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空に浮かぶ太陽と、地に沈む月

作者: Lrmy

辺りは暗く闇に包まれていた。


街灯はあるが、ほんの少しだけ。


私の体を照らしていたのは街灯の光ではなく、円月による月光だけだった。



「……」


人通りは多くは無いが全くいないというわけではなく、数人がこちらを見たが関わらないようにしようとしたのか、全員が目を逸らした後に逃げるように歩いて行ってしまった。




場所は駅前。


しかし都会ではなく、どちらかというと田舎に近かった。


田舎と言っても、すぐに壊滅しそうなほどの田舎でもなかった。


ある程度高い建物もあるが、場所によっては田んぼが広がっているとか、そんな感じだった。



なぜ私は駅前に無言でいるのか…


それは、家出をしてきたからだった。


この前お父さんが死んでしまって、その影響でお母さんがおかしくなってしまった。


ある日突然、お母さんから暴言を吐かれたり、暴力を振るわれるようになった。


私には小学3年生の妹がいたのだが、お母さんがおかしくなってしまってから、いつの間にかいなくなっていたのだ。


流石に身の危険を感じ、家を出たはいいものの、行く宛てが無くてこのままだと飢え死にしそうだ…


まぁあの家で死ぬよりも、ここで野垂れ死んだ方が幾分かマシだろう。



 * * *



冷え切った風がボロボロになった服を通り抜け、体を冷やしながらこれからのことを考えていると、ふと声がかけられる。


「君、どうしたんだい?こんなところに座り込んで?」


声のした方を見上げると、そこには私より5年くらい年の離れているであろう男性が中腰でこちらを見ていた。


「顔を見るに辛いことがあったんだろう」


そう言われると、私は黙って下を向いた。


「行くところがないなら僕にいてきてもいいよ。助けが要らないならそこに座っていると良い」


笑いながらそう言葉を捨てると、何も無かったかのように後ろを振り向き歩き出してしまった。


本当なら危ない人なのかもしれない、しかしこの人に付いて行かないと死んでしまうのもまた事実。



最悪の場合は体を売ってでも生きるしかない…


どのみち、あの家よりはマシだろうから。


決心がついた私は、青紫色に腫れた肌を気にしながら歩き出した。



 * * *



廃ビルの並ぶ商業地域を抜けていくと、男は急に立ち止まり後ろを振り向き


「あれっ?附いて来てたんだ?」


と、分かりやすく不思議そうな顔をして、呟くようにそう言った。


私が付いてきているのを知っててそう言っているのだろう。



「附いて来たなら紹介しよう。ここは僕の家さ!」


中は、高校生か大学生くらいの男性の一人暮らしとは思えないほど広く、そして綺麗だった。


「家に帰る時になったら言ってよ、迎え出してやるから」


男が家に帰る時と言ったので、私は初めてこの男に大きなコミュニケーションを取った。


「そんな大きく首を振らなくっていいだろ…そんなに帰りたくないのか?」


男に取ったコミュニケーションとは、横に首を振ることだった。


「まぁいいや、気が済むまでここに居たらいいよ」


「ありがと…」


初めてちゃんと言葉を出せた気がする。


「あっそうだ!まだ名前聞いてなかったね。俺は『蓬屋憐よもぎやれん』って言うんだ。君の名前は?」


「私は…」


いつも使っていた名前を口にしようかと思ったが、あんな親に付けられた名前なんていらないと思い直し口をつむぐ。


「私に名前は無い…だから何て呼んで貰っても構わない」


「何て呼んで貰っても構わないって…名前が無いのは不便だから名前つけていい?」


「うん」


私が小さく呟き、下を向くと憐は走って部屋の奥に消えていった。


ガサゴソという音が数秒間聞こえ、何かを見つけたであろう憐がまたもや走ってこちらへ戻ってきた。


憐の手には白紙とペンが握られていた。


「よーし…」


スラスラと紙の上をペンが走り、そこには『光』と書かれていた。


「今日から君の名前は『ひかり』だ!」


そう言って紙を私の前へ突き出してくる。


久しぶりに宝物を貰った。



 * * *



男と過ごす日々が始まり数日が経った。


青紫色に腫れていた肌は、少しずつだが肌色に戻り始めた。


数日が経ったといったが、私は男に体を求められることは無かった。


男曰おとこいわく、「俺は皆が模範にするような紳士なんだ。所謂ジェントルマンという奴さ」とのことだった。


その後も「誰かのためになりたいだけだ」とか「喜んでくれる人が居るならそれだけで嬉しい」とか偽善者じみたことしか言わなかった。



控えめに言って意味が分からない。


私のようなどこの骨ともわからない人間を無償で家に住まわせている。


強いて言えば『家事をしておいていてくれると嬉しいな』と言われたので家事をしているだけだ。


家事をしていると言っても、この家は元々綺麗で掃除の必要は殆ど無いし、朝と夜は家にいる憐がご飯を作るので家事という家事はしていなかった。


流石に申し訳なくなったので料理くらいはやらせてくれと頼んだのだが、「いいよこれくらい」とやんわり断られてしまった。


ここまで私に条件が良いと、まだ体を求められた方が安心できるというものである。


