表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

2/2

最終話

ピエロは戦々恐々と、自分に綿を詰め、ひどく肥えた男の仮装をし、顔に戯けた化粧をし、王女の部屋に入った。そして、彼女の顔を見た途端にはっと息を呑んだ。彼女はピエロが戯けることを忘れるほどに可憐であった。ピエロは我を取り戻すと、飛んだり跳ねたり逆立ちしたり、彼女の笑いを体を精一杯誘ったが、驚くことに、彼女は笑わなかった。ひっく、ひっくと発作を繰り返すのみであった。対話もしようとしなかった。

 ピエロは困惑した。話と違う。彼女が欲しいのは笑いであると聞いたが、本当は違うのではないか。そう思った時、



「つまんない、ひっく」



 そう彼女は言った。ピエロはがっかりした。自分が面白くないのがやはり原因であったのか。しかし、彼女は続けた。



「つまんないの。ひっく。お父様はいっつも、こうすれば良い、こうすれば幸せになれるって、勉強やえらい人と合わせるばっかり、ひっく。今日も、意味も分からず水を飲まされたし、息だって我慢させられたし、ひっく。しかも、今日私、死んじゃうんだって。

100回、で、もう死んじゃうんだってひっく。ひっく。うぇ……」


 途中から発作は、嗚咽へと変わっていた。その時、ピエロは彼女に足りない物を理解した。ピエロは彼女の隣に座って、ハンカチで自分の化粧を拭う。そうして、ピエロは言った。


「ひっく。ひっく。ありゃあ……うつっちゃいました。おじさんに、お嬢様の病気が……ひっく」


 そう言って、ひっく、ひっく、とピエロは彼女のマネをし始めた。彼女は目に涙を溜めて、言った。


「馬鹿にしないで下さい!」


「馬鹿になんてしておりませんよ、お嬢様」


 と、ピエロは返した。そして、さらに頬を膨らませる彼女の目を見て、ピエロは問うた。



「ところでお嬢様はなぜ、100回も発作を起こしてないのに、ひっく。自分が死ぬと分かるんです?」


 彼女は狼狽えた。答えが見つからないようで、目が答えを探してキョロキョロと動いた。


「だ、だって……ひっく。お父様が言ったから……」


「王様が言ったから、お嬢様は死んでしまわれるのですか?ひっく。王様だって、発作を100回も起こした事はないのですよ?」



「えっ……」


 まるで彼女は空が青いと言う常識がひっくり返ったかのように、目を白黒させた。


「お知りですか?この世には龍を斬る戦士がいるのですよ?どんな魔法だって使える賢者も、どんな病気も治せる名医だって。その方を見て、話をして、そうしてから、やっと物事は、『知った』と言えるのです」



「……ひっく」


 彼女は、ひどく衝撃を受けたようで、口を半開きにしていた。


「私は貧民街の出でした。この世は盗むか盗まれるかの二つでできていると思っていました。ですから、人を笑わせるということが、どれほど楽しいか知った時は、もう、たまりませんでした」


 ピエロはひどく懐かしそうに言った。しかし、彼女は対照的に、泣きそうな顔をして言った。


「私は、どうしたらいいの?私はーー」



「お嬢様も知る時です」



「え……?」



「貴方を縛るものなんて、もう何ももないってね」


 そう言うと、ピエロはとんでもない速さで、発作を起こしはじめた。



「ひっく、ひっく、ひっくひっくひっくひっくひっくひっくひっく、はいっ、10回


 ヒクヒクヒクヒクヒクヒクヒクヒクヒクヒク、はい20回、


 ヒクヒクひくっくひくっくひくひくひくっく、はい、30回」


 時には戯けたように躍り、声を昂らせながら。


「ヒックヒクヒクひっクック。ヒックヒック、40回、


 ヒくくヒッククックヒクヒック、ヒックひっくひく50回」


 彼女はなんだかおかしく感じてきた。クスクスと笑った。



「ひーっく、ひくっく。ヒクッヒック。ヒック、ヒック60回、


 ヒックヒック、ヒーヒック、ヒックひっく、ひっく、70回


 80回飛んで90回、ヒックックひくひくひくっく。」


 

 彼女は、あまりのおかしさに大笑いし始めた。涙が出るほど。



「ヒック、ヒック、ヒック……ほうら、死ななかった」


 

 ピエロはそういうと、笑い転げる彼女を尻目に、部屋を満面の笑みで出た。


 王は扉が開いた途端、転げるように彼女の部屋に入って、聞いた。



「おお、娘よ!良かった、そんなに大笑いしてーー」



 涙を流して喜ぶ王に、彼女は笑いの発作が収まるのを待って、待って、そしてーー、



「あのおかしなピエロさんを連れてきて下さいますか!?お話したいわ!たくさん見て、たくさん知りたいわ!」



 そう、言ったのだった。


最後まで読んでくださりありがとうございます。

ポイント、ブックマーク登録宜しくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