鉱山窟の集落と崇敬される未名 3
「アンタたち。街道から来たんだよね? 今日はもう、『上り籠』はなかったはずだから……」
美名たちは、「サガンカ」の切り立った岩肌にへばりつくようにしてある岩道を、中年女の先導に従っていく。
小さなクミは眼下の底、夕焼けに染まる木立を一瞥してその高さに身震いすると、あとは、極力わき目を振らないようにして、先行く女と美名の後をなぞっていくことだけに集中していた。
「はい。そうです」
「ヒトもいないし、荒れた道で大変だったでしょう? アッチはもうほとんど使われてないしね」
(この道よりかはマシだったけど……)
(寝ぼけていなければ)身体感覚が抜群の美名でさえ、岩肌に手を添えながら進んでいるというのに、何の支えも作らず、あまつさえ、こちらに振り向きながら歩く女の姿に、クミは感心させられた。
(ヒトの「慣れ」ってヤツはスゴいわよね……)
「しばらく前までは、『天咲山』のお宝目指して、街道のヒトの行き来も多かったらしいんだけど、ここ十数年、めっきり、ねえ」
「お宝?」
クミの疑問の声に「うん」と応じたのは、美名であった。
「あれだけ大きい山でしょう? 昔から特別視されてるらしくて、『宝物が隠されている』とか『神々が棲む』とかいう逸話も多いんだよ」
「……山岳信仰、みたいなものね」
「それで、私と先生も『宝物とは遺物のことじゃないか』って一度、挑戦したことあるの。高くて長くて、険しくて。山頂に向かうほど息も凍るような寒さになっていくだけで、特に『遺物』はなかったなぁ」
「なんだ、お嬢ちゃんも登ったクチかい」
「はい。ここも素晴らしいですけど、山頂からの景色がスゴかったですよ。空が近くて、地上どころか、雲もスッゴい下の方で。鳥も、虫も、木も、全然なくて、静かな場所。まるで、私が神様になったみたいな……。あの景色が『宝物』かな、って、思いましたもの」
「……でも、他の『お宝』狙いの連中は、そうは思わなかったみたいよ。成果ナシに落胆して、場合によっちゃ身の危険もあって、そうしてヒトの足が遠ざかっていった結果が、あの街道の廃れ具合ってなもん。『富を欲する心は、すでにヒトが克服した』とは識者大神の『神言』だけど、まだまだヒトは、欲深だわよねぇ……」
岩肌の路がつづら折りになり、上る。ここからは、サガンカの「二階」になるのだ。
道が折れる際に正面になる遥か高い景色に頭をふらつかせながら、クミは「じゃあ」と声を出した。
「あの道を使ってないってことは、サガンカのみなさんは、どの道を使ってるの? 他の村や町に行かない、なんてこと、ないでしょう?」
「ああ……それは……」
女はホラ、と頭上を指差す。
美名とクミは彼女が指し示す方に目を送るが、そこには、夕焼けの赤の上に乗る、紫がかった「夜が来る空」があるのみだった。
「ンン……? 空?」
「まさか、このサガンカには、『動力』の『王段』がいて、空を飛んで……」
「あはは、違う違う。ま、動力で動かすってのは、その通りなんだけど、見えないかねえ」
少しムキになって目を凝らすふたり。
先に「あ」と声を上げたのは、夜目が利くクミだった。
「なんか……ロープ……? 縄みたいなのが……張ってある? 上から……下ぁ~の方に……」
「ああぁ、ホント! ホントだね!」
夕暮れの光をチカリ、チカリと反射する二条の鉄線を認めて、美名も声を上げる。
「あれが私たちの移動手段、『サガンカの岩籠』。鉄で編まれたあの縄を伝って、ヒトが四人くらいは乗れる籠で行き来してるんだ。もう少し下の『サガンヤ』って村に繋がってる」
「ほとんど、ロープウェイね……」
「このサガンカが良質な鉄鉱掘りで栄えてた、百年以上前からの移動手段だよ。その頃は、採掘した鉄鉱石やヒトや物資を、もっと大きな『岩籠』で運んでたみたい。『サガンヤ』は、その鉄鉱石の運搬の中継地点として出来た村なんだ。今ではもう、栄え具合は完全に逆転しちまってるけどね」
「ああ……。なるほど、そういうことね……」
ここでクミは、ミロココさんから教わっていた村の名前をハッキリと思い出し、自分たちがいつの間にか、その「サガンヤ」に向かう道を見過ごしていたことに思い至った。
おそるおそる見下ろし、女が指差す「サガンヤ」の村景色に目を遣るクミ。
小さな点景ではあるが、なるほど、家屋の屋根が十数軒分はありそうで、この「サガンカ」よりは人心地つけそうな村里に見えた。
(ま、でも……こういう景色と、洞窟でのひと晩ってのも旅の醍醐味ってことで……)
ほとんど自分に言い聞かせるようにして、岩肌の道からの景色を(直下はあまり見ないようにして)眺めるクミ。
茜空に、青紫の天頂。
木々の上に被さる、紅く染められた流れ雲。
小人が住まうような「サガンヤ」と、上る炊煙。
美名の言った「神様になれる景色」ほどではないのかもしれないが、クミにとっては充分、息を呑む絶景だった。
「……さ、ここが『児童窟』」
女が立ち止まる。
岩肌にポッカリと開いた穴。大人ひとり分くらいはありそうな高さ、手を拡げたヒトがふたり、悠々と通れそうな幅。明らかに人工的に整え開けられた洞穴の入り口。一見して、奥まって長く続きそうである。
「あら、サタナ……」
その入り口の岩肌に、石灰でであろうか、書き遊びをしていた子どもがいる。サタナと呼ばれたその子は、突然に現れた美名たちに目をぱちくりとさせた。
「『未名』はもう、泣き止んだかい?」
一瞬、自分のことを言われたのかと思って身をピクリとさせた美名だった。
だが、女の問いに首を振る男児の様子から、このサガンカにも「未名」の子がいるのだ、と悟る。
サタナはなにやら睨むようにして女をみると、手に持っていた石灰石を放り投げ、奥の方に消えて行ってしまった。
「なんだぁ、あの子は……」
女は美名たちに向き直る。
「……鉱山時代から、子どもたちだけを特別頑丈で、外敵からも遠い、この『穴室』に住まわせるのがサガンカの習慣なんだよ。よく珍しがられるけどねえ。さ、私たちも奥に」
やはり、奥行きがありそうな洞穴だ。
入り口に立っただけでは、最奥など見えないほどに続いている。風が通っているのだろうか、燭台として穿たれたであろう横穴の中、ささやかに揺れる、蝋燭の火。
女と美名たちとは、「児童窟」の暗い中を進んでいった。




