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真名神代伝  作者: ブーカン
第一章 魔名なき者たち
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転呼者と復讐者 3

 立ち上がろうと力を込めれば、為せそうであった。

 振り払おうと奮起ふんきすれば、ほどけそうであった。

 だが、()()()()()は、無事でいてくれるだろうか。血の通っていない四肢は、これ以上壊れないでいてくれるだろうか。

 ぎってしまう考えに、明良あきらが出来ることは、奥歯を強く噛み締めるのみ――。


「この……外道がッ! 貴様は『混沌こんとん』よりも劣悪極まるッ!!」

「……そう。その『混沌』ですよ」


 シアラ大師が、歩み寄っていく。

 少年は憤怒ふんどを充満させた瞳で、その長躯ちょうくを睨み上げた。


「私に必要なのは、『かえり』でした」

「『反り』だと……?!」

「……『物語』を盛り上げる要素は、『英雄』を高める要素は、アキラさん、一体、何だと思いますか?」


 大師は眼鏡がんきょうを外すと、取り出した拭き布で硝子がらすを磨きはじめる。

 土埃に汗、ほおからいた自らの血糊ちのりにと、半刻にも満たないこのあいだで、眼鏡の汚れはひどいものになっていた。


「……その要素とは、『対となる存在』、『敵対するもの』です」

「貴様の講釈など、聴きたくもないッ!」

「……『英雄譚』に強大なアヤカムが登場するように、『魔名教典』に神々と敵対する『混沌』があるように、『かえり』があるからこそ、『物語』はヒトの心髄を掴む……」


 転呼てんこの大師は、拭き終えた眼鏡をかけ直す。

 明良をふたたびに見下ろす鏡面越しの瞳は、えとしていた。


「私は、『ワ行劫奪(こうだつ)』を得てから、私の『物語』の『反り』の必要性を、強く感じ始めました……」


 ふっと、口角を上げる赤髪の大師。


「『劫奪』は強力無比な魔名です。私の旅路に、()()()()に、強く光が差したものです。ですが、それによって作られる影に、私は怯えたものです。『うまく、行き過ぎていやしないか』、と……」

「なんのことを……言っているんだ、貴様は……」

「あなたのことですよ、アキラさん」


 大師が向ける指先に、明良は激しい嫌悪を抱く。


「……順風満帆な船は、いずれ来る嵐にあっさりと呑まれる。それを()()()()()()()()私は、自らの『反り』を用意する試みをしました。自戒し、自覚するように、自ら『敵』を作りました。それがアキラさん、あなたなんですよ」

「俺が……貴様に用意された……?」

「『劫奪』には、短所と弊害があります。魔名と同時に、相手の記憶も奪ってしまうこと。さまざまに手順が必要なこと。奪った時点の魔名からは「段上げ」ができないこと。私の――『転呼』の存在を知られてしまう可能性」


 大師は呆れるように、肩をすくめてみせる。


「おおっぴらに魔名を奪えば、記憶を失った者を生み、私自身の秘密と存在の露呈も危ぶまれる。しかし、全ての魔名を網羅するには、数十人に『劫奪』を仕掛けねばならない。ですから、各地を渡り歩く「名づけ師」のひとりを引き込み、旅人やごく小さな人里――騒ぎになりづらい者に目星をつけるようになりました。常々、『反り』のことを考えながら、魔名を奪い、葬って……」


 明良は唖然として悟った。

 自らの中の、風雪の記憶。

 視界の奥、うろ蜥蜴とかげの巨大な影のそば、ふたつある人影。

 それは、「劫奪者」と「使役者」でなく、今、目の前でわらう「転呼者」と、「名づけ師」の物だったのだ、と。


「……あれは何年前でしょうか。()()()()()()()()()()()()目的で、私たちは十数人ほどの小さな集落を壊滅させました。魔名を奪う間際、私はその少年の瞳が、綺麗な青灰色せいはいしょくであることに気が付きました。そのとき、私は思ったのです。『よし。私の「反り」は、瞳の綺麗なこの子にしよう』……」

「……そ、そんなふざけた理由……」


 明良の拳は、怒りのあまり大きく震えだした。


「少年には神代じんだい遺物いぶつと、私のもとに辿り着く手がかりを与え、野に放ちました。そして、その小さな実は結んだのです。ホラ、復讐心ひとつで私の高みに肉薄した少年が、今、まさにここに……」

「……ふざけろッ! 貴様の身勝手で、いくつの村を、ヒトを……、クシャをッ!」


 土の地面に自らの拳をしたたかに打ちつける明良に、大師はふぅ、とため息を吐くと、かぶりを振った。


「……クシャは、私の目的とは違います。上からのめいを遂げただけです」

「……上?」

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