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死因はゴキブリ

 「知ってるかい?ゴキブリは夏の季語なんだ。なぁ?(もち)()(ろう)?」

 愛用のスリッパを振り下ろした瞬間、大学の友人が誇らしげにそう語っていたのを、ふと思い出した。

 その名を聞くと夏を思い浮かべるほど、今も昔もゴキブリは身近な存在で、たくさんいたということだろう。

 そんなどうでもいい事を考えつつ、死骸を回収しようと腰をかがめると、石臼の脇からゴキブリが飛び出してきたので、再びスリッパで叩き潰す。

 その際、先週の合コンの記憶が再び蘇った。


 「御手洗(みたらい)餅太朗です。森永大商学部の1」

 「面白い名前だろう?実は江戸時代から続く和菓子屋の跡取りで、ほら、○○県にある御手洗堂って知ってるかい?(ねり)羊羹と御手洗(みたらし)団子が有名な」と被せて発言してくる友人。

 

 東京の有名店ならともかく、花の女子大生が地方の和菓子屋なんて知るわけないだろ。

 案の定、知らないという答えが返ってきて、少しへこむ。

 

 そして、続けて「知ってるかい?ゴキブリは夏の季語なんだ。なぁ?餅太朗?」と発言をする友人。

 おい、なぜ合コンの一発目の話題としてそれをチョイスした。

 そして、俺に話を振るな、知らねぇよ。

 というか、お前は自己紹介すらしていないのだが、それでいいのか。

 その後も、一方的にまくしたてる友人。

 その際、いちいち俺に話を振ってくるのが、鬱陶(うっとう)しい限りだった。

 合コンが終始冷えきった空気だったのは言うまでもない。

 帰りに友人と食べた塩ラーメンが、美味しかったことだけが収穫だっただろうか。    


 まぁ、詰まる所、嫌な記憶や失敗談というのは、ふとした拍子にフラッシュバックするということだろう。

 木箱や柱時計の陰から、次々と飛び出してくるゴキブリに向け、スリッパを振り抜く。

 その度に、合コンの記憶が蘇る。

 どうやら、ゴキブリとあの時の記憶が紐づけされてしまったらしい。

 段々とスリッパを握る手にも力が(こも)っていく。

 


 それにしても、いくら夏とはいえ、数が多すぎないか。

 死骸をいれたお菓子の空容器に目をやれば、すでに6割くらい埋まっている。

 なお、後半のやつが煎餅(せんべい)みたいになっているのはご愛嬌だ。


 「ばぁちゃーん!本当に蔵の中に食べ物とか置いてないんだよねー!?」


……


 これは聞こえてないなと、かすかに声が聞こえる吹き抜けの方へ向かう。

 歩くたびに舞う埃と、ツンとしたカビの臭いに、思わず顔をしかめる。


 「ばぁちゃーん!?」


 触れるとギシリと揺れる、なんとも頼りない手すりに手をかけ、階下を覗く。



 「キェェェェェエエエエエエエエエエーーーーーーーーーーーー!!!」


 階下では、ばぁちゃんが鬼のような形相で奇声を上げ、ゴキブリを追いかけ回していた。

 棒状に丸めた新聞紙を持ち、ブンブンと振り回している。


 「ばぁちゃーん!?聞きたいことがあるんだけどーー!」

 「キェェェェェエエエエエエエエエエーーーーーーーーーーーー!!!」


 「ばぁちゃーん!?」

 「キェェェェェエエエエエエエエエエーーーーーーーーーーーー!!!」


 こりゃしばらくは駄目だなと、手すりから手を離す。



 誤解がないように言っておくが、普段は穏やかでとても優しいばぁちゃんなのだ。

 ただ、和菓子屋という職業柄、ゴキブリに対し並々ならぬ思いがあるらしく、というか、過去に色々あったらしく、ゴキブリや保健所の職員を見ると、あぁなってしまう。

 あぁなるとこちらの言葉は届かないので、しばらく放っておくしかない。

 まぁ、3年前にじぃちゃんが死んで、ボケが進行してからというものの、家にこもっていることが多かったし、いい運動になるだろう。


 若干傾いてしまった手すりから目を逸らし、改めて周囲を見渡す。

 「しかし、本当に色々置いてあるなぁ。こりゃ、今日中には終わらんな」

 俺は今、実家の土蔵の中にいるのだが、なぜこんなところにいるのかというと、話は少し前にさかのぼる。



 先月くらいにばぁちゃんが、蔵の整理をしたいと突然言い出したらしい。

 しかし、店に立つ父母は忙しいため、俺が夏休みに帰省するまで待って欲しいと留めていたようだ。

 そして、帰省翌日にはこうして蔵の整理をしているというわけだ。

 まぁ、ばぁちゃんに頼まれたら仕方ないよな。


 「とりあえず掃除するためにも、運べるだけ下に運ぶか」

 実家の和菓子屋はいわゆる老舗というやつで、無駄に歴史だけはある。

 そのため、蔵の中には、何代目が使った道具だの、古い機械だの、出自が怪しいアレコレなどが無造作に積まれているのだ。


 目の前にあるコレなんて、初代がモノノケの村を訪れた際に、河童から友好の印としてもらった壺……だそうだ。

 なっ、怪しいだろ?


