第一話
「道化よ。我が娘を笑顔にするのだ。失敗すれば国外追放……いや、断頭台に並ぶ事となるぞ」
いきなり告げられた物騒に文言に、道化はひどく混乱した。
時は遡る。
※ ※ ※
サーシャ。サーシャ=セレナーデ。深窓の令嬢という言葉がこれ程に似合う女性はこの世にいないとまで言われる程大人しく、見るものを引き込ませる美貌を持った王家の娘である。彼女の喋る姿は母である妃ですら見ることがなかったと噂されるほどである。しかし、勉学、また魔導学に優れた稀代の才女でもある。他国の貴族が、王子が、その姿を一目みたいと押し寄せるほどその名は浸透していた。
しかし、彼女が生まれてから12年を数えることとなったその日、その祝われるべき日に、皮肉にも、かの恐ろしい病は彼女に襲いかかった。
国で治せないものは無いと最も名高い名医は言った。
「いかなる回復魔法も、この世に現存する全ての医術を結集させようと、あの病の進行は止めることが出来ません」
国で未来すら知れると最も名高い賢者は言った。
「原因は分かりません。胸が本人の意思に関わらず痙攣を、発作を起こし、呼吸を著しく阻害するのです。物を言うことさえ満足して出来ません」
国の興亡すら握ると言われた最も名高い剣士は言った。
「今までそれを発症した敵国の剣士は見たことがありますが、生き残った人間はいません。魔物などの類ですらありません。それに、その発作が100回出るまで耐え切った人間はいません。つまり、申し上げにくいのですがーー」
限界だった。妃は失神した。我が愛しの娘が不治の病にかかってしまったのだ。それを見て危機感を覚えた王が、
「頼むから、何か治療法はないのか」
というと、名医は、
「治療法とまではいきませんが、水を飲んだり、息を止めるなどすれば、数秒ですが、発作は延ばせるかとーー」
と聞いた王の行動は早かった。心を鬼にする思いで、愛娘に水をたらふく飲ませ、涙を呑んで、愛娘に息を止めることを強要した。彼女が、
「ひっく、ひっく」
と、発作を起こす度に、王には愛娘が苦しそうに見えてたまらなかった。可哀想で可哀想でたまらなかった。
発作は30を数えた。他国から大勢の手紙が届いた。その殆どに娘を治してやるから、金を、娘をくれ、という要求が書いてあり、それは王の神経を逆撫でさせるものでしかなかった。お悔やみも手紙も中身も見ずに、全て部下に破らせ燃やさせた。殆ど王は錯乱状態と言っても良かった。
「おお、娘よ、娘よ……なんと可哀想なことだろう。このままあの子は、自らが死ぬ理由すら!分からずに……」
そう言ってさめざめと泣き出したのが発作が40を超えた頃であった。ちなみに妃は目を覚ましたが、娘の惨状を耳にした途端に失禁した。
正しく、国で一番の危機である。賢者は長考した。その叡智を結集して、一番の天啓を編み出した。
「王よ、このまま、王女様が亡くなってしまわれると思うからいけないのです」
「じゃ゛あ゛、どぅずればよ゛いのだっ!!」
涙と鼻水にまみれ、あられもない姿で王は言った。
「王女様は病にかかったのではありません、今日、生命の火を燃やし尽くされるのです。火は消える時にこそ輝きます。故に、今日こそが、王女様の人生において、最も輝くべき日なのです!!」
「なに……!」
「私たちは、その手伝いをするべきなのです!!」
「なに……!!」
王はまるで自らに雷か落ちたかのように思えた。そうだ。私の使命はただ一つ。娘を幸せにする他にないのだーー!!
王はまず、娘に何が足りないかを考えた。すぐに思い当たった。笑いだ。笑顔だ。娘にはそれが足りない。娘にそれを、満足すぎるほどに、与えるべきなのだ!
王はたまたまそこに居合わせたピエロを呼んだ。運悪く貧民街の出身だったので期待していないが、出来なければ追放との条件で、娘を笑顔にさせるように頼んだので大丈夫であろう。
すると、ピエロは言った。
「王女様と二人きりにさせてくれ」と。
王は悩んだが、娘ほど大事なものはこの世になかったので、承諾した。