お姉様が聖女なんて羨ましいのです!私が聖女になって王太子妃になるのです!
「狡いのです、羨ましいのです、シュトーも可愛いドレスが欲しいのですぅ!」
「今日はグリュッツェの誕生日パーティーのドレスを作るのです。大体シュトーは」
「嫌ですわぁ!シュトーはピンクの新しいドレスが欲しいのです!ピンクのドレスとクリームイエローのヘッドドレスが欲しいのですぅ!シュトーの可愛い姿がお姉さまへのお誕生日プレゼントになりますのっ!」
アイスバイン伯爵家では自称愛され伯爵令嬢シュトーがソファーにひっくり返ってバタバタと蠢いていた。実際、シュトーは豊かに艶めくプラチナブロンドにくるくると表情を変える濃い紫の瞳をもち、唇は血の様に紅く、頬は薔薇色、秀でた額と雪の様に白い肌を持った十六歳。
スレンダーな体で可愛らしいドレスも美しいドレスも着こなし、歌えばよく通る声は絶対音程を外さないカナリアの様、一度ダンスホールに出れば空を飛ぶ鳥の様に優美に泳ぐ魚の様と讃えられ、社交の場では皆に美しきムーサと呼ばれて好意的な視線を集めている。
が、それは外での話。一度身内だけとなれば、姉の全てを妬み欲しがり手に入れる我儘全開となり、アイスバイン伯爵家でのシュトーは良くも悪くも妖精の様だと言われ『我が家の妖精パック』と呼ばれている。
困り者ではあるけれど欲しい欲しいをしていない時は、家族思いで色々なアイディアを出したり、真面目に勉強や刺繍や音楽を学び、社交場ではたくさんの人と関わってアイスバイン家にとって利益になる付き合いを齎すのだ。
「シュトードレスは安い物では無いのよ?領民からの税金で我が家は成り立っているのだから、行事も無いのに高いドレスを二着も作れないわ」
「じゃあじゃあ、お姉さまの今持っているドレスと髪飾りをシュトーがリメイクして差し上げますの!新しい物よりももっともっと素敵に出来ますわぁ!その分のお金でシュトーのドレスを作れば宜しいのよ」
ね?と可愛らしく小首を傾げるシュトーにグリュッツェが苦笑いしつつも「仕方ありませんね。でも前に着た事があると言われない様に、リメイク出来るかしら?」言えば、ささやかどころか大平原もかくやと言った胸を自信満々にそらせて破顔する妖精シュトー。実際、今まで同じ様な申し出をした時に作ったドレスやアクセサリーは、全て誰もリメイクだと気付かず素晴らしい出来で工房を聞かれて困ったものだった。
「狡いのです、羨ましいのです、お姉さまのリボンはシュトーの方が似合うのです!」
「狡いのです、羨ましいのです、お姉さまのお友達の会に一緒に行くのです!」
グリュッツェ・アイスバインはストレートの銀髪に薄紫の瞳、キリッとした落ち着きのある貴族らしい淑女の十八歳。女性が十人いれば上から七、八番目に位置する位に整った顔つきだが、異性受けは宜しくない。冷たそうだとか、キツそうと言われてしまう。
実際のグリュッツェは真面目で熟考してから話すタイプであり、己の立ち位置を理解し思いやり深い。友達は皆グリュッツェを信頼し頼りにしているし、いつもくっついて来るシュトーの、貴族から平民まで謎のルートで仕入れた様々な情報や、現在の流行りだけでなくこれから流行ると思われる服装から飲食物といった話を楽しみにしているので、良い交際関係を築けている。
シュトーはグリュッツェの全てを羨ましがり、ドレスもアクセサリーも玩具も化粧品もその他ありとあらゆる物を奪って来た。流石に何でも欲しがるシュトーを両親はキツく咎め続けているが、その度に癇癪を起こしジタバタと蠢く。そして『代わりを用意します!』と言い、実際に私物と交換したり、別の物の案を出したり、今ある物をリメイクして持って来たりして、貰いっぱなしという事はしない。
そんな状況、且つグリュッツェは然程物に執着する性格では無かったので、シュトーが騒いで両親や使用人達に迷惑を掛けるよりは、自分が引いた方が早いと完全に理解していた。しかも、シュトーなりに線引きがあるらしく、どうしても譲れない物、親友に貰った贈り物であったり祖母の形見のアクセサリーといった物は決して強請らなかったので、大きな問題にはなっていなかった。
