表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/42

異世界魔法無双

 見上げれば、高さ30mはありそうな樹々。

 その天辺よりも高い位置から勢いよく落ちてくるナニか。


 そう、ばぁちゃんだ。


 ばぁちゃんは着地するや否や、バネのように勢いよく跳ね、一瞬で視界から消える。

 釣られて上を見上げれば、樹の天辺まで到達したばぁちゃんらしき人影は、そのまま重力に従って落ち、刹那の着地の後、再び視界から消え去った。

 巻き起こる砂煙に思わず目を細める。



 キマイラを一撃で葬り去ったばぁちゃん。

 その後、身体の調子を確かめるかのように、ピョンピョンと跳び始めたのだが、ご覧の有様なのである。

 どうやら、身体能力がバグってしまったらしい。

 腰を曲げて後ろで手を組んだ状態で、垂直に上下運動しているのは……正直不気味だ。


 『身体が軽いねぇ。若いころに戻ったみたいだよ』

 ばぁちゃんは朗らかにそう告げるが、昔もそうだったのなら化け物だよ?


 いや、もしかして、ばぁちゃんがすごいのではなくてこの世界の物質が(もろ)かったり、重力が小さいのでは……?

 そう思い至り、近くの樹を全力で殴ってみたのだが、ばぁちゃんに心配されるだけで終わった。


 ばぁちゃんの要領を得ない話を根気強く聞いてみたところ、どうやら女神から勇者特典として何やらすごい力をもらったらしい。

 

 いいなぁ、俺もそっちがよかったよ。

なんだよ、タンスを漁っても怒られない能力って。

 ハズレにも程があるだろ。



 ……いや、待てよ。

 悲観するにはまだ早い。


 転移早々の襲撃で忘れていたが、俺には女神からもらった魔法があるではないか!

 

 興奮気味に魔法の名を叫ぶ。

 

 「ステータス!!」


 すると、目の前に光が集まったかと思うと、一枚のプレートが出現し……。


 そのまま落下する。


 『ぐぉ……』

 不運にも右足の甲に当たり、痛みのあまりくぐもった悲鳴をあげる。


 涙目になりながら、落ちてきたものに目をやれば、ポストカードサイズの一枚の石板。

 

 石板には次のような内容が書かれていた。


御手洗餅太朗 18歳

万人族    男

HP:20

MP:999031

勇者特典:暴君の蒐集 


 おっ、おお!思っていたのとはなんか違ったが、そこは目を瞑ろう。

 注目すべきはMP(マジックポイント)。なんと100万近くある。

 なんと、HP(ヒットポイント)の約5万倍だ!


 ……これ俺のHPが低すぎるパターンじゃないよな?


 いやいや、この世界の標準はわからないが、どこぞのインフレゲームじゃあるいし、まさか6桁7桁が普通ってこともないだろうし、これはあれだ。

 きっと女神がサービスしてくれたのだろう。

 無尽の魔力は無理だけどこれくらいならって感じでさ。

 ふふ……必死に褒めちぎったかいがあったというものだ。


 しかし、これは……異世界魔法無双が始まってしまうのではないだろうか。

 思わず頬がゆるみ、くぐもった笑い声が自然と漏れ出てしまう。


 そう考えると、前衛のばぁちゃん、後衛の俺とバランスがいいな。

 まぁ……ばぁちゃんを敵の前に立たせて、その後ろに隠れるというのは、絵面的にも精神的にもあまりよろしくないが……適材適所で考えるのならこれがベストだろう。


 俺が夢を膨らませていると、ばぁちゃんがやってきた。

 きっと跳び飽きたのだろう。


 『そろそろ、暗くなってきたし、お夕飯の準備をしようかねぇ』

 そう告げるばぁちゃんに釣られて空を見上げれば、たしかに夕焼け色に染まっていた。


 ふっ、ここは早速俺の魔法の出番だな。

 

 こほんと咳ばらいを一つした後、両手を胸の前で突き出し、徐に口を開く。

 『偉大なる魔導士、御手洗餅太朗が命ずる。火の精霊よ、その身に宿りし炎を灯せ!ポルカ・カオス・フレイム!!』



 暗くなった森の中。

 不自然に拓けた空間で、ばぁちゃんと焚き火を囲う。

 

