特典なんて大体ショボい
不運にも死んでしまった俺は、幸運なことに蘇らせてもらったものの、その代償として異世界で魔王を倒さねばいけないらしい。
なんだそりゃ。怒涛の展開に頭がついていかない。
「では、説明も終わりましたし、御達者で」
そう言いながら椅子から降りると、ゆっくりと近づいてくるミルク姫。
よく見れば、手が妖しげに光っている。
やばい、今にも転移させられそうだ。
まだ頭は混乱してるし、もう少し情報が欲しい。
なんとか、もう少し話を引き延ばさないと……。
「てっ、転移特典とかないんですか!?」
「……必要ですか?」
「はいっ、お願いします!!」
「わかりました。」
何事も言ってみるもんだな。
手の光は消え、代わりにミルク姫が指を鳴らす。
すると、空から光の玉がふよふよと降りてくる。
光の玉はそのまま俺の頭にすっと入りこんで消える。
「女神さま、これは?」
「魔王を倒した褒章、いわゆる勇者特典です」
「おー!キタこれ。それで、一体どんな能力が?」
「他人の家のタンスを漁ったり、壺を割っても咎められなくなります」
……え?それだけ?
いや、たしかに昔のゲームに出てくるような、ステレオタイプな勇者ってそうだけどさ。なんか、思ってたのと違う。
「あっ、あの。チートパワーとか無限の魔力とかは?」
「あら、やはり必要ありませんでしたか?」
あー、うん。たしかにこれだったら必要なかったわ。
しかし、ここでミルク姫の機嫌を損ねるのは得策ではない。
「いっ、いやぁ、助かるなぁ……こりゃあ異世界無双も夢じゃないなぁ(泣)」
「そうでしょう、そうでしょう!この神齢で既に5つもの世界を管理する、優秀なこの私が直々に選んだ特典なのです!魔王討伐に上手く活かしてください」
……どう活かせと。物盗りにでもなれってか。
たしかに俺は装備や金には困らなくなるかもしれないが、盗られた人は困るわけだ。
他人に咎められなくても、自身の良心が咎められるよ。
……なんというか、最推しの姿だからフィルターかかっていたけど、なんかこの女神ポンコツくさいぞ。
おだてれば、もっと色々引き出せないだろうか。
「優秀な上に美しい偉大なる女神さま!愚かな信徒を救うと思って、もう一つお願いを聞いてもらえないでしょうか」
さすがにちょっとあからさますぎるか?
「はぁ……復活させてもらっただけでは満足せず、更に願うを乞うとはなんと図々しい。まったく……いつの世も人の子というのは欲に際限がないですね」
くっ……ダメか。
「しかし、敬虔なる信徒の救済も神のつとめ。ふふん、仕方がないですね。優秀な上に美しい、この私が、特別に聞き届けて差し上げましょう」
あっ、いけた。ちょろいな、この女神。
「非才な私では、女神さまが直々に選んでくださった素晴らしい特典を、そのままではうまく使いこなす自信がありません。それを活かし、過酷な異世界を生き抜いていくためにも、人間離れした力や無限の魔力を授けていただくことはできないでしょうか?」
さぁ、どうだ?
「勇者特典を授けられるのは、一度の魔王討伐で一人一回と定められています。これはシステムの仕様なので、いくら優秀な私でもどうしようもないですね。もしや、『暴君の蒐集』よりも『無尽の魔力』などの方がよかったのですか?」
そりゃそうだよ、と喉元まで出かかったが、なんとか押しとどめる。
というか、授かった能力、『暴君の蒐集』っていうのか、大層な名前だな、おい。
勇者特典だよな、これ?
「滅相もない。『無尽の魔力』があれば、いただいた『暴君の蒐集』をより一層引き立たせられるなぁと思っただけでして。システムの仕様なら仕方ないですよね。いやぁ、愚かな信徒の浅知恵失礼いたしました」
「わかればよろしい。まぁ、言わんとすることはわかりますし、私も鬼ではありません。今度妹が来たときにでも、勇者特典が一度にいくつももらえるようにシステムを変更してもらいましょう」
……できるんじゃねぇか、変更!
