最終話
ピエロは戦々恐々と、自分に綿を詰め、ひどく肥えた男の仮装をし、顔に戯けた化粧をし、王女の部屋に入った。そして、彼女の顔を見た途端にはっと息を呑んだ。彼女はピエロが戯けることを忘れるほどに可憐であった。ピエロは我を取り戻すと、飛んだり跳ねたり逆立ちしたり、彼女の笑いを体を精一杯誘ったが、驚くことに、彼女は笑わなかった。ひっく、ひっくと発作を繰り返すのみであった。対話もしようとしなかった。
ピエロは困惑した。話と違う。彼女が欲しいのは笑いであると聞いたが、本当は違うのではないか。そう思った時、
「つまんない、ひっく」
そう彼女は言った。ピエロはがっかりした。自分が面白くないのがやはり原因であったのか。しかし、彼女は続けた。
「つまんないの。ひっく。お父様はいっつも、こうすれば良い、こうすれば幸せになれるって、勉強やえらい人と合わせるばっかり、ひっく。今日も、意味も分からず水を飲まされたし、息だって我慢させられたし、ひっく。しかも、今日私、死んじゃうんだって。
100回、で、もう死んじゃうんだってひっく。ひっく。うぇ……」
途中から発作は、嗚咽へと変わっていた。その時、ピエロは彼女に足りない物を理解した。ピエロは彼女の隣に座って、ハンカチで自分の化粧を拭う。そうして、ピエロは言った。
「ひっく。ひっく。ありゃあ……うつっちゃいました。おじさんに、お嬢様の病気が……ひっく」
そう言って、ひっく、ひっく、とピエロは彼女のマネをし始めた。彼女は目に涙を溜めて、言った。
「馬鹿にしないで下さい!」
「馬鹿になんてしておりませんよ、お嬢様」
と、ピエロは返した。そして、さらに頬を膨らませる彼女の目を見て、ピエロは問うた。
「ところでお嬢様はなぜ、100回も発作を起こしてないのに、ひっく。自分が死ぬと分かるんです?」
彼女は狼狽えた。答えが見つからないようで、目が答えを探してキョロキョロと動いた。
「だ、だって……ひっく。お父様が言ったから……」
「王様が言ったから、お嬢様は死んでしまわれるのですか?ひっく。王様だって、発作を100回も起こした事はないのですよ?」
「えっ……」
まるで彼女は空が青いと言う常識がひっくり返ったかのように、目を白黒させた。
「お知りですか?この世には龍を斬る戦士がいるのですよ?どんな魔法だって使える賢者も、どんな病気も治せる名医だって。その方を見て、話をして、そうしてから、やっと物事は、『知った』と言えるのです」
「……ひっく」
彼女は、ひどく衝撃を受けたようで、口を半開きにしていた。
「私は貧民街の出でした。この世は盗むか盗まれるかの二つでできていると思っていました。ですから、人を笑わせるということが、どれほど楽しいか知った時は、もう、たまりませんでした」
ピエロはひどく懐かしそうに言った。しかし、彼女は対照的に、泣きそうな顔をして言った。
「私は、どうしたらいいの?私はーー」
「お嬢様も知る時です」
「え……?」
「貴方を縛るものなんて、もう何ももないってね」
そう言うと、ピエロはとんでもない速さで、発作を起こしはじめた。
「ひっく、ひっく、ひっくひっくひっくひっくひっくひっくひっく、はいっ、10回
ヒクヒクヒクヒクヒクヒクヒクヒクヒクヒク、はい20回、
ヒクヒクひくっくひくっくひくひくひくっく、はい、30回」
時には戯けたように躍り、声を昂らせながら。
「ヒックヒクヒクひっクック。ヒックヒック、40回、
ヒくくヒッククックヒクヒック、ヒックひっくひく50回」
彼女はなんだかおかしく感じてきた。クスクスと笑った。
「ひーっく、ひくっく。ヒクッヒック。ヒック、ヒック60回、
ヒックヒック、ヒーヒック、ヒックひっく、ひっく、70回
80回飛んで90回、ヒックックひくひくひくっく。」
彼女は、あまりのおかしさに大笑いし始めた。涙が出るほど。
「ヒック、ヒック、ヒック……ほうら、死ななかった」
ピエロはそういうと、笑い転げる彼女を尻目に、部屋を満面の笑みで出た。
王は扉が開いた途端、転げるように彼女の部屋に入って、聞いた。
「おお、娘よ!良かった、そんなに大笑いしてーー」
涙を流して喜ぶ王に、彼女は笑いの発作が収まるのを待って、待って、そしてーー、
「あのおかしなピエロさんを連れてきて下さいますか!?お話したいわ!たくさん見て、たくさん知りたいわ!」
そう、言ったのだった。
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