そうして長い間、グリュッツェはシュトーが欲しがる物をずっと譲り続けて、否、シュトーの差し出す物と交換していたのだ。これまでは。
「狡いのです、羨ましいのです、お姉さまでなく、シュトーが聖女になりますわぁ!」
流石に無理だ。アイスバイン伯爵夫妻とグリュッツェは頭を抱えた。
大聖堂に宣託が下り、グリュッツェが公平と正義の聖女とされたのに、それを譲るのは無し無しの無し。不可能なのだ。
「シュトーが聖女になって、王太子殿下の婚約者になり、王太子妃になるのですわぁ!」
「シュトー!それは無理よ!」
「無理ではありませんわ!わたくし、この様な時の為に、多くの習い事と言語と政治経済と礼儀と各国情報と国内情報と国内外の歴史といった、あらゆる知識と技術を身につけましたの。確かに、お姉様は聡明で優しく思いやりに満ち溢れ多くの言語を読み書き出来て未婚の令嬢の手本とされておられますが、このシュトー、お姉様に決して引けを取りませんわ!」
「でもねシュトー、聖女になるには大聖堂の大神官様から指名されなければいけませんし、必ずしも聖女が王太子殿下の婚約者になると決まっている訳ではありません。第一シュトーは「大丈夫ですわ!」え?」
「ふふふふふ、お父様、お母様、お姉様、シュトーは必ず聖女になってみせますわ!馬車を出して下さいませ。今から大聖堂に向かいます」
ふんすふんすと意気軒昂のシュトーに、これはもう大神官様に思いっきり否定されるのが早いとアイスバイン伯爵夫妻はシュトーと共に馬車に乗って大神殿に向かった。
残されたグリュッツェは小さくため息を吐きながら「これでもう聖女になりたいとは言いませんわね」と小さく呟いた。
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グラーシュ王宮の大広間ではこの度聖女認定されたアイスバイン伯爵令嬢のお披露目が行われている。大神官からアイスバイン令嬢が聖女である神託が降り、祈りの間で女神像から祝福の光を受けたという発表ののち、王から聖女へ王国の安寧を願う祈りが行われ、その後、各々交流やダンスや軽食などを楽しむ会が始まるのだ。
「グリュッツェ・アイズバイン嬢が女神ユースティにより、公平と正義の聖女としての祝福を受けた事を大聖堂からお伝えする」
「聖女グリュッツェ、我がグラーシュ王国に正義と公平の祈りを」
「畏まりました。国民の皆様を思い、祈らせていただきます」
「シュトロ、シュトール・アイスバインじょ、嬢が女神フリーディアにより、平穏と癒しの聖じ、聖女、聖女としての祝福をした事を大聖堂よりお伝えする」
「聖女シュトロ・シュトール」
「陛下、私はシュトールでございます」
「うむ、失礼した。聖女シュトール、我がグラーシュ王国に平穏と癒しの祈りを」
「はい。皆さんがいつも安らかでありますように、そして病気や怪我で辛い思いをしている方々の平癒を祈りますわ」
どうしてどうしてこうなった?
聖女二人にキラキラと祝福の光が降り注ぐ中、アイスバイン伯爵夫妻とグリュッツェの頭の中で『どうしてこうなった?』という単語がぐるぐると回転していた。グラーシュ王国は様々な加護の力を持つ複数の女神を信仰しているのだが、建国以来複数の聖女が存在する事は無かった。聖女ではなく神の愛子という祝福を受ける者はいる。実際に王太子であるシュティッヒがそうで、豊穣を司る女神ディルティアの愛子だ。シュティッヒが心正しく国と国民を思い政務に励み王を支えて日々、女神と国民に感謝を忘れぬ限り、ディルティアは豊かな実りの力を民の努力に応じて降り注ぐ。
どちらかが聖女でどちらかが愛子なのでは?そして聖女は正統的な流れで先に宣託が降ったグリュッツェで、後から認められたシュトーことシュトールは愛子なのではないか?
