YOUは何しに異世界へ?
記憶を辿れば、頭部に強烈な衝撃を受けたのと、視界の端で壺が転がっていたを思い出す。
おそらく、2階から落ちる際に咄嗟に放り投げた壺が、壁か何かに跳ね返って俺たちを追うように落下し、頭に当たったのだろう。
そして、俺の目の前には3年前に死んだはずのじぃちゃん。
状況的に考えると、どうやら俺は死んでしまったらしい。
……ばぁちゃん無事だといいな。
今ここに一緒にいないってことは、少なくとも死んではいないだろうと希望をもつ。
改めて周りを見渡せば、どこまでも白が続く空間。
鼻を鳴らすが、不自然なほど何の臭いもしない。
天国ってこういう感じなんだな、とぼんやりと思う。
「ようやくお目覚めですか」
しわがれた懐かしい声が聞こえ、そちらに目をやる。
短く刈り込まれた、白髪混じりの髪。
太い眉につり目で頑固そうな顔。
「じぃちゃん……」
思わず、涙が出る。
「勇者、餅太朗よ。私はあなたの祖父、御手洗団悟朗ではありませんよ」
……ん?勇者?
思わず、涙が引っ込む。
見たことがないくらい穏やかな顔をしているじぃちゃん。
そのまま目線を下げると、何かがおかしい。
それもそのはず。
なぜか、じぃちゃんは煌びやかな十二単を纏っていた。
平安時代の貴族とかが着てたやつだよな、これ。
……え?何で女装してんだ?
しかもこんなニッチな感じの。
「じぃちゃん、なんでそんな恰好してるの?もしかして、ここではそれが正装なの?」
「そんなことはありませんよ。何かおかしいでしょうか?」
どうやら、好きで十二単を纏っているらしい……つまり趣味か。
……へぇー、そういう趣味があったのか。
厳格で職人気質だった、あのじぃちゃんがね~。
しかも、さっき俺の事、勇者とか呼んでたし、和風姫様プレイかぁ。
いやはや、天国だからって、はっちゃけてんなぁ。
そうだよな、もう現世のしがらみに囚われる必要ないもんな。
「……勇者餅太朗よ。なぜ脱ぎだしたのです?」
「天国だしもう必要ないかなって。俺もじぃちゃんみたいに、魂の声に従って自由に生きるよ!」
「ここは天国ではありません。それに、先ほども言いましたが、私はあなたの祖父では」
「いやぁ、それにしてもやっぱり開放感が違うね。なんか、こう、魂が昂るというか、パトスが迸るというか。衣服という鎧が、身体的、社会的にどれ程人々を縛り付けていたのかってのを実感するよね!人は禁断の果実を食べたことによって羞恥の感情が芽生え、局部を隠すようになり、そして、服を着るようになったっていうけど、いやはや、ご先祖様は本当になんてことをしてくれたんだって思うよ。衣服なんて邪魔なだけ……待てよ、天国ということは神の御許。あえてのアダムスタイルも一興か……。じぃちゃん、ここって樹とかって生えてる?」
「はぁ……人の子というのは、どうして皆こうも話を聞かないのか」
生まれたままの姿になった俺を前に、じぃちゃんがそうぼやく。
「先程もそうでしたし、この姿がいけないのですかね……少々頭を失礼しますよ」
そう言うと、じぃちゃんは近づいてきて、俺の頭に触れる。
すると、じぃちゃんが突然光始める。
あまりの眩しさに目を閉じる。
次に目を開けた時、じぃちゃんは……美少女になっていた。
何でもありだな、天国。
しかし、俺はこの少女、いや、このキャラを知っている。見間違えるはずもない。
乳白色のしっとりとした長髪。
雪のように白い肌に桜色の小さな唇。
そして、優し気な垂れ目にも関わらず芯の強さを感じさせる、黒と黄色のオッドアイ。
俺が愛して止まないマンガの最推し、ミルク姫がそこにいた。
「あらあら、こういう感じがお好きなのですね」
じぃちゃん……改め、ミルク姫は艶めいた笑みを浮かべながら、十二単の裾を摘まんだり、胸元を覗いたりしている。
やばい!ミルク姫が動いてしゃべってる!!
というか、声っ!!想像と同じ声!!
しかし、これはいけない。あの清楚なミルク姫が胸元を覗くようなはしたない真似……もっとお願いします!!
「さて、これで話を聞けますか?」
「はいっ!もちろん喜んで!……でも、その前に、『お兄様、それはこぼれたミルクを嘆くようなものですわよ』って、言ってもらってもよろしいでしょうか!?なるべくアンニュイな感じで!」
「……お兄様、それはこぼれたミルクを嘆くようなものですわよ?」
81話の名ゼリフ来たーーーーっ!!
