさつそうな男がそう答える。
おぉ、これは渡りに船!これで森を抜けられる。
「それは助かります!実は森で迷子になってまして。俺は御手洗餅太朗、それでこっちにいるのがばぁちゃん。よろしくお願いします!」
「ブフォッ!くっくっく……がっはっはっは!!」
がさつそうな男はこちらの言葉を聞くなり、盛大に吹き出し、ついには腹を抱えて、大声で笑い始めた。
……あれ?何か変なこと言ったか?
「えぇっと、どうかしました?」
そう聞くと、何がおかしいのか、さらに笑いの勢いを増す、がさつそうな男。
挙句の果てにはうずくまり、ヒィヒィと息も絶え絶えな様子。
……一体何なんだ?
異世界人との初邂逅。
挨拶もままならぬまま一言目で大笑いされるという、まさかの展開からスタート。
何だか先が思いやられるな……。