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真名神代伝  作者: ブーカン
第一章 魔名なき者たち
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荒ら家への来訪者と少年の一閃 3

「明良にはピンと来ないかもしれんが、魔名術を極めるための道には、大きくふたつの壁がある」

「壁……?」

「ひとつ、『段』から『段』。もうひとつは『段の高み』……」


 動力の大師は顎鬚あごひげを撫でながら、ニヤリとする。


「魔名の『英段』までは、魔名術の経験を積みさえすれば、遅かれ早かれ、大抵の者が辿り着く。だが、『王段』は違う」

「魔名教学の修得もあるのだろう……?」

「ン。まぁ、それもあるが……」

「……御師おんしにはそれが大きな壁だったと聞き及んでいます」

「ヒミ! 黙っとれ!」


 ギアガン大師は明良に向き直ると、エホン、とわざとらしく咳払いをする。


「『英段』と『王段』の差、言葉にするのは難しいが、われが弟子に指導するときはこう言っている。『魔名を自然に身に着けているか、否か』」

「自然に……」


 「そうだ」と動力の大師はうなずく。

 明良の視界の端にいる「王段」動力術者のヒミも、小さく頷いたようだった。


「この壁は案外厄介だぞ。『自然に』と言葉で教えるのは簡単だが、これを体得するには勘のよさと適度な力の抜き加減が必要だ。まぁ、才能だな。行くやつはそんな壁など事もなげにひょいと飛び越えてしまうが、魔名術を『扱う』という気でいる者は、いつまで経ってもここで足踏みする」


 スウ、ハア、と周囲に響くほどの呼気こき吸気きゅうきをして、動力の大師は「呼吸だ」と言った。


「『呼吸』と同列にするのだ。魔名術に対して、『できる』、『できない』、『できて当然』などと()()()()()()()()()。鳥が空を飛ぶように、魚が水に遊ぶように、我らが呼吸をするように、それらと同じように魔名を響かせることができたその時、ソイツの魔名は『王段』に昇る」

「魔名術の講義と……、俺の剣術とが同じか?」


 「同じだ」と大師は歯を剥きだしにして笑った。

 そして、明良が提げもつ「幾旅金いくたびのかね」を、その極太の指で指し示す。


「……その刀、おそらくは神代じんだい遺物いぶつ何某なにがしかだろう? せんからするに、ひと振りがなん振り分もの剣撃けんげきとなるような……」

「……そうだ」

「今の話の、明良にとっての『魔名術』はその刀だ。お前はまだ、その遺物のちから()()()()()()()()


 明良は大師の言葉に反発心を抱いたが、長らくの付き合いとなっている遺物を黙って見下ろしてみた。

 「幾旅金」の刀身は、今日という日の始まりの光を浴びてなお、白々とした光をたたえている。


(俺がコイツに、振り回されている……?)


「お前はまだ、その遺物の『なん振り分もの剣撃』に頼っとるということだ」


 動力の大師は岩から腰を上げると、「カ行・磊盾らいじゅん」と詠唱し、平手を振った。

 すると、大師と明良との間の地面が地響きをたてて盛り上がり、大師の巨躯をも覆わんばかりの高い土壁が瞬時にして形を成した。


「……何の真似だ?」

「明良、この『石動いするぎ』の盾を破ってみせい」

「何のために……」

「……せんわれ太刀打たちうちできず、歯噛みしたのだろう? 忸怩じくじに痛んだのだろう?」

「なんだと……?」


 土壁つちかべ越しのあざけりに逆撫でされた明良は、刀の柄を握る手に力を込める。


「言っておくが、この『じゅん』は守るための『石動いするぎ』だ。お前が二度も突破した『磊牢らいろう』よりかはいくらか堅固けんこだぞ?」

「……上々だ」


 明良は腕を伸ばし、剣先が壁に触れるところまで歩むと、ゆっくりと腕を引き、さらに一歩前に出る。


「破れんかったら、おとなしく我に付き従え」

御師おんし、手段が悪辣あくらつです……」


 師弟の言葉には耳を貸さず、明良は息を吸い――止めた。

 素振り鍛練のあととはいえ、体力も気力も、まだ満ちている。動力の大師にきつけられた気概も十二分である。

 明良は暗色の土壁の狙うべき箇所に、焦点を合わせた。


「……幾旅いくたびつきッ!」

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