アイスバイン家から大聖堂や大神官に問い合わせるのは神を疑うという不敬にあたる為、確認もままならないが、かといって放っておく訳にもいかない。どういう方法で聖女認定されたのかと夫妻とグリュッツェ、事情を知る使用人達でシュトーにあれこれと質問したのだが、『シュトーは女神と大神官様から聖女として認められましたわ』と満面の笑みで応えるばかり。
そして今日、実際に大神官から二人とも聖女認定のメダリオンを授けられ、王もそれを認めた。確かに、今まで聖女が二人同時に存在した事は無かったが、これは王と貴族の正しい治世と国民の善良さや勤勉さを女神に祝福された結果だと皆が大喜びしているのだ。
そう、アイスバイン家の事情を知る者以外は。
「アイスバイン卿と奥様、この後、聖女様方には王太子と共に馬車に乗って王都の民へのお披露目をお願い致しますので、王家の方々と貴賓室でご歓談下さい。私もご一緒しますので、どうぞこちらに」
矍鑠とした老齢の大神官が、普段は厳しいその顔を破顔させて伯爵夫婦に声を掛けた。夫婦は顔を見合わせて、ゴクリと唾を飲み込んだ。聞くなら今しかない。大神官もシュトーに対しての聖女認定宣言の時、動揺していたではないか。
「大神官殿、そもそもシュトールには聖女の資格が無いのではないですか?」
「はて?アイスバイン卿は神の神託に疑いをお持ちですかな?私も初めは驚きましたが、今はもう感激しかしておりませんぞ。アイスバイン卿と奥様は神に祝福された聖女様をお二人もお育てになりました。是非、その育児の秘訣を皆に広めていただきたいですな」
だめだった……。一番の謎は解けないままだった……。
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アイスバインの聖女達は王宮に居室を与えられ、姉であるグリュッツェと王太子の婚約が発表された。王太子は22歳、グリュッツェが成人を迎えた18歳で歳まわりも良いと王国議会でも全員一致祝福され、シュトーのみ頬をぶんむくらせて自分の方が相応しいと反対したけれど未成年の16歳、しかも聖女が二人とも王家に入ってしまっては、奇跡の聖女達を王家が独占する事になってしまうし、アイスバイン家を継ぐ者が居なくなってしまう。
更に、大神官が示唆した様に聖女を二人輩出したアイスバイン家で、聖女であるシュトーが愛する伴侶を迎え、伯爵夫婦がそれを支えれば、次代にも聖女や神の愛子が期待出来る。
グリュッツェは日々祈りを捧げながら裁判や行政等の法を司る役所をまわった。生来真面目で人間関係を円滑にする為の規則や礼儀を重んじるグリュッツェにとって、堅苦しさは安心感に変わる。時々、シュトーがやって来て、高価な文房具やちょっとしたアクセサリーを強請って持って行くが、実家にいた時よりもお互い忙しく楽しそうにやって来る妹の可愛い我儘だと思って気にならなくなっていった。
勿論、やって来る度に『王太子の婚約者の座を譲って下さい』と言ったり、『そろそろ婚約破棄しませんか?』といった手紙が届く事には苛つくが。
シュトーは王都の救貧院や病院を一通り巡ったのち、王都から近い街や村に訪問する様になった。可愛いシュトーには可愛い馬車が必要ですわ、と主張して、薄ピンクの地に白の飾り彫、窓枠にはピンクゴールドで花の象嵌飾りがなされた癒しの聖女の馬車は行く先行く先で大歓迎された。
祈りや治療を行なっている時のシュトーは常に無欲で真摯であり、己の苦労をものともせず、慈愛に満ちていて、多くの民を心酔させた。アイスバイン夫婦とグリュッツェにとっては、姉に対してだけ欲しい欲しいが止まらない事について謎で仕方が無いのだけれども。
そしてシュトーの訪問先が王宮から遠くなり、移動中や訪問先に危険度が増加すると予測された後は、聖女訪問に王太子シュティッヒが随行する様になった。豊穣の祝福を持つシュティッヒと癒しの聖女シュトーの相性は抜群で、田舎や危険地帯に行けば行くほど、土地が開墾し辛く、危険が多く、医療が進んでいない為、シュティッヒが豊穣の祈りを捧げる傍らで、シュトーが病人や怪我人を治療し、二人で新しい綺麗な井戸を掘削する地点を選んだ。
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「聖女グリュッツェ、本当に申し訳ない。王家の都合でグリュッツェ嬢を婚約者としながら、聖女シュトールと地方巡業をしているうちに、お互い惹かれ合う様になってしまった。このお詫びは如何様にもする。どうか私と聖女シュトールを祝福してはくれまいか?」
