ラーメン食べたい
「もう、歳のせいか。一日にラーメンを三杯しか食べれないんだ」
中華料理屋でラーメンを前にした友人はため息とともにそんな言葉を口にした。
歳の所為とはいうものの、この友人は二十を迎えてまだ五年しか経過しておらず、そんな世間でいうほどの歳というわけでもないはずで、もちろん、高校生のような育ち盛りの食欲とはまるで違うのであるから、致し方ない。
であるのに、ラーメン三杯を食べるというのを悲観している。これまた奇妙な事で、ラーメンを三杯を一日に食べるというのが、なかなかに、悲観することでもないと思うである。
しかして、私はこう答えた。
「いやあ君はいいね。その歳で、三杯も食べられるなら」
私だって若い頃にはそれなり食べたものなのだが、今はすっかり胃袋が小さくなってしまっていてとても無理だ。小食というわけでもないのだが、ただ、仕事にかまけてしまったが為に食事をおろそかにしてしまい、結果、胃が小さくなったらしい。
なので、おそらく時間をかけてリハビリがてらに徐々に、食事の量を多くしていけばいいような気がする。
これと同じことで、友人もラーメンを徐々に増やしていくことで三杯以上食べる事が出来るようになるのではないか。私もまた、ラーメンを若いころのように食べる事ができるようになるのでは。
そんな甘い期待から、私は友人を家に招きラーメンを食べることにした。が、ラーメンを食べるにあたってはラーメンを作る必要がある。しかし、二人でラーメンを食べるのはなんとも奇妙な事であるので、どうしたものかと迷っていたが、一人の知人が思い浮かんだ。
「こちら、近所の料理人、セルゲイさんです」
「セルゲイです、どうもヨロシク」
「ロシア人じゃないか!」
友人は叫んだ。
「おいおい、セルゲイさんはロシア人だが、料理の専門家だぞ」
「はい。ボルシチ。ピロシキ、ミラノ風ドリア、なんでも作れます」
「やっぱりロシア人じゃないか。あと、なんで、サイゼリヤの料理なんだ」
「サイゼリヤの料理は本場イタリア人も認めるからね」
「ロシア人かイタリア人なのかどっちなんだ」
セルゲイはそういう言葉を聞きながら、手を振ってキッチンへと消えていく。それを見送った私と友人は一体、どんなラーメンが作られるのか、期待と不安が入り混じった気持ちで待った。すると、しばらくして彼は戻ってくると、テーブルの上にどんぶりを置いた。
中には、味噌ラーメンが入っていた。具として、ニンジン、キャベツが入っている。あとは他に最低限の具材が入っている。いかにもな家で作る味噌ラーメンである。
それを眺めていると友人は口を開いた。
「普通に作れるじゃないか」
そう言いながら箸を手に取るとスープをすくって飲む。私もそれに倣い、同じようにしてスープを飲むと懐かしさを覚える。これはまさしく、昔よく食べた味噌ラーメンだ。麺を食べてみるとなるほど美味い。味噌の風味が強いものの、それが嫌ではない程度に野菜の水っぽさがある。
セルゲイの方を見ると自信ありげな面持ちである。そして、どこで学んだのか腕組みをして、いかにも中華料理店の店主ですというような態度をとっている。
結局、二人してラーメンを完食した。
「次のラーメンです」
そう言って、セルゲイが出してきたのは、醬油ラーメンだ。これまた具材はシンプルで良い感じである。グルグルと渦を巻くナルトと、焦げ目がしっかりついた焼豚が私と友人の食欲をそそる。私はすでに味噌ラーメンを食べたばかりではあるのに、少し空腹になった気がする。
しかし、それは錯覚でしかなく、私の胃の中には味噌ラーメンがしっかりと鎮座している。先ほどまでの空腹の感じが実感としてはない。一口、二口と食べすすめたところで、私は箸が遅くなった。
ふと隣の友人を見れば、すでに醬油ラーメンを半分程度まで食べすすめ始めていた。
まだ二杯目。どうやら、余裕そうだ。
それにひきかえ、もう一杯も食べられず苦しんでいる私が情けないではないか。私は自分を奮い立たせると再び、食事に集中する。美味いのが幸いか、なんとか食べ終わることが出来た。
「大丈夫ですか」
セルゲイが心配そうに私たちに聞いてくる。
私は今にもはちきれそうだと思ったが、友人もまた、私より余裕な顔色をしているが、食べるのが厳しそうな面持ちでもあった。三杯も食べるのが厳しいというのが実際の所だったのだ。二人してなんとも現実的な胃袋である。
が、友人は無理に笑みをぐっと浮かべる。
「まだまだ、食べれるさ」
それが明らかに虚勢であるというのは、見て取れた。
だがしかし、友人はその言葉と共に手を挙げる。追加注文ということだ。
友人はまだ、食べるという。
この男、実は大食いチャンピオンだったのではなかろうかというくらいだ。私は自分の胃袋の限界を感じながら、そんな事を思うが友人は気合で食べ続けるつもりらしい。
セルゲイはそんな友人の前に、ラーメンを出した。
私としては、止めておいた方がいいという気もしたのだが、それじゃあ目的が達成できない。
私は量を少なくして提供してもらう事として、次の豚骨ラーメンを出してもらった。
こってりとした豚骨ラーメンの臭いが部屋に充満する。キッチンから漂ってきていた臭いから分かっていたが、いざ、ラーメンとして目の前に出されると、食欲がそそられる。
私は何とか少ない量の半ラーメンを食べすすめたが、友人をちらりと見ると、先ほどよりも勢いは落ちるながらもなんとか食べすすめている。しかし、彼が前に言っていたように、三杯目の豚骨ラーメンを食べ終えると、かなり苦しそうだった。
「いや、美味い。美味いじゃないかセルゲイ」
「ありがとうございます。では、次です」
そう言って、セルゲイが出してきたのは、なんと塩ラーメン。これは具も少ない。あっさりとした様子である。友人は最初、物足りなさを感じたのか一瞬だけ眉間にしわを寄せて渋い顔をしたが、一口食べると目を輝かせた。
それからは早かった。あっという間に完食してしまったのである。
そして、間髪入れずにセルゲイに次のラーメンを要求した。
セルゲイは待ってましたと言わんばかりに、別のラーメンを提供する。
「おいおい、もう、五杯目じゃないか」
「おっと、そんなに食べていたのか。気付かなかった」
「しかし、こんなに食べたなら、常に三杯以上は食べれるようになるのではないかね」
私は、当初の目的が果たせたように満足した。
これで友人は以前のようにラーメンを食べるようになり、私もまた、同じようにとは言わないが、人並みに食べれるようになる気がする。なんとか目標と目的を達成できて良かったと胸をなでおろす。
「いやぁ、それがなぁ」
友人が箸をおきながら、頭をかいた。
「こんなにラーメンを食べたら、もう、しばらく、ラーメンを食べたくはなくなっちゃったよ」
「もう、歳の所為か、カレーライスが二杯しか食べれなくてねぇ」
喫茶店でカレーライスを二杯ぺろりと食べながら友人が言った。
「それは、健康ってことだよ」