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真名神代伝  作者: ブーカン
第一章 魔名なき者たち
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転呼者と復讐者 5

 二刻にこくほど前。

 「智集館ちしゅうかん」の勤務者向け、下宿寮の一室。


「そうか……。去来の大師は、その庭に思い入れがある様子……か……」


 項垂うなだれた黒髪の少年と、訳が判らずといった様子でそれを見守る年上の少女とが、その室にはいた。

 ここは、少女――「智集手ちしゅうしゅ」受付係、ミンミの下宿部屋である。

 突然に来訪してきた少年との会話が長引きそうだと感じた彼女は、少年を室外で少しの間待たせ、荒れていた室内を大急ぎで片付けると、彼を自室に招き入れたのだ。

 そうして、ふたりで地べたに座り込み、いったい何の話かと気が動転していたところに持ち出された話が、「『智集館』の中庭に『庭師』はいるのか」という、色気いろけ面白味おもしろみもない問いであったのだ。

 ミンミは、呆れた。

 しかし、ひとつため息を吐くと、少年の真剣なおもしにも彼女は気が付いた。

 何が何やら見当もつかないが、彼にとってはその問いが大事なことなのであろう。

 ならばと、性根が親切で世話好きな少女は、「中庭」について、知っている限り、思いつく限りのことを話してやった。

 そのひとつ――「去来の大師様をたびたび中庭で見かける」という話に、少年は特段に興味を示してきた。

 ただの散歩か?

 花々を見ているだけか?

 木々はどうだ?

 植栽しょくさい道具も持ってはいなかったか?

 矢継ぎ早の問いに、ミンミは見た印象からの推測も多いが、答えてやった。

 そうして今、目の前の明良は、それらの答えを丸呑みにして、咀嚼そしゃくするようにうつむいているのだった。


「……ありがとう。おしかけてすまなかったな」

「え……?」


 突然に立ち上がり、ミンミの部屋を出て行こうとする黒髪の少年。

 その後ろ姿に、少女は思わず、「待って」と呼び止めていた。

 明良あきらが、とびらぎわで、ゆっくりと振り向く。


「……なんか……変なこと聞くけどさ……。このまま、希畔きはんからいなくなったり……しないよね?」

「……」


 少女は「ごめん」と言って、空笑いをする。


「近頃も、『智集手』に結構、来なくなってたじゃない? 何の前触れもなくさぁ。それで、その……先週あたりからは私、ちょっと……寂しいなあ、って……」

「寂しい?」

「あ、いや……」


 平手を拡げ、否定するようにフルフルと手を振るミンミ。


「変な意味じゃないよ? ……ほら、『智集手』に来るヒトって年配のヒトとか頭の固そうなヒトが多いからさ。からかう相手がいないって意味だよ?」

「……頭が固い自覚ならあるぞ」

「いや、うん、そういうことじゃ……なくて……」


 今度は口を尖らせ、膝の上で手を遊ばせはじめる少女の姿に、少年は少しだけ可笑しそうに、ふっと笑ったようだった。


「今、すごく……変な予感がしたんだ。このまま明良くん、もう『智集手』には来てくれなくなるんじゃないかなぁ、って。そんなカンジ……」

「……」


 「ねえ」と少女は、顔を上げる。


「困ってることがあったら、力になれないかもしれないけどさ、話してみてくれてもいいんじゃないかなぁ? 何か、私が助けになれることも、あるんじゃないかな?」


 少年の口は、きつく結ばれている。

 少女を見つめ、自らの足元を見つめ、また、少女を見つめる。

 そうしてようやく、その口が開いた。


「……この件は……他の……誰にも……」


 だが少年は、言葉の途中で首を振った。

 何か、自らに言い聞かせでもしているかのように、かぶりを振っていた。

 そしてふたたび、少女に目をくれる。

 その眼差しは、切れ長のきつい目でなく――少しだけ、優し気だった。


「……ミンミの魔名は、『ラ行波導(はどう)』だろう?」

「……は?」


 少女は、呆気にとられた。

 至極、気恥ずかしい思いをして話している最中に、まったくの別方向のことを少年が言ったことに、唖然とさせられた。


「え……。何? 何、言ってんの?」

「教会堂で、『魔名を当ててみろ』と、挑んできたじゃないか」

「あ……? え、えぇ~……?」


 挑んだわけではない。

 確かに、魔名のうちの「属性名」は隠したが、それはそのとき言った通り、「おまじない」なだけである。そのとき告げた通りで、遊び感覚で魔名を言わなかっただけである。

 だが、もしも、「十日とおかの間、相手に魔名を悟られなければ」――。

 それが成就した時、「どうなるか」。

 「どうなるか」を少しばかり期待して、魔名を隠した自分。

 それだけは、ミンミは口が裂けても言うつもりはない。


「……ワ行は論外。ア行とヤ行であれば、その専門性から、優先的に『附名手ふめいしゅ』と『他奮手たふんしゅ』に配属されるだろう。『智集手ちしゅうしゅ』でなく、な」


 そんな少女の想いなど、考え巡らしてもくれず、少年は解き明かしを語り出す。


「俺との会話で、『マ行幻燈(げんとう)』を他人ひとごとのように言っていた。先日の土壁で囲われた際、『ナ行』をつのったときに名乗りを上げなかった。その際には、『サ行』も他人ひとごとのように語っていた」


