勇者とお荷物の旅の始まり
樹々のにおいと土のにおい。
そして、すぐ近くからは、嗅ぎ慣れた安心感のあるにおい。
耳を澄ませば、小鳥のさえずりや草木のざわめく音が聞こえてくる。
どうやら森にいるらしいと、ぼんやりとする頭で考える。
柔らかな感触を頭に感じながら、軽く身じろぎする。
『もっちゃん、気がついたかい?どこか痛むところはない?』
聞きなれた声に重い瞼を開ける。
しわくちゃの丸っこい顔に、やさしそうな印象を受ける垂れ気味の糸目。
すっかり白くなった髪は、後ろで一つのお団子に纏められている。
そして、年季のはいった愛用の割烹着。
俺のばぁちゃん、御手洗千代子がそこにいた。
そっか、ばぁちゃんも異世界に来たのか。
……なんで!?
ガバリと顔をあげる。
どうやら俺は仰向けで膝枕されていたらしい。
どうりで頭が柔らかい感触と嗅ぎなれたにおいに包まれていたわけだ。
いや、それはいいとして、俺は異世界に転移したんだよな?
……なんで、ばぁちゃんがいるんだ?
まさか、あのポンコツ女神の手違いで元の世界に戻ってきたのか?
そんな淡い期待を抱き、周りを見渡す。
しかし、その期待は徐々に薄れていく。
植物の種類に詳しいわけではないが、植生がどうも日本っぽくないのだ。
そして、何気なく上を見上げれば、白い羽の生えた魚が空を飛んでいるのが樹冠の隙間から見えた。
あー、これはばぁちゃんも一緒に異世界に転移したパターンだな。
あの時一緒にいたもんね……。
いやいや、どうすんの、これ!?
ばぁちゃん、だいぶボケが進行してるし、歩くのもヨタヨタよ。
魔王討伐の過酷な旅に連れていくわけにもいかないし、かといって、知らない街に置いていくわけにもいかない。
人々とゴキブリが争ってる世界だから、街も安全とはいえないだろうからな……。
背負って一緒に旅する……しかないか。
まさにお荷物だな。
でも仕方ない。どこかの街に置いていって、いざ魔王を倒した時、俺だけ元の世界に帰されたら目も当てられないからな。
そんなことを悶々と考えていると、ばぁちゃんから声がかかる。
『でも、もっちゃんが目が覚めてよかったよぉ。ばっちゃ、心配したんだよぉ』
『心配かけてごめんね。ばぁちゃんはどこか痛いとことかない?』
『ばっちゃは大丈夫だよぉ。ごめんねぇ、ばっちゃを受け止めたせいで……』
『あれくらい平気だよ。ほら、ピンピンしてる』
そう言って、その場でピョンピョンと跳ぶ。
ばぁちゃんにケガがなくて本当によかった。
『ところでばぁちゃん、ここに来るまでのこと覚えてる?』
『ばっちゃ、びっくりしたよぉ。初めは白い人影が来て、ついにお迎えが来たのかと思ったけど、ばっちゃに触れたらね、じっちゃになったの!じっちゃ、あの世で無事に仏様になったんだねぇ。もっちゃんも、じっちゃに会ったかい?』
あー、やっぱそういうことか。
どうして女神が最初じぃちゃんの恰好をしていたのか疑問だったのだが、先にばぁちゃんと接触していたらしい。ばぁちゃんとじぃちゃん仲良かったからなぁ。
『うん、俺もじぃちゃんに会ったよ』
『ばっちゃ、年甲斐もなく泣いちゃったよぉ。それに、可愛らしい衣装を着てて、びっくりしちゃった。でも、似合っていたねぇ』
そう言って、懐かしむように優しくほほ笑む。
ばぁちゃん的には十二単のじぃちゃんはアリらしい。
『ほかに何かあったかな?じぃちゃんが何か言ってたとか』
『そうそう!あったといえば、ばっちゃビックリしちゃった!もっちゃんのね……』
『俺?』
『……』
……?