善意のみで私を助けているなら、憐は相当な変人なのだろう。



何か私にできることを探すとしよう。彼の為に、そして私の為に。



 * * *



家に住まわせてもらってから数か月が経過したが、来たころとあまり変わっていなかった。


変わったことと言ったら、私が心の中で憐を信用することができたのか、話をすることが増えてきた。


よく話をするようになってからだったろうか、比較的綺麗なスマホを渡された。


中には一件のみ連絡先が入っていた。


連絡先には憐と書いてあり、憐から理由を聞くと『連絡できた方が色々楽だろ?』と返された。


確かに、憐の言っていることは正しい。しかし普通に考えて、昔のだからと言ってスマホを人にポンと渡すだろうか?


深く考えても仕方ないか…信頼されてると考えておくことにしよう。



そして、気づいたことが一つある。


ここは商業地域を抜けてきたと思っていたが、窓から廃ビルが並んでいるのが見えたので、ここは商業地域の中のようだった。


なぜこんなところに家を建てたのだろうか?


それだけじゃなく、憐が家を建てられた理由も分かっていない。


借りているのならほかに貸している人がこの家に住んでいてもおかしくは無いはずだが、数か月ここにいて憐以外の人を見かけたことが無い。


憐は家を買ったりできるような年齢には見えないのだが…



 * * *



家に住まわせてもらい始めて半年近くが経過した。


体を求められることは全くなかったし、家を貸してくれる理由も分かっていなかった。


つまり、何の進展もなく半年が経過したのだ。


肌は綺麗な肌色に戻っており、昔と比べ食事も豊かで、血色良く健康的になっていった。


このままずっとここで暮らすのかな…と考えていると、貰ったスマホが初めて鳴った。


会話をする時は、決まって対面して話をしていたので、初めてスマホから音が出たのを聞いて少し感動した。


笑顔でスマホを点けると、そこには『隣の廃ビルの屋上で待ってる』とだけ書かれた。



 * * *



消えた笑顔を連れて、私は急いで指定された場所へ向かう。


「はぁ…はぁ…」


久しぶりに走って息が切れてしまった。


しかし、走れるほど健康になれたことを憐に感謝することにしよう。


やっとのことで階段を登り切り、半年前と同じような冷たい風が吹いている屋上へ辿り着いた。


「憐…どうしたの?こんなところに呼んで?」


「やっと来たか…光」


憐はフェンスに肩を乗せてこちらを見ていた。


「少し…話をしようか」



 * * *



「話って?」


改まって何だろう?


「話ならこんな寒い所じゃなくて家ですればいいんじゃない?」


そう尋ねると、


「いや、ここでいい。というかここじゃないと駄目な話だな」


廃ビルでしか話せない内容ということだろうが、そんな話あるのだろうか?


ず、俺があそこに住んでいた理由からだな」


「…」


黙って憐の次の言葉を待つ。


「あそこは貰い受けてたんだ、誰にっていうのは俺の命の恩人からだな」


憐に命の恩人がいるのか。


昔何かあったのだろうか?


「俺は高校に入ってから虐められていたんだ。遂には耐えきれなくて家を出た」


「虐められていた…?」


「そうだ。行く宛ても無くて彷徨さまよってた時、同い年くらいの女の子に声をかけられたんだ。あの家はその女の子の親の物だったというわけだね」


「じゃあ…その女の子って…今……」


「その質問の答えは”無い”な」


「無いって…?」


「端的に言えばこの世にいない。僕の経っている位置と全く同じ場所から飛び降りたんだ」


「それって…」


「自殺だな。最後はとても綺麗な笑顔で落ちていったよ」


それじゃあ、今から憐がしようとしていることって…


「憐!」


「来るな!今すぐにでも飛び降りないといけなくなる」


「なんで…」


「もう少し話そう…これで最後だから」


これで最後なんて…なんで私の欲しいものは全て消えて無くなってしまうの…?


「名残惜しいな…光と過ごした半年間は楽しかったよ」


「じゃあ…」


「考えを改める気は無い。僕もあの人と同じように人の為に成れて、そして逝けるんだ」


私の目からは涙がとめどなく溢れ出ていた。


無邪気な赤ちゃんの様にではなく、年頃の女の子の様に。


「話はこれで終わりだ。光も、誰かの生きる意味に…」


そうして、憐はフェンスの向こうへ逝った。


とても醜く整った笑顔で。



「あっ!」


手を伸ばしたが、振った手は空を切っただけだった。


その日は朔を望んでいた。




 * * *




行く宛てができた。


憐が残してくれた家だ。


そこには、かなりのお金が余っていたので、生活はできるだろう。


しかし、生きる気力があるかと言われたらとても肯定できる状況では無かった。


自殺しようにもこのままでいいのだろうかという考えが脳裏をよぎる。



歩いていると駅前に来てしまっていた。


とても見覚えのある場所だった。


私が座り込んでいた場所に、同い年くらいの男の子が座っていた。


「ねぇ君…どうしたの?」


今日は驚くほどに円月が輝いていた。

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