 薪がパチパチと燃える音を聞きながらため息を吐く。


 『はぁ……おかしいなぁ。なんで発動しないかなぁ』

 あの後、詠唱を変えてみたり、動作をつけたりと色々と試してみたものの、ついぞ火は出なかった。

 ばぁちゃんの微笑ましいものを見るような優しい目が忘れられない。


 結局、石を叩き付けて火花を出すという、ばぁちゃんのパワープレイで火をつけた。

 もしかしたら、言葉だけでは魔法は発動しないのかもしれない。

 魔力を練るコツがあるとか。

 または、魔術書とかを使って魔法を覚えるとかさ。

 そういえば、女神から魔法をもらうときも、光の玉が身体に入ってきた。

 

 ……そうか、きっとそうだよな。

 となれば、この膨大なMPを無駄にしないためにも早く街へ行くべきだ。

 


 決意を新たに顔をあげれば、対面のばぁちゃんがほほ笑む。


 『もっちゃん、焼けたよぉ』

 

 ばぁちゃんが木の枝製の串に刺した肉を差し出してくる。

 それを受け取るのだが、どうにも食欲が湧かない。

 なぜなら、串の先にはライオンの頭が刺さっているからだ。


 そう、ばぁちゃんによって仕留められたキマイラは今日の晩ご飯になった。

 ちなみに、解体にあたっては、ばぁちゃんが力任せに引き裂いた……わけではなく、キマイラの爪をへし折り、それを包丁代わりに解体していた。

 

 いや、それはいいのだが……なぜ頭を串に刺したのか。

 ……なんというか蛮族っぽい。

 野営料理といえど、もう少しなんとかならなかったものか。

 というか、そもそもキマイラって食べて大丈夫なものなのか?

 

 意外につぶらなライオンの瞳を眺めていると、ばぁちゃんから声がかかる。

 

 『好き嫌いは駄目だよぉ。ばっちゃが若いころは皆貧しくてねぇ、食べられるものは何でも食べたもんだよぉ』

 でも、キマイラは食べたことないでしょ、ばぁちゃん。

 なんなら、毒もちかもしれないよ、こいつ。

食べられるものに含まれないやつかもよ。

 せめて、ばぁちゃんが持ってるヤギの頭の方がよかったよ。


 俺が食べるのを渋っていると、更にばぁちゃんから声がかかる。

 『ごめんねぇ、ばっちゃがもう少し上手く料理できたらよかったんだけど』

 その言葉を聞くや否や、意を決して思い切りかぶりつく。


 『ばぁちゃん、これ見た目はちょっとアレだけど、すごく美味しいよ!火加減とか最高』

 口の中でゴリゴリと異音を立てながらそう答えるのだった。

 

 ……味の感想?畜産の歴史の偉大さを思い知ったよ。



 「市販されている合挽肉は牛と豚の割合が7:3なんだ。この割合だと固すぎず、旨味の乗った美味しいハンバーグになる。でも今日はサルマーレだから割合を……」

 

 ガクンと落ちるような感覚で、夢から醒める。

 どうやら少し眠っていたようだ……。

 樹々の隙間から差しこむ朝陽の眩しさに目を細める。


 

 そう、あれから一夜が明けた。

 何が起こるかわからない異世界の森の中。

 俺は不寝番をしたのだが、遠くから獣の遠吠えやら破裂音が聞こえ、気が気ではなかった。

 辺りがぼんやり明るくなり始めたころに、ばぁちゃんが起きたところまでは覚えている。

 どうやらその後、少し寝てしまっていたようだ。


 あくびを噛み殺しながら前を見やれば、ばぁちゃんがキマイラのヘビの部分を素手で引きちぎっていた。

 そして、キマイラの胴体の様々な部位からも同様に肉をえぐり、手の中で混ぜ合わせて握りつぶしている。

 ……中々に猟奇的な光景だ。


 『ばぁちゃん、何やってるの?』

 『合挽肉のハンバーグを作ってるの。ちょっと待っててねぇ』

 

 どうやら、朝ご飯を作ってくれているらしい。

 またあの臭い肉かとげんなりする。

 あと、合挽肉と言うがキマイラ肉100%なんだが。


 『昨日の串焼きも美味しかったけど、ばっちゃには少し固かったからねぇ』

 いや、それはばぁちゃんが骨ごと噛み砕いていたからだと思うよ。

 