やはりそうなりましたか……。グリュッツェは明後日の方向を向きそうになるのを耐え、白目を剥きそうになるのを耐えた。
辺境の慰問を終え腕を組んで見つめ合い、ふわふわした空気を纏いつつ、シュティッヒのミドルネームを呼ぶシュトー。二人仲良くグリュッツェの居室にやって来て、深々と頭を下げながら婚約解消を願い出るシュティッヒ。
「恐れながら殿下、シュトーには根本的な問題がございまして」
「大丈夫だ、私たちは愛し合っている。どんな困難があろうとも、決して二人の愛は挫けたりしない」
「お姉様、リント様はシュトーを丸ごと愛してくれてますの。勿論、お姉様がどうしてもリント様と結婚するとおっしゃるのなら、公明正大で真面目なリント様は約束を違えませんわ。でも、お姉さまにとってシュトーを一番に愛して下さるリントとの結婚は幸せとは言えないのではありませんか?」
「シュトー、良いですか?幸せ以前にですね、貴方は」
「お姉様、シュトーはフリーディア様の聖女として各地を巡り、直接たくさんの国民の皆様の声を聞きました。ユースティ様の聖女であるお姉様が王都で大変なお勤めをなさっていたのは知っていますけれど、シュトーとリント様の絆は強いのです」
「ですから、そういう問題では無く、伯爵家として偽」
「聖女グリュッツェよ、其方の憤りもよく分かるが、此度は胸に収めてくれぬか?」
厳かに部屋に入って来たシュネッケ王は、眉を顰めて遺憾の気持ちを表しつつ声を上げた。
「確かにシュティッヒに対して年齢や普段の様子から聖女グリュッツェとの婚約を願ったが、国の為に恵を齎してくれた二人の聖女の姿を見た国民は、シュティッヒの伴侶に国民の側で活動する事の多い聖女シュトールを願っているのだ。国民は国の力であり宝であり基礎である。その国民の声が間違っていない事であれば、正しく反映させるのが王の仕事だ。今度の事で、聖女グリュッツェに多大な心労を掛けた事を国の長である王としてお詫びをする。暫し、アイスバインの領地で心を鎮めて参ると良いだろう。国からの補償として聖女グリュッツェ名義で、アイスバイン領により良いライフラインの構築を約束する」
「過分のお心配りをいただき感謝致します。ですが陛下、シュトーは私の」
「うむ、姉の婚約者を妹で聖女のシュトーが奪ったなどという不名誉な事を言う者には王家と王国議会から罰を与える。決してアイスバイン家の立場が悪くなる様な事はせぬから安心せよ」
「そう言う事ではなく、まだ未成年で社交会デビューも済ませておりませんし」
「グリュッツェ嬢、私は誠意と真心を持って聖女シュトールと共に成長していく事を誓う」
「殿下の誠意と真心は信じておりますが」
「陛下と殿下のお言葉に不安を感じるなんてお姉様はお疲れなのですわ。世話係の皆さん、お姉様を領地に送って差し上げて下さい。無理な行程にならない様に、労って差し上げて下さいね。私もフリーディア様にお姉さまの健康をお祈り致しますわ」
いや、そうではなくて、と慌てるグリュッツェを労りつつ、世話係に任せて部屋を出た王達は、慶事である婚約発表と婚姻式の日程を話しながら廊下を進んで行った。そして善は急げとその足で王国会議に事情を説明し、満場一致で即日の婚約発表を行なったのだ。
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「お父様、お母様、これはもう絶体絶命です」
「そうだな、どうしてこんな事に」
「あなた、グリュッツェ、こうなってしまったからには家の者達と領民を守らねばなりません」
「陛下は公平な方。態とでは無いが虚偽を行なった我が家に対して、どの様な判断をなさるだろうか」
「陛下には時期を見て穏便にお話しするつもりでしたのに、シュトーが戻って来てからと思っていたのが間違いでございました。弁解は無理としても、聖女として王国の為に粉骨砕身お仕えして私達の大切な人々を守りましょう」
王都から離れてもグリュッツェは毎日領地の聖堂に足を運び祈りを捧げ、王都や地方領主や行政官から送られて来る法に関わる問題に対しての返信をしつつ、両親と領地の為に働いていた。
一ヶ月過ぎて、『二ヶ月後に婚姻式をする』と日程が送られて来た。
「何でこんなに早く」
「王太子の結婚式なのに準備期間が少ないわ」
「王都に居た時に、聖女の婚姻式は豪華に行うよりも神聖に厳かに行うものだと聞いておりました。殿下とシュトーは地方の見まわりが多いので、未婚の二人が向かうよりも愛子と聖女の夫妻という確たる結びつきがある方が喜ばれるのでは無いでしょうか」