仕様で出来ないんじゃなくてお前ができないだけか。
しかも、妹ならできるとかボロを出してるし、あれだな、この女神、予想以上にポンコツくさいぞ。
「なら、ステータスや鑑定の魔法を授けていただくことはできないでしょうか?」
異世界転移や転生の定番である、チート魔法をもらえないか交渉してみる。
「……すてぇたす?かんてー?」
おっ、反応的に向こうの世界にないっぽい。
これは、俺のチート魔法無双始まったか。
「ご存じないようなので説明しますと、ステータス魔法っていうのは、ステータスって言葉に反応して、目の前にプレートが現れるんです。そこには自分の名前やHPなどの情報などが書いてあって」
「……あっ、あぁ!あれですね、あれ。当然知っていますよ、神ですからね。」
知ったかぶりをする女神。これは詳しく説明をしておいた方がよさそうだ。
「詳しく説明しますと」
「あー、はい、完璧に理解しました。優秀な上に神ですからね私。いいですよ、すてぇたす魔法ですね。授けましょう」
被せて発言する女神。
どうやら授けてくれるらしい。
今までのポンコツぶりから不安しかないが、機嫌を損ねないためにも何も言わない。
「ただ、どれも今から行く世界にはない魔法ですからね。一応、念のために、他の魔法についても聞いておきましょう」
その後、鑑定魔法とアイテムボックスについても簡単に伝える。
案の定、どちらも知らなかったようだが、説明は途中で遮られた。
神にとって無知というのは恥なのだろうか?
「女神さま、愚かな信徒の願いを聞き入れていただき感謝します」
「えぇ。敬虔なる信徒の願いに応えるのも神のつとめですから。少々お待ちなさい」
そう言うと、ゴソゴソと手元で光をいじり始める。
手持ち無沙汰になったので、ぼんやりと女神を眺める。
しっかし、見た目と声だけは、好みドストライクなんだよなぁ。
……当然か。俺の理想を体現しているわけなんだから。
おそらく、頭に手を当てられた時に、記憶や思考を読まれたのだろう。
それで俺が一番好感を抱く姿に変身したと。
あんなんでも一応は神なのだから、そういうことができても驚きはしない。
あれ……待てよ。
だとしたら、最初じぃちゃんの姿だったのも誰かの……。
「できた!」
今までよりもあどけなさを感じさせる声で、思考の海から引き上げられる。
見ると、ミルク姫が満面の笑みを浮かべ、両手で光を抱えていた……かわいい。
「おぉ!それが例の?」
「えぇ。あなたの希望した3つのモノが入っています」
「ありがとうございます!」
「ただ、最近大きな奇跡を起こしたばかりでして。貢献点がカツカツだった中、優秀な私は創意工夫を重ね、なんとか形にしました。しかし、少し、本当に少しだけ、想定と違う点、いわゆる解釈違いがあるかもしれませんが、そこは気にしないように」
……いや、めっちゃ気になるんですが。てか、不安しかない。
「ところでつかぬことをお聞きしますが、向こうの世界では言葉や文字は通じるのでしょうか?」
「……それも一緒に授けましょう」
「よろしくお願いします」
あっぶねぇ!コミュニケーションとれずに詰むところだった!
よく土壇場で気づいた、俺!
危うく、言葉が通じず、家のタンスを漁ったり壺を割ってくる異国風の男になるところだったよ……って、まんま蛮族じゃねぇか!
駄目だ、この女神は信用できない。
ほかに何か漏れがないか、根堀り葉堀り聞かねば。
「なんだか失礼なことを考えていませんか?」
「ソンナコトナイデスヨ」
「さて、これで準備は万端ですね。では、勇者餅太朗よ、健闘を祈ります」
ミルク姫が抱えていた光は、すでに俺の中に入り消えており、代わりにミルク姫の手が妖しく光り始める。
「女神さまもっとお話ししませんか!?」
「優秀で話上手な私と話したい気持ちは、痛いほどわかります。しかし、私も忙しい身。一人の信徒にずっとは構っていられないのです」
「そっ、そこをなんとか」
「それに、神託……いえ、相互コミュニケーションだから神話ですね。神話のしすぎは人の子には負担が大きいですからね。ふふっ、ちっぽけな人の子のことを慮れるなんて、なんて慈悲深いのでしょう。では、ごきげんよう。魔王を倒した時にまた会いましょう」
「女神さま!待っ……」
光が強くなり、目が開けていられなくなる。
そして、段々と意識は薄れていき……。
様々な樹や土のにおい。
そして、嗅ぎなれた安心感を覚えるにおい。
次に目を覚ました時、視界一杯に映ったのは……
俺のばぁちゃん……御手洗千代子だった。