「耳が幸せ。もう死んでもいいや……」
いや、もう死んでるんだったな、と思いながら、後ろに倒れこむ。
「はぁ……話を聞かないのは変わらず。先ほどの姿に戻りましょうか?」
「そのままでお願いします!」
勢いよく立ち上がる。
「では、まずは服を着なさい」
相も変わらずどこまでも白が続く空間。
正座する俺の前には、どこからか出てきた椅子に座るミルク姫。
このシチュエーションも悪くないなどと考えていると、ミルク姫が徐に話し出す。
「勇者餅太朗。私があなたの祖父ではないと理解しましたか?」
「はいっ!天使……いや、女神様だったのですね!」
「おや、察しがよいではありませんか。ふふんっ、やはり溢れ出るオーラで分かってしまうのですね。そう、私はあなた方の言うところの神です」
ミルク姫まじ天使、いや女神、みたいなニュアンスで言ったのだが、どうやら意図せず正解を引き当ててしまったらしい。
まぁ、姿を自由に変えていたわけだし、神だとしても不思議ではないだろう。
「それで、女神さま。神の御前ということは、やはり私は死んでしまったのでしょうか」
「はい。しかし、あなたは神の奇跡により蘇ったのです」
やはり、俺は死んでしまっていたらしい。それをミルク姫が蘇らしてくれたと。
「感謝してくださいね。本来、死者蘇生には魔王討伐クラスの貢献が必要なのですから」
そう言って、無い胸を張るミルク姫。
魔王という単語を聞いて、ふと気になったことを訊ねる。
「感謝いたします、女神さま。ところで、先ほどから私のことを勇者と呼んでいますが」
「えぇ、魔王を倒したから勇者です。先ほど魔王を倒したでしょう?」
えっ?まるで記憶にないぞ。
てか、現代日本に魔王とかいるわけない。
だが、女神さまは先ほどと言っていた。
記憶を辿れば、ゴキブリに張り付かれ、壺を持って落下し……。
ハッと顔を上げる。
「気がついたようですね」
「魔王はあの壺の中にいたのですね!それで壺が落ちた衝撃で、中にいた魔王は死んだと。壺にお札が貼ってあったのは、魔王を封印していたからなんですね!」
「違います」
違うらしい。自信満々に答えただけに恥ずかしい。
壺ではないなら、まさか……
脳裏に浮かぶのは角の生えた虹色に輝く拳大のアイツ。
「え?じゃあ、まさかゴキブリ?」
「はい、そうです。地球ではそう呼ばれていますね。あれが魔族の王、魔王です」
「えぇ~……」
なんとも締まらない声をあげながら空を見上げる。
ゴキブリ倒したら勇者になった件。
「あれが魔王ってことは、普通のゴキブリも魔族なんですか?」
「えぇ、そうです。見ると本能的に不快だと感じるでしょう。命の危険があるわけでもないのに、逃げ隠れる彼らを執拗に探し出し、殺すでしょう。あなた達と魔族は、お互いに相いれない存在として、争うように設定されているのです」
「言われてみればたしかにそうかもしれませんが、争うというか、一方的な蹂躙ではないでしょうか」
「地球には魔素がありませんし、始まりからしてあれでしたからね。魔族が圧倒的に不利な世界ですから仕方ありません」
「地球ではってことは別の世界では違う……というか、別の世界とかあるんですか?」
「えぇ、無数に。あなた方と魔族が争う、そういうシナリオの世界を私は5つも管理しています。この神齢で、ですよ」
どや顔で無い胸を張るミルク姫……かわいい。
「では、そろそろ本題に入ります。勇者餅太朗。あなたはとある世界に赴き、魔王を討伐してくるのです」
「……はい?」
「先ほども言ったでしょう。死者蘇生には魔王討伐クラスの貢献が必要だと。まさか、タダで蘇生してもらったとでも思いましたか?」
「えっ?でっ、でも、あの虹色のゴキブリも魔王だったのですよね。あれじゃ駄目なんですか!?」
「倒した時に得られる貢献点は肉体や魂の強さに比例します。魔素のない地球では魔王といえど、大したことなかったですし、トドメを刺したのはあなたの祖母、御手洗千代子だったのを鑑みれば……あなたが得られたのは大体100万ポイントくらいでしょうか」
「100万じゃ足りないのですか?」
「死者蘇生には全然足りませんね。なので、不足分を補うために魔王をもう一体倒してきてください。なに、一体倒せたのです。二体も変わりませんよ」
いきなりの展開に頭がついていかない。
えっ……?俺ゴキブリ倒しに異世界転移するの?
「ちなみに、これから赴く世界の魔族はあなたと同じような体型やサイズですし、言葉も魔法も操ります。肉体や魂の強さも中々ですので、もしかしたら、魔王でなく四天王全討伐とかでも点数が足りるかもしれません」
そんなミルク姫の言葉を聞きながら考える。
今から行く世界のゴキブリは人並みの大きさで、体型も同じ感じらしい。
そこでは人類とゴキブリが血肉の争いを繰り広げている……。
それ、なんてテラ○ォ?