説話会とその機会を破るもの 1
「まさか明良くんも来るとはね~。なになに? 一度お会いしたら、去来の大師様に心酔しちゃったカンジ?」
隣の席で落ち着きのない相手を横目に、明良はため息を吐いた。
黒髪の少年と、彼の顔なじみの「智集手」受付員の女の姿とは、「智集館」内の教会堂にあった。
堂内は広く、天井は高い。「智集手」での閲覧室同様、採光式のためか窓が多く、上りかけの陽光をいっぱいに取り込んだ教会堂内はキラキラと輝くようでもある。
去来の大師、ホ・シアラからの先日の誘いを受けて、明良は「智集館」教会堂まで足を運んできたのだった。
目的は、去来の大師が自ら説教師を勤めるという、魔名教集会に参列するためである。
一般教徒でもない「未名」の身分では入堂を断られるかと少し心配した明良だったが、記名帳に「明良」と書いたのに少し首を傾げられただけで、すんなりと座席を確保できた。
そして、ずいぶん早く着き過ぎて、開会までの暇を持て余しているところにやってきたのが受付員の彼女だった。
「大師様が説諭に上がる……。告示が出た直後には私、今日の当番代わってもらっちゃったもんね」
「……そんなに珍しいことなのか?」
「珍しいも珍しいよ! 週例集会なんて私が覚えている限りでは出たことないし、説諭っぽいのも年初の『始節会』でチラとやるだけだからね。そのときは大通りでやるし、ヒトもすごい多いから、遠いのなんのって……」
「じゃあ、この人集りは、お前みたいなのが多く含まれているってことだな……」
明良はそう言って堂内を見渡す。
教会堂自体は広い。確かに広い。
最前の講壇からの肉声では、最後列の席には声が届かないんじゃないかと案じるほどに広い。
だがそれ以上に、堂内にはヒトが溢れていた。
長椅子の全てはすでに、満員に詰められている。側面、後方、座席間の通路にも立ち見のように人々がズラリと並ぶ。
もうすぐ開会だというのに、その密度の増し方は衰えるどころか加速する一方で、どうやら堂の入り口にも密集が出来ているようだった。
「……そのさぁ、『お前』っての。そろそろ他人行儀じゃない?」
「ン?」
明良は背後を振り返っていたところから、相手に目を戻す。
相手の横顔では、唇が突き出るようになっていた。
「いつか訊いてくれるんじゃないかなぁと待ってたんだけど、全然だね。ホント、全然だよね」
「……何をだ?」
「魔名よ! 私の、ま、な!」
その突き出た唇に加え、今度は頬も膨らんだようだった。
「あ、ああ……。あれ? そういえば、知らんな」
「……ホント、全然だよね」
受付員はこれ見よがしにため息を吐く。
そうして、唇を尖らせ、頬を膨らませた顔のまま、明良の方に顔を向けた。胸元には控えめに自身の手の甲を掲げて。
「ミンミ……。私の魔名は、『ミンミ』よ! 『幻燈』の世話にならないよう、覚えてよね!」
「いや、忘れんとは思うが……。『ン』の音で始まる個人名とは、なかなか珍しいんじゃないか?」
明良の言葉に、ミンミは意味ありげな笑みを浮かべた。
「違うよ。個人名が『ミンミ』なの」
じゃあなぜ、と訊き返す明良を阻むように、ミンミは「知らない?」と、意味ありげなその笑みを深める。
「挨拶で属性名を教えないで、十日の間、『行』を悟られずにいたら……っていうおまじない」
「……知るわけない」
「友だちの間では流行ってんだけどなぁ」
ミンミは意味ありげな笑みを深めると、「ま、お試しよ」とおどけるように言った。
「明良くんには『ネコ』さんがいるからね~。おまじないが効こうが効くまいが、悟られようが悟られまいが、明良くんには損がないでしょ」
「……訳が判らないヤツだな」
