希畔の有力者たちと眼鏡の去来大師 2
広間内にいたのは全部で七人。
明良は一見して「少ないものだな」と思った。
彼は知る由もないが、実際のところ、希畔の「議会」自体は百人近くの者が議会員