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プロローグ

よろしくお願いいたします。

基本コメディな作風なので、おそらくプロローグが本編屈指のシリアスシーンかも……。

―オーセン平原 ザッハ砦―

 

 太陽が沈む。

 魚たちが白い翼をはためかせ、隊列を成してねぐらへと帰っていく。

 夕陽が無数の鱗に乱反射し、その眩しさに男は思わず目を細めた。

 あの内の一匹でも落ちてきてくれたら、一体何人の腹を満たすことが出来るだろうか。

 もう何日も禄に満たされていない腹が鳴るのを感じながら、ふと考える。

 だが、すぐに滑稽な妄想だと一笑し、城壁の上から外を見下ろす。


 森へ撤退していく軍勢。兵たちの表情に悲壮感はない。

 「忌々しき魔族どもめ……」

 男は白い息を吐き、そうつぶやいた。

 ふいに、冷えた風が吹き、血のように赤い葉が城壁の上を舞う。

 男は体をぶるりと震わせ、これなら夜襲はないだろうと、沈みゆく太陽に目を遣った。

 紅葉し色鮮やかな森と、くすんだ灰色の砦。

 色彩の差は両軍の士気を表しているかのようだった。



 太陽が西の森に沈み、青い双月が東の森から昇る。

 男は城壁の上で夜風を感じながら、目を瞑り、無骨な太い指を組んで跪いていた。 

 双月の光を受け、二つに伸びた影を踏む人物が一人。

 

 「将軍、こちらにいらっしゃいましたか」

 「……ノエル隊長ですか」

 「少々、お耳に入れたいことが……祈っておられたのですか?」

 「はい。今日の戦いで死んだ同胞たちが、女神の元へ無事辿り着けるようにと。それで、耳に入れたいこととは?」

 「はっ、南門での敵の攻勢が激しく、城壁の一部が崩れかけているとのことです」

 「わかりました。煉土隊を補修に向かわせましょう」

 「よろしくお願いします。それと、もう一点。先日受け入れた避難民から気になる報告が」

 「気になる報告?」

 「こちらへ避難してくる際に、遠くの山が真っ二つに割れるのを見たと」

 「そんなことができるのは……切慧鬼ですか」

 「おそらくは……」

 「こちらの戦線に合流してくるとみるのが自然でしょうね。まさか四天王を二人も投入してくるとは……」

 「……二人ですか?」

 「えぇ、北の街道に大穴が空いて通れなくなっているようです」

 「……穴慧姫ですか」

 「おそらくは。援軍が予想より遅れているのは、そのためでしょう」

 「まずいですね……」

 「日に日に攻勢は強くなってきています。そこへ四天王が二人となれば、更に状況は悪くなるでしょう」

 「冬まで耐えられるでしょうか……?」

 「砦を守り切るのはともかく、包囲されている以上、食糧が厳しいでしょうね」

 「……将軍。無礼を承知で進言させていただいてもよろしいでしょうか?」

 「なんでしょうか?」

 「避難民を受け入れすぎではないでしょうか。兵士だけならばもっと長く籠城することができるはずです。この砦が落とされれば、魔王軍のオーセン平原への進出を妨げるものはなくなります。万が一、ワサン盆地に続いてオーセン平原まで奪われるような事態になれば、民を養うことができなくなります!」

 「……わかっています。しかし、我々はともかく、避難民の多くは魔族に見つかれば殺されてしまいます。見捨てるわけにはいきません。それに兵の中には、この辺り出身のものもいるでしょう。ここで民を見捨ててしまえば、軍の士気にも関わります」

 「……出過ぎた真似を失礼致しました」

 「いえ、忠告感謝いたします。なに、これも援軍が到着するまでの辛抱です。食糧の在庫は心もとないですが、切り詰めれば何とかなります。それに、いざとなれば土を食べてでも生き残ってやりますよ」

 「蚯蚓人(ワーム)族でもなければお腹を壊してしまうかと」

 「ふふ、冗談ですよ冗談……。さて、冷えてきましたし、そろそろ砦の中へ戻りなさい」

 「将軍は戻らないので?」

 「私はもう少しここで祈っていきます」

 「ならば私もご一緒してもよろしいでしょうか?」

 「……では、何か羽織る物を持ってきなさい。いくら森人(エルフ)族とはいえ、その恰好では堪えるでしょう」

 「お心遣い感謝いたします。実は故郷の冬の寒さが嫌で飛び出してきた口でして。そうさせてもらいます。では、失礼いたします」



 女が去った後、男は再び跪き、祈りだした。

 祈りながら男は考える。

 先ほどは援軍が来るまでの辛抱と答えたものの、果たして耐えられるだろうか。切慧鬼といえば城斬りの逸話をもつ傑物だ。

 そして、なにより、食糧の在庫がすでに底をつきかけていた。

 森人族である彼女は気づいていないようだったが、配給から食糧事情の厳しさに感づいている兵も多いだろう。

 包囲され補給が期待できない以上、このままでは近いうちに飢えて死んでしまう。

 そうなる前に、籠城をやめ、一か八かの野戦に持ち込むべきか。


 彼女が言っていたことが正しいのはわかっている。

 小の虫を殺して大の虫を助けるべきなのだ。

心を鬼にして避難民を受け入れるべきではなかった。

 しかし、命からがら逃げてきた彼らを、縋るような目をした彼らを……自分は追い返すことができなかった。

 上に立つ身でありながら冷徹な判断を下すことのできない、己の無能さを嘆くしかない。

 いっそ自分の首を差し出すことで、兵や避難民の助命を乞えないだろうか……。

 いや、馬鹿な話だ。奴らが……魔族がそんな話を呑むはずがない。



 不安渦巻く胸中を吐露するかのように、白い息を吐く。

 ふと、顔を上げ空を見上げれば、青い双月。

 「珍しい……今夜は双水月だったのですね。こんな夜なら女神も願いを叶えてくれるかもしれませんね」


 再び祈りだす男。

 ただ、神に祈る。

 この世界で信奉される4柱の女神に。

 先程までは戦死した兵の魂の安穏を祈っていたが、今はただどうか助けてくれと。

 「このままでは砦を守れたとしても飢えて死んでしまいます。どうか、どうか……」


 神を信奉して願いが叶うのならば、人はそれを奇跡とは呼ばないだろう。

 起こることがないから、人はそれを奇跡と呼ぶ。

 しかし、今宵は青い双月。

 果たして慈悲か気まぐれか運命か。

 敬虔(けいけん)な信徒の願いは奇跡的に一柱の女神に届いた。



---その日、奇跡が起きた---


序章の間はなるべく毎日更新できるようがんばります。

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