『あらあら、何だったかしら。ばっちゃわすれちゃったよぉ』
何だったんだろ?まぁ、最近物忘れが本当に激しくなったからな。
『あー、そういえばね、じっちゃがね、もっちゃんを穴に落とそうとしてたの。もう死んでしまったからって。だから、ばっちゃ、お願いしたの。そんなことしちゃダメだって。それに、もっちゃんはここに来るのはまだ早いから、戻してあげてって』
『……そっか。ありがとうね、ばぁちゃん』
どうやら女神は、ばぁちゃんに頼まれて俺を復活させたらしい。
そして、女神は俺を穴に落とそうとしていたらしい。
これ、ばぁちゃんが頼んでいなければ、俺は死んだままだったくさいな。
ばぁちゃんは命の恩人だな。
『それで、じっちゃにおっきなゴキブリを倒すように頼まれちゃった。もっちゃん、一緒にがんばろうねぇ』
そう言って、棒状に丸めた新聞紙をブンブンと振る。
『がんばろうね、ばぁちゃん』
あー、これはこの世界のゴキブリが人サイズとか理解してないっぽいな。
普通よりちょっと大きなゴキブリくらいに思ってそうだ。
きっと女神とあまり詳しく話をしなかったのだろう。
ばぁちゃん、人の話あんまり聞いたりしないからなぁ。
……お前が言うなと天から声が聞こえた気がするが気のせいだろう。
さて、話も聞いたところで、動き出すとしよう。
まずは、この森を抜けて、街を目指すのがいいだろう。
すぐに抜けられるような浅い森だとよいのだが……。
『ばぁちゃん、ここにいてもしょうがないから行こうか。背負っていくから乗って』
かがもうかとした時、ふいに、動物園のようなにおいがした。
不思議に思い、そちらを振り返った。
“ズズズズ……”
何もない空間に切れ目が入り、その向こうからいくつもの瞳が覗いている。
そして、切れ目の向こう側から湯気が吹き出たかと思えば、切れ目が一気に広がり、そこから這い出てきたのは……。
ライオンとヤギの双頭にヘビの尻尾。
背中には巨躯に相応しい大きな翼。
そして、虹色に輝き、奇妙な色合いの湯気を立ち上らせる禍々しき爪と牙。
おいおい、これはまさかキマイラというやつか!?
まじか、異世界!こんなんいるのかよ!
というか、初っ端の敵といえば、ゴブリンとか狼とかじゃないのかよ。
あまりの現実感のなさに身体と思考が停止する。
キマイラはブルリと身体を震わすと、こちらを見やる。
「クマと目を合わせると威嚇とみなされるんだ。それに背中を見せて逃げると追ってくる。軽自動車並みの速度で走れるから、追いかけられたら一溜まりもないね。なに、心配しなくても、こんなハイキングコースには出ていないさ。彼らは人が思っているよりずっと臆病だからね。でも、もしクマに出会った時は……」
友人が誇らしげに語っていたのを思い出す。
あの時、友人は何て言っていたっけな。そもそもキマイラにも当てはまるのだろうか。
ガタガタと震えながら、下を向く。
興味を示さず、早く、早くどこかへ行ってくれと願いながら。
しかし、その願いは叶わず、段々と気配が近づいてくる……。
それに伴い、複数の獣のものが混じったような強烈なにおいが鼻をつく。
ライオンの方の顔がこちらに触れられそうなほど近づき、鼻を鳴らす。
思わず息を止める。
ライオンの顔がニタリと醜悪な笑みを浮かべ、次の瞬間……。
「グルォワオォォォォーー!!!」
“パッァアーンッッ!!……ズドン”
……ん?
凄まじい叫び声と共に強烈な破裂音が聞こえたかと思えば、その後、何かがぶつかる音。
恐る恐る目を開けると、大きな樹にめり込み、ぐったりしているキマイラ。
『大丈夫かい?もっちゃん』
場にそぐわない穏やかな声が、俺のすぐ横から聞こえる。
そちらを見やれば、ばぁちゃんが立っており、手には新聞紙を握りしめている。そして、棒状に丸めた新聞紙の先端からは、何かを高速でこすったのか、黒い煙が立ち上っていた。
もう一度キマイラの方を見れば、身体の中心部がへこんでおり、そこから黒煙が立ち上っていた。
三度、ばぁちゃんの方を見やる。
えっ……まさかこれ、ばぁちゃんがやったの?
異世界行ったら祖母が勇者でチートだった件。
……どうやら、お荷物は俺の方らしい。
本日の更新はここまでとなります。
ここまで読んでくださりありがとうございました。
また明日に次話を更新予定です。
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