 昨夜、ばぁちゃんがヤギの頭を、頭蓋骨ごとバリバリと食べていたのを思い出す。

 現に今も骨ごと握りつぶしてるし。

 ポキポキと小気味よい音が鳴り響いてるし。


 なんというか……ボケ老人にチートパワーが合わさると無敵だな。



 ばぁちゃんが朝食の準備をしている間、手持無沙汰になった。

 なので、焚き火の前に座り、これからのことを考える。


 何にせよ、早いところ森を抜ける必要がある。

 魔法云々はともかく、食べ物や飲み水に困るからだ。

 また食べたいかと聞かれればNOと答えるが、今回のキマイラは運よく無毒だった。

 だが、中には毒もちの生物だっているだろうし、異世界の植物やキノコの識別なんてできやしない。

 つまり、森にいる限り、毎回博打を繰り返すことになるのだ。

 何なら、衛生管理の行き届いた現代日本育ちの俺では、川の水をそのまま飲んだだけでお腹を壊してしまうだろう。

 転移早々に食あたりで倒れたりなんかしたら目も当てられない。

 せめて毒があるかどうかだけでもわかればいいのだが。


 ……待てよ?こういう時こそ俺の魔法の出番じゃないか!


 そう、鑑定魔法だ。


 「鑑定!」


 ……何も起きない。


 「鑑定!」

 「鑑定魔法!」

 「この世の理を示せ、鑑定!」


 おかしいな。

 「ステータス」

 目の前に光が集まり、落下してきた石板をキャッチする。


御手洗餅太朗 18歳

万人族    男

HP:20

MP:999027

勇者特典:暴君の蒐集


 うん、ステータス魔法はちゃんと発動する。

 MPがちょっぴり減っているが、まだまだたくさんある。

 MP不足で発動しないわけではなさそうだ。


 何か他に条件があるのか?


 キマイラの死骸に意識を向けながら、もう一度試す。

 

 「鑑定!」

 その瞬間、頭の中で文字が浮かび上がる。


 《アルティメットキマイラ》

 

 ……おぉ、できた!

 なるほど、対象を指定して発動する必要があるのか。


 おいおい、ただのキマイラじゃなかったよ。

 アルティメットだってさ、アルティメット。

 確かに牙や爪が虹色に光ってたし、変な湯気も出てたもんな。

 よく勝てたよ、本当に。

 頭の中の文字が続く。


 《陸空海の王者が合わさり誕生した、唯一無二の究極的存在。その牙は万物を砕き、その爪は時空をも切り裂く》

 大層なものをお持ちで。ばぁちゃんが爪を包丁代わりに使ってるけど、いいのだろうか?

 貴重なキマイラっぽいし、街で素材を売れば当面の活動資金になりそうだ。


 《風の精霊神の眷属。風の信徒の信仰対象であり、風の神殿のシンボルにもなっている。聖獣に指定されており、世界を駆け巡って行く先々で災厄を祓い、見たものに幸運をもたらす存在だと信じられている》


 ……あれ?


 これ狩ったらダメな奴だったのでは?

バレたらお縄にかかる系のやつでは?

 いやいや、あのままではこちらが殺されていた。

正当防衛というやつだ、うん。

 しかし、これはあれだな。

売るのはあきらめた方が無難だろう。

 森へ放置していけば他の動物に食われて、証拠隠滅されるはず。

うん、それがいいな。


 《黒雷(ブラックサンダー)(ロア)電転虫(スネイル)と共に魔神封印の栓の役割を担っており、両者が死した時、魔神が長き眠りから目を覚ます》


 ……おいおい、それどころじゃなかったよ!

 魔神の封印を半分解いちゃったよ!

 魔神ってどう考えても魔王の上位互換じゃん。クリア後の裏ボスじゃん。

 やばいんじゃないか、これ?

早くも詰みかけてないか?


 《……あっ。これは別の世界の設定ですね》


 ……ん?


 《この世界では封印の栓ではない》


 ……。

 

 《こほん……いくら優秀な私でも時には間違えることもあります》


 ……女神さま?


 《勇者餅太朗よ、どうしましたか?》


 えっ?あれ?これ繋がってんの?


 鑑定魔法かと思ったら、女神さまとお話しする魔法でした。

 

 ……何か、思ってたのと違う。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