「陛下への御目通りを最優先にすべきだったか」
「今更言っても意味はありませんわ。お母様、大聖堂からのお返事は?」
「女神様が聖女として認められたのだから、シュトーは聖女以外の何者でも無いという事でした。貴族院の戸籍も確認したのですが、グリュッツェもシュトーも聖女として書き換えられていました」
「その前の書類は?」
「女神の聖女が過去をあれこれ取り沙汰されるのは、女神に対して畏敬の念が無く神罰を受けてもおかしくない行為なので、破棄しているそうです。過去に、平民や奴隷出身の聖女を虐げた不心得者が神罰を受け、聖女を守るべき王族や神官達も手落ちがあったと神託と罰を受けた記録があるそうです。どんな罰かは秘匿されておりますが」
「兎に角、内密に謁見の許可を早馬で出して、結婚式参列の為にも急ぎ王都に向かうぞ」
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複雑怪奇な表情のグラーシュ王と王妃と宰相と大神官の横で、蕩けるような眼差しと優しい手つきでシュトーを支え寄り添うシュティッヒ。
近衛騎士さえ扉を隔てた外での警備にした少人数用の謁見室で、王達を前にグリュッツェ親子は跪いて頭を下げていた。
「聖女グリュッツェ、アイスバイン伯爵夫妻、此度は縁を繋いだ家族としての場だ。座って楽にしてくれ」
「しかしながら陛下、わたくし達は多大な罪を犯しました」
「それなのだがな、なんと言って良いものか……」
「陛下、アイスバイン卿と聖女様が罪人というのであれば、大聖堂にも問題があったとなります。神々を祀り神託を受け神の奇跡に感謝を捧げる大神殿としては、この状況は女神のお導きだと判断しております」
「だそうだ」
複雑怪奇にどよーんと澱んだ空気を生み出す七人をものともせず、お互いを思い合う婚約者達は祝福された愛に包まれて幸せいっぱい状態だ。
「お父様、お母様、お姉様、安心して下さいな、シュトーのお腹の中にはリントとの愛の結晶が宿っておりますの!お医者様にも診察していただいたわ!」
「はぁ?」
「そうなのだ、アイスバインよ。聖女シュトールは子を授かった」
「ああっ!」
「大丈夫か⁉︎ 陛下、妻が御前で失礼を!」
「気にするな。王妃も医者達の話を聞いて一度倒れておる」
「ええ、わたくしもそうでした。侍女達に夫人を客室に運ばせましょう。陛下、わたくしも夫人に付き添いますわ」
ベルで呼ばれた侍女達と王妃とアイスバイン夫人が退室する。
「シュ、シュトー、貴方は、貴方は、シュトールではなく、シュトロイゼルでしょう!わたくしの弟です!」
「嫌ですわ、シュトロイゼルなんて無骨な名前。シュトーは女神に聖女として認められたシュトールなのです。女神に聖女として認められ、リントと愛を育んだ結果、お腹に赤ちゃんが宿ったのですわ!既に妊娠三ヶ月ですの!すくすく順調に育っておりますわ!」
シュトー以外の視線がシュティッヒに突き刺さる。
「私は此度の事でよく分かった!性別など些細な事だと!真実の愛を育んだ聖女と愛子に女神は最高の祝福である御子を授けて下さったのです」
どうしてどうやって???疑問は膨らむが愛し合う真実の恋人達は全くもっておかしな事はないと主張する。
「これこそ神の奇跡!」
「シュ、シュトー、いえ、シュトロイゼル、貴方は男なのだから本来聖女にも慣れなかったのですよ?」
「聖女グリュッツェ、その事ですが大神官である私から申し上げます。私も間違いではないかとフリーディア神に祈りを捧げましたが『性別など些細な事を気にしてはいけない。シュトロイゼルは善良で素直で心優しき者であり、平穏と癒しの聖女に相応しい』との神託を受けました。これは陛下もお受けになっておられます」
「うむ。女神の神託に逆らうのは天に逆らうと同じ。シュトロイゼル改め、シュトールは聖女である」
「し、しかし、男性同士でお子を、え、もしかして、殿下の性別が」
「私は生まれてこの方ずっと男だ。それにシュトーも言っただろう。シュトーが子を授かったと」
グリュッツェの頭の中を理解出来ない内容がぐるぐると過ぎる。
シュトーは男で、殿下も男で、シュトーが女だったら他所から子供を授かれるけれど、女だったら普通に殿下との子を授かって、医者の誤診の可能性は、でも複数の御典医が誤診をするなどあり得ないし、どうやって入ったの?、そしてどうやって出て来るの?