「……まさか! 例の嗜好で魔名録の魔名を全部暗記してて、個人名から該当者候補を特定、そうしてすでに私の魔名がバレていたり……」
「暗記などしてないから安心してくれ」
「それにしても」とミンミは噴き出すように言う。
「可笑しな魔名だと思わない? 『ミ』の音がふたつも入ってる」
「そうか?」
「私の名づけ師が――トジロっていうオ様だったらしいんだけど、そういう名づけの癖があったんですって。まぁ、『マ行音』がふたつあるとどことなく可愛らしいカンジがするから気に入ってもいるんだけどね~」
「女の児の『マ行音』、『ミンミ』か……。言われてみると、確かに愛らしい気もするな……」
「ふっふ~ん」とどこか嬉し気な様子のミンミを横に、明良は思いを馳せる。
(そういえば、「クミ」にも、クミが名づけたという「美名」にも「マ行音」が入っているな……。「クミの世界」でも名づけにおいては女の児に「マ行音」を加えるものなのだろうか……)
ちょっとした疑問のあと、明良はハッとした。そして、背後に振り向く。
視線の先――教会堂入り口付近では記名の受付の前に長蛇の列がある。
ヒトの数の多さに受付担当も戸惑っているのか、さほど検めもせずに参列者に記名を促すと、さっさと次の者に記名をさせている様子だ。
(あの記名帳、見せてもらうことは可能だろうか……)
魔名の話が出たために、明良は「使役者」のことを思い起こしていた。
「『使役者』が『希畔の町』、『魔名教』に関連する者であれば、この『去来大師が説諭をする集会に参加する』かもしれない……」。
明良は後ろを向いた体勢のまま、「なあ」と声をかける。
後ろの席の者が少し反応したが、席としては隣のミンミが「ン?」と応じる。
「……どうかしたの?」
「ミンミはあの受付をしている者と知り合いだったりするか? 同年代だろう?」
「受付?」
ミンミも振り向き、教会堂入り口で立ち働く女魔名教会員を見遣る。
「あぁ……。ユピンね。教会学校で一緒だったから知り合いと言えば知り合いかな」
「あの記名帳、見せてもらえないか頼めないものか?」
明良の隣の者は、あからさまなため息を吐く。
「出たよ、出た出た。魔名の偏執者。なぁにが面白いんだか」
「……ダメか?」
「ダメとは言ってないよ。集会が終わったら頼んであげる。まぁでもあれくらい、知り合いとかじゃなくても見せてくれるだろうけどね」
「そうか……。助かる」
明良はそう言うと、今度は教会堂内部の人々に目を流していく。
(顔を……できるだけ覚えておかないとな)
彼とミンミとは最前列の長椅子に座っている。
そのため、堂内のほぼすべてのヒトは明良たちのほうに顔を向けていた。
いくらか訝し気な視線を返されもしつつ、明良は、聴衆の姿、顔を――とくに、魔名教会員の証でもある白外套衣を身に着けている者は念入りに頭の中に刻み込んでいった。
(さすが「十行大師」の講話か……。並々ならぬ気配を纏う者も、いくらかいるな……)
そうやって記憶することに集中していると、上着の裾が引っ張られている様子なことに明良は気が付いた。
「何してんの、明良くん。ホラ、始まるよ」
「あ、ああ……」
見渡せば、堂内の顔という顔は一点に視線を集め、静まり返っていた。
明良も正面に向き直り、座り直す。
手の届きそうな距離、二段高い位置にある講壇。
そこにはすでに、「本日の説諭師」――「ハ行去来の大師」、ホ・シアラが立っていた。
明良が姿勢を正したことをその眼鏡の奥の眼で認めた様子のあと、大師は恭しく礼をした。
「……居坂の輩の皆様、本日はよくお越しくださりました。それでは、希畔教区館の魔名教集会を始めさせていただきます。ご起立ください」