 しかも、ご丁寧なことに、壺の近くの壁には掛け軸が飾ってあり、不自然までに腕が肥大化した河童と相撲をとる初代の姿が描かれている。


 「何で和菓子職人が河童と相撲とってんだ……まっ、とりあえずこれから運ぶか」

 そんな独り言をつぶやきながら、存外に重たいその壺を両手で持ち上げれば、ほのかにイチジクのような甘い香りがした。

 よく見れば、壺の表面はボロボロのお札で覆い尽くされていて、まるで何かを封じ込めているようだ。


 「何で友好の印にお札が貼ってあるんだよ……」


 そうぼやきながら、階段の方へ向かい、手すりから階下を覗く。

 ばぁちゃんの姿は見えない。



 「休憩しに戻ったかな……いや、万が一、倒れてたらいけないし確認しておくか。」


 「ばぁーちゃーん!?」


……


 返事はない。


 代わりに、背後でガサリッと音がした。


 音のする方に目をやると……。



 虹色に輝く、(てのひら)サイズのゴキブリがいた。



 「……は?」


 え?デカ過ぎないか?というか、色おかしいし。

 いや、そもそもゴキブリじゃないかもしれない。なんか立派な角が生えてるし。ほら、新種のカブトムシとか。


 そんな希望を打ち砕くかのように、高速機動で床を這い急接近してくる昆虫。

 うん、あの動きは間違いなくゴキブリですね……いや、それどころじゃない!!


 何で近寄ってくるんだよ!?


 にわかに全身が悪寒で震えるを感じながら、あとずさりし、愛用のスリッパを探す。

 が、壺を持つのに邪魔だから置いてきたのを思い出す。

 というか、そもそも壺で両手がふさがっている。


 虹色のゴキブリは羽を広げ……


 あろうことかこちらへ飛翔してきた!!


 「うがっ!!?」


 埃と油が混ざったような臭いと共に、ナニかが顔に張り付いた感触。

 思わずよろけ、手すりにもたれかかる。


“ベキッ!!”


 嫌な音と共に手すりは根元から折れ、身体が宙に投げ出される。

 咄嗟に壺を前に放り投げ、自由になった手で2階部の床を掴もうとするも、からぶる。

 そして、そのまま落下してゆく。


 やばい、これは死ぬかも……。


 これで死んだら、ゴキブリと心中したことになるのか。いや、ゴキブリに押されて落ちた訳だから、ゴキブリに殺されたことになるのか。笑ってしまうな。


 一瞬の間に走馬燈のように記憶が蘇る。



 実家の菓子が好きで、よく余りものを食べていた幼少期。

 古臭くて、実家の仕事をなんだか恥ずかしく思っていた小学生時代。

 部活もさせてもらえず、菓子作りの修行に明け暮れた中高生時代。

 親に反発し、じいちゃんには叱られ、ばぁちゃんになぐさめられて……。

 じいちゃんの葬式……。


 大してよくない頭に必死に詰め込んだ受験時代……大学の合格発表。


 人生初めての合コンと失敗。

 帰りに食べた塩ラーメン。友人はやけ食いだと超大盛を頼んで、伸びに伸びた麺を苦しそうにすすっていた。そして、呑み直しだと下宿先に戻り、反省会。友人は女の子のことをボロクソに貶していたが、俺は今でもお前の話題提供に問題があったと思っているよ。そのまま寝坊して、一限目に間に合わず……。


 嫌な記憶や失敗談というのは、ふとした拍子にフラッシュバックするのだ。

 目の前には特大のフラッシュバック発生源。

 あの時の記憶ばかりが出てくるのも仕方ないだろう。


 変な知識ばかり持っていて話し始めると、人の話を聞かない友人。

 田舎者で浮いていた俺に声をかけてくれた、大学でできた最初の友人。

 帰省から戻ったら旅行に行こうと約束していたが、その約束は果たせないかもしれない。

 ごめんな……。


 すっと目を閉じる。




 「キェェェェェェェェエエエエーーーーーー!!!」


 「ん?」

 奇声に気づき目を開けると、2階からばぁちゃんが降ってきた。


 「ばぁちゃーん!?」


“パッァアーンッッ!!”


 棒状に丸めた新聞紙が顔面に叩き付けられ、ナニかがつぶれる嫌な感触。

 ナニかの液が顔中に飛び散るが、それを気にしている場合ではない。


 ばぁちゃんを両手で抱え込む。



 そして、数瞬の後、全身を襲う激しい痛みと共に床に叩き付けられる。


 「ばぁちゃん……大丈夫?」


 痛む身体を無理やり動かし、顔をあげる。

 その瞬間、頭部に強烈な衝撃が走る。

 薄れゆく意識の中、目に映ったのは転がる壺だった。

 


 

 そして、次に目を覚ました時、目の前には死んだはずのじぃちゃんがいた。


 女装した状態で。


 ……え?なんで?


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