それ以前に女神フリーディアはどういう判断で弟を聖女に?、男だったら聖人で良いのでは?なのに聖女?、そういえば前に男なら聖人だと言いかけたら聖女認定されたと言われたし、聖女を騙る者にはその場で損罰が降る筈。子供達のお遊びでも、聖女ごっこは禁止されていて、厳格な女神は子供のごっこ遊びでも聖女を名乗った時点で数日声が出せなくなるという罰がある位で。だからシュトロイゼルが聖女シュトールとなったからには、聖女なわけで……。
「あまり具体的に突っ込むと寝込みそうでな、儂も聞いておらん」
「安心して下さい!愛と!癒しと!豊穣の力の奇跡です!胸など飾りですわ!私には胸の代わりにもっと凄いも「シュトー!」お姉様は恥ずかしがり屋さん、ですものね」
そういう問題では無い。
「神の奇跡でシュトーがお子を授かったのは分かりました。ですが、神の奇跡なのであれば、シュトーが一人で懐胎したと考えるべきでは無いでしょうか?」
「安心して欲しい、聖女グリュッツェ。愛子の私に女神ディオルティアが夢枕に立ってこう仰られた。『シュトールの子は愛子との子である』と。それに私達は日々愛を育んで、お互いを求め合い、くちび「分かりました、分かりませんが分かりました」」
「それにそれにお姉様は公平と正義の聖女でいらっしゃるのですから、私が嘘偽りを言えばそれを看破出来ますよね?私は嘘をついておりますか?」
シュトーをジーッと眺めた後、グリュッツェはがくり、と膝をついた。
「し、真実ですわね、確かに……」
「聖女とは性別などを超越した心の在り方なのです!」
「ああ、私の妻は何と神々しく美しく愛らしいんだっ!胸の代わりに付いてい「殿下っ!それに言及してはっ!」愛しくて愛しくて仕方が無い!」
「愛するリント!二人で、子供が浮かれた暁には三人で、この愛と幸せで国中を満たしましょう!」
「愛するシュティ!ああ、この胸にピッタリとフィットする抱きしめ心地!君の鼓動を強く感じるよ!そして愛らしいその唇!今すぐ食べてしまいたい!」
「それは古の言葉、ナインペタ「お姉様!お姉様にもこの愛を分けて差し上げますわ!」」
「い、要らないわ……」
ーーーーーー
その後、聖女シュトールはシュティッヒと顔立ちがそっくりな緑の髪に濃い紫の瞳の王孫を産み落とした。クラティウスと名付けられたその子の後、更に双子の娘達を、そして二人の王子を産んだ。子供達をどうやって産み落としたのかは不明であるが、シュトール曰く『女神フリーディア様の愛のお導き』だそうだ。
勿論、公平と正義の聖女グリュッツェによる2人の実子というお墨付き。
女神に祝福された聖女と女神の愛子の王太子はその立場を盤石のものとし、国民に愛される王太子夫妻として各地の安寧の為に飛び回りつつ、いつでもどこでもデロデロに甘い言動で周囲を胸焼けさせている。
因みに、シュトールがアイスバイン伯爵子息のシュトロイゼルだったという事実は、聖女シュトールを愛する国民に無駄な不安を与えてはいけないという事で、以前抹消された記録以外の全ての記録と、事情を知る者達に女神が認めた事に背き国を脅かした場合の神罰の怖さを言い含め、難なく葬り去られた。
聖女グリュッツェは次代のアイスバイン女伯爵として両親から領地経営を学びながら、王国の正義と公平を守る守護者として国民に畏怖されつつも、絶大なる信頼を受け敬愛されながら聖女の職務に励んでいるうちに、王国の平和を守り民を救う神聖騎士団の隊長と堅実な愛を育み皆に祝福されて婚姻に至った。
こちらも可愛い息子と娘に恵まれ、偶に遊びに来るシュトールに『可愛いですわ!お姉様にそっくりですわ!シュトーもお姉様の子供が欲しいですぅ!』ととんでも無い発言をされる度に、複雑怪奇な表情になるグリュッツェを優しく守る騎士団隊長と騎士達に『流石に子供は無理です』と満面の笑顔でお帰りいただいている。
その度に『お姉様ぁ!お姉様が素敵過ぎるのが罪なのですわぁ!お姉様の物は全て輝いておりますのよぉ!』という絶叫が漏れる王太子妃の馬車が王都を走るのを、『聖女姉妹はとても仲良しなのだな』と皆は温かく見守り、女神に感謝の祈りを呟くのだった。