鉱山窟の集落と崇敬される未名 1
「や~っぱし……」
小さなクミの呟きに足を止め、美名は振り返る。
「やっぱし?」
「……明良、絶対移動してるよ」
黒毛のネコが色違いの双眸で覗き込んでいるのは、その小さな手に余る、円形の首飾り――「神代遺物・指針釦」であった。
内部に収めた身体の一部――今は、明良の毛髪が入っている――の本人の居場所を、表面の方位針と発光色とで示す遺物である。
ふたりは、「使役者」を捕らえると言って別れた黒髪の少年を追っての旅路の途中なのである。
「今朝見たときは、あのおっきい山のちょっと左側を指してたんだよね」
「ああ……、『天咲』のお山ね」
「天咲山」とは、本総大陸の最高峰である。
大陸のほぼ中心に位置し、「天咲山脈」の主峰でもある。『天を裂くほどに高く、猛々しい」というその名の由来の通り、山脈内の他の峰より、ひとつもふたつも抜きん出ている。
美名たちの現在地でも、すでに結構な標高であるにも関わらず、この高山を遠く、高く、スギ林の隙間に眺望できていた。
「今日はほとんど、あの山にまっすぐ向かう道だったのに、針は今、山頂のちょっと右側を指してるんだよ……」
「私たちから見て、西から東に移動したってことね……。う~ん……。なんだろうね? ここ一週間は方角が変わってなかったみたいなのにね」
「まぁ、針がクルクルは回ってないし、動くってことは元気なんだろうからいいけど、さ」
「……『使役者』を捕らえ終えて、旅行に行ってたりするのかしら?」
「だとしたら、呑気なモンね……」
フゥと息を吐いたクミの目の前で、銀髪の少女は後ろ手を組み、「さてさて!」とおどけるようにクルリと回る。
いきなりの相方の動作にクミはビクリとするも、フワリと銀色の髪を浮かせて踊り回る少女に、「なんだ、この可愛い生き物は」と呆けてしまった。
「もうそろそろ夕刻、私たちも、次の村里に着いて呑気したいトコロです!」
「そ、そうね……。美名、なんで回ったの?」
「踊りたい気分だったからよ」
小さなクミは、「可愛いかよ」と小さく呟いた。
「……呑気したいトコロなんだけど、次の村里の気配がまったくないのよね」
「案内札があって、それに従っていけばいいとは、ミロココさんは言ってたけどねえ……」
「ミロココ」とは、昨日にふたりが発った村里で、世話になった民家の者である。彼曰く、「『天咲街道』を歩いて一日半ほどで『サガンヤ』の村があるから、そこを宿にするといい」とのこと。
その言葉を頼り、ふたりは街道を歩いてきたのだ。
「案内札なんて……クミは、見た?」
「見ないねえ。見てないねえ」
「まさか……『去来さんの気まぐれ』……?」
しばらく固まり、ひとつ瞬きをしたあと、「え?」とクミは美名を見遣る。
「……何それ? また、居坂の諺?」
「諺……というか、なんだろうね? モノを探してて見当たらないときとかに、『去来さんがやった』とか、『去来さんが気まぐれを起こした』とか、言うんだよね」
「……うすうす判ってきてたけど、居坂って、諺や慣用句も魔名術ありきね」
それから、「う~ん」と唸って、周囲を見渡す小さなクミ。
「せめて、ヒトがいればねえ……」
「街道」とはいっても、山道険しく、道幅も狭い古道である。
一刻にふたりとすれ違えば多い方であったし、今現在も、道を尋ねられるような人影は周囲には見当たらない。立たされてでもいるように真っ直ぐに伸びたスギの木々が取り囲むのみである。
引き続き辺りを見回していたクミは、「あ」と声を上げた。
そうしてひとり、トコトコと歩いていき、止まった。
「これじゃない? 案内板って」
「あったの?」
「うん」
美名もクミの近くに寄っていく。
小さなクミの傍には確かに、板切れのようなものがある。
だが、板を支えていたと思われる木製の柱は折れており、傾き落ちた板の半分近くは土中に埋もれていた。
「強風とか嵐で折れちゃって、雨降りで埋もれちゃったのかな?」
「……『この先』……『サガンカ』……。うん、そうだね。これだ」
ふたりは案内板が元の状態であったら示していたであろう脇道を見る。
その道は、見える範囲だけでも「天咲街道」よりもさらに狭く、険しそうであった。ほとんど「獣道」と言ってよい。
「じゃあ、行こうよ。これで今晩は、野宿になっらなっいね~♪」
「……美名は今日、なんだかテンション高めね……」
鼻歌鳴らしながら先行く美名の後ろ姿を眺めつつ、クミは「あれ?」と気が付く。
(ミロココさんが言ってた村の名前って、『サガンカ』だったっけ……?)
そう思った彼女ではあったが、軽い足取りの美名に追いつこうと早足で歩いているうちに、その疑問も忘れてしまった。




