転呼者と復讐者 2
転呼の大師は、小さく舌打ちを鳴らすと、平手を振った。
「タ行・狙子ッ!」
詠唱直後には、庭園のどこから現れたのか、おそろしい数の昆虫の群れが大きなうねりとなって黒髪の少年に襲い掛かっていく――。
「……こんな羽虫ッ! 山野で出くわす角猪の足元にも及ばんッ!」
振り回された「幾旅金」の白光を境として、明良は小さな虫ひとつ寄せ付けない。
「カ行・氷柱ぁッ!」
明良の頭上に、十数個にものぼる氷柱が出現し、直後、急降下する。
いずれの先端も鋭利に光り、その刃は少年に集中した。
「……こんなものは、ヒミの凍てつく『氷幻』にも比べられんッ!」
――たったふた振り。
それだけで、明良は十数個の氷の刃をすべて迎撃した。
「くっ?! カ行・磊嵐ッ!」
突如、強風に吹かれたがごとく、庭園の土砂が舞い上がる。
渦を巻き、天に上り、轟々と猛る、巨大な柱。
庭園の花々を根元から引きはがし、荒々しく裂き散らす、暴虐。
石が飛び、砂が舞い、花が散り、風が襲う。
その最たる標的、嵐の中心に据えるは当然、大師の敵、黒髪の少年――。
「出直して、動力大師の『石動』を見習えぇッ!!」
渦中にあって、明良の両脚は地についていた。
白刃をこれでもかと振るい、汗水撒き散らし、光の玉の中で、耐え忍いでいた。
「虚勢ばかりかぁッ!!」
頬の傷から紅い血を噴き出させながら、大師が叫ぶ。
続けざまに、魔名術の様々を放っていく。
確かに、虚勢であった。
転呼の大師が放つ、劫奪で奪った魔名術は、どれも破るに容易くはない。いずれの威力も看過できるものではない。
だが真実、明良と「幾旅金」は悉くを破っている。紙一重で耐え抜いていく。
「石動」を。「氷」を。「炎」を。「使役」された虫たちを。木々を。
少年が「幾旅金」を振る度に、彼の剣技はおそろしく深まっていくのだ。
「どれもこれも、紛い物ばかりだッ! 少しも響かんッ! ちっとも届かんッ! これならまだ、『去来』の平手のほうが、よほどの恐怖だったッ!」
「ならば消え去れッ! ハ行・縮間ッ!」
「ッ?!」
「焔矢」を斬り落としたところに、明良の足首が掴まれた。
大師の手である。
地に這うように、「何処か」から現れ出でた、「去来」の平手である。
直後、明良の姿はこの場から消失した。
「……ふぅ……ふぅ……」
肩で大きく息吐く、ホ・シアラ。
「……『智集館』の長ともあろう者が、もう忘れたのか?」
「ッ?!」
どこぞとも知れぬところからの声に、大師は目を剥いて顔を上げた。
正面の視界が、裂けていく――。
「貴様の『何処か』では、もはや俺を囚えることは適わんッ!」
剣閃が飛び、シアラ大師の肩口はスッパリと切れ、血飛沫が噴いた。
シアラ大師は恐怖した。
目の前の少年の姿に、かつてない畏怖を抱いた――。
(……いや!)
心中で強く否定した大師の瞳に、頑とした光が舞い戻る。
(この程度の絶望、あの時と比べれば……。私の道は……、私の旅路は……)
「こんなところで潰えんッ! ハ行・取出ッ!」
大師が両の手を振ると、彼の面前に「何処か」の闇が現れた。
明良は刀を握り、身構える。
直後、その闇の淵から現れ出でたモノ――。
「ッ?!」
「何処か」から姿を現したのは、筋骨たくましい巨躯と、白外套衣で全身を覆った細身であった。
しかし、体躯たちには、あるべき箇所に、あるべき部位がない。
その姿を認めた少年は、怒りに総毛立った。
「シアラぁあアァあぁッ!!」
「何処か」から現れ出でたのは、動力大師と、その弟子との――首のない身体であった。
相貌で確認できないとはいえ、その組み合わせであっては、明良には間違いようがない。
両者とも、首元に血の痕が残る。
ギアガン大師の身体は、片腕さえも失っていた。
「この冒涜ッ! 気が触れたか、貴様ぁァッ!!」
「動力」で動かされているのであろうか、決して敏捷とは言えないものの、その二体は、まるで意志が通っているように明良に迫り来る。
ホ・シアラは、高らかに笑った。
「斬り刻めッ! 薙ぎ払えッ! 出来るものならばッ!」
少年には為せなかった。
彼らの身体に「幾旅金」を突き立てることが。
彼らの哀しい姿を、自らの手でより惨めにさせてしまうことが。
そうしてわなわなと震えている間に、明良はふたりの冷たい手に掴まれ、容易に組み伏せられた。