 つらつらと言葉を連ねる少年に、ミンミは笑いながらため息を零す。

 ああ、おまじないひとつでこんなに真面目くさって。

 やはり、からかい甲斐がいのある子だ、と呆れて、笑ってしまう。


「ほとんどのともがらは『同行どうぎょう』の大師に畏怖と尊敬を抱いているが、『動力どうりき』、『去来きょらい』の両大師(たいし)に対して、ミンミにはそんな素振りはなかった。去来大師には、変な憧れのようなものはあったようだがな」

「ま、シアラ様はスラっとしてて素敵だからね~。陰気な誰かさんと違って、理知的だし」

「……ふんっ」


 黒髪の少年は少しばかり不満そうに鼻息を鳴らすと、「残るはタ行かラ行」と続ける。


「下宿を借りてまで『智集館』に勤めているということは、ミンミはどこかの農村の出だろう。『タ行使役(しえき)』なら、そのまま村にいればいい。特別な理由がなければ、『農村の使役術者』は魔名を響かせるにはうってつけだ。残ったのは……『ラ行波導』……」

「は~い、はいはい、正解で~す。私の魔名は、リ・ミンミでぇ~す」


 呆れながら、おどけながら、「襟手きんしゅ」の姿勢で明良の明察を認めるミンミ。


「……なによ、もう。ねちっこく語ってくれちゃってさ」

「『理知的』な手法を真似しただけだ」


 少し得意気な顔が、なぜだかミンミには小憎らしい。


「……あ~あ。なんか、気が殺がれちゃった……。そういえば、このあと何か予定あるの? ないんだったら、大通りでこれから……」


 おどけた様子を続けながら誘いをかけようとしたミンミは、ハッとする。

 自室の扉際、少年の面差しの真剣さが、鋭さを増していた。


「……ミンミは、『ラ行・明光めいこう』は使えるか?」

「……使えるけど……私の魔名だと、チカっと光るだけだよ?」

「構わない。日没後、今から一刻よりあとだな……。『智集館』の大師の執務室を訪ねてきて、その『明光』を放ってほしい」

「……は?」

「戸を叩いて、返答も待たなくていい。すぐに開けて、構わずに『明光』を放ってくれ」

「いや、ちょ、何言ってるの? 私、怒られちゃわない?」

「その時、俺と大師が談笑でもしていたら……笑い話にはなるだろうな」

「……はぁ?」

「それが一番、俺としても望ましい場面だ……。すべてが笑い話になるのが、な」


 少年の瞳の哀し気な色に、彼の訳の判らない物言いに、ミンミは瞬きすることしかできない。


「……もし、俺しかその場にいなかったら……無論、誰もミンミをとがめはしない。大師のみがいるようであれば、『悪戯いたずらでした』でそらとぼけろ。きっと許してくれる……。ともかく、室に俺がいなければ、何かおかしな気配がしていたら、術を放ってすぐさま逃げろ……」

「えぇ~……? そんな、魔名術覚えたての子どもがする、『げ』みたいなコト……、大師様に向かって、本気ほんきぃ……?」


 少年は哀し気なままに、小さく頷いた。

 少女は思い描く。

 自らが所属する教区館の最高責任者、去来の大師の執務室に乗り込んで、唖然とする眼鏡の大師の目の前で、チカッと手を光らせる。

 「悪戯です!」とおどけて、笑う。

 それもこれも、そこの少年のわるだくみなんですッ!

 確かに、笑い話。

 これ以上なく、滑稽こっけい

 ミンミは思わず、小さく噴き出していた。

 やってもいいかな、と笑えた。

 その心を見たとでもいうのか、少年も、薄くだが、笑った。


「……全然、意味は判らないけど、わかった。やるよ」

「俺自身も、これが何か意味を成すかと言われると、まったく判らん。おまじないみたいなものだ」


 「おまじない」という言葉に少しだけ吃驚びっくりしてみるも、当の少年は薄く笑って、少しの動揺もないように自分を見つめている。

 あ、コイツ。「おまじない」のことなんか、もう忘れてるな、と少女は呆れた。


「叱責されたら、明良くん、責任取ってよね」

「……笑い話になるなら、俺からいくらでも説明を加えよう」


 少年は、ミンミの部屋の取っ手に手を掛ける。

 振り返るようにして、青灰色せいはいしょくの澄んだ瞳を少女に向けてくる。

 その姿にミンミはもう、「黒髪の少年がいなくなる」予感を感じることはなかった。


「……俺を助けてくれると言ってくれて、本当に嬉しかった。ひとりで気張らず、ともがらのその想いにたのむことも必要なのだ、と今日俺は学んだばかりなんだ。些細な事かもしれない。何の効も為さないかもしれない。それでも、ミンミの心配りを素直に借りてみようと思う」

「正確な時間とかも、いいの? とり何時いつごろ、とかさぁ……」

「それも……示し合わせはしない。ミンミが俺に会いたくなって、訪ねてきてくれるその時が、ラ行の大神たいしんが計らった機なのだろう」


 少しも改善されない、持って回った言い回し。

 少しも理解できない、黒髪の少年をとりまく状況。

 リ・ミンミは、それらの不可解をため息ひとつで吹き飛ばして、何も考えないことにした。

 いや――ひとつだけ、少しばかり気になる、「私が君に、会いたくなって」。


「それ……、わざと言ってるわけじゃないよね?」

「……何が、だ?」


 判っていない様子の少年に、ミンミはまたひとつ、ため息を吐いた。

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