荒ら家への来訪者と少年の一閃 3
「明良にはピンと来ないかもしれんが、魔名術を極めるための道には、大きくふたつの壁がある」
「壁……?」
「ひとつ、『英段』から『王段』。もうひとつは『王段の高み』……」
動力の大師は顎鬚を撫でながら、ニヤリとする。
「魔名の『英段』までは、魔名術の経験を積みさえすれば、遅かれ早かれ、大抵の者が辿り着く。だが、『王段』は違う」
「魔名教学の修得もあるのだろう……?」
「ン。まぁ、それもあるが……」
「……御師にはそれが大きな壁だったと聞き及んでいます」
「ヒミ! 黙っとれ!」
ギアガン大師は明良に向き直ると、エホン、とわざとらしく咳払いをする。
「『英段』と『王段』の差、言葉にするのは難しいが、我が弟子に指導するときはこう言っている。『魔名を自然に身に着けているか、否か』」
「自然に……」
「そうだ」と動力の大師は頷く。
明良の視界の端にいる「王段」動力術者のヒミも、小さく頷いたようだった。
「この壁は案外厄介だぞ。『自然に』と言葉で教えるのは簡単だが、これを体得するには勘のよさと適度な力の抜き加減が必要だ。まぁ、才能だな。行くやつはそんな壁など事もなげにひょいと飛び越えてしまうが、魔名術を『扱う』という気でいる者は、いつまで経ってもここで足踏みする」
スウ、ハア、と周囲に響くほどの呼気、吸気をして、動力の大師は「呼吸だ」と言った。
「『呼吸』と同列にするのだ。魔名術に対して、『できる』、『できない』、『できて当然』などと考えることさえない。鳥が空を飛ぶように、魚が水に遊ぶように、我らが呼吸をするように、それらと同じように魔名を響かせることができたその時、ソイツの魔名は『王段』に昇る」
「魔名術の講義と……、俺の剣術とが同じか?」
「同じだ」と大師は歯を剥きだしにして笑った。
そして、明良が提げもつ「幾旅金」を、その極太の指で指し示す。
「……その刀、おそらくは神代遺物の何某かだろう? 先からするに、ひと振りがなん振り分もの剣撃となるような……」
「……そうだ」
「今の話の、明良にとっての『魔名術』はその刀だ。お前はまだ、その遺物の力に振り回されておる」
明良は大師の言葉に反発心を抱いたが、長らくの付き合いとなっている遺物を黙って見下ろしてみた。
「幾旅金」の刀身は、今日という日の始まりの光を浴びてなお、白々とした光を湛えている。
(俺がコイツに、振り回されている……?)
「お前はまだ、その遺物の『なん振り分もの剣撃』に頼っとるということだ」
動力の大師は岩から腰を上げると、「カ行・磊盾」と詠唱し、平手を振った。
すると、大師と明良との間の地面が地響きをたてて盛り上がり、大師の巨躯をも覆わんばかりの高い土壁が瞬時にして形を成した。
「……何の真似だ?」
「明良、この『石動』の盾を破ってみせい」
「何のために……」
「……先に我に太刀打ちできず、歯噛みしたのだろう? 忸怩に痛んだのだろう?」
「なんだと……?」
土壁越しの嘲りに逆撫でされた明良は、刀の柄を握る手に力を込める。
「言っておくが、この『盾』は守るための『石動』だ。お前が二度も突破した『磊牢』よりかはいくらか堅固だぞ?」
「……上々だ」
明良は腕を伸ばし、剣先が壁に触れるところまで歩むと、ゆっくりと腕を引き、さらに一歩前に出る。
「破れんかったら、おとなしく我に付き従え」
「御師、手段が悪辣です……」
師弟の言葉には耳を貸さず、明良は息を吸い――止めた。
素振り鍛練のあととはいえ、体力も気力も、まだ満ちている。動力の大師に焚きつけられた気概も十二分である。
明良は暗色の土壁の狙うべき箇所に、焦点を合わせた。
「……幾旅の突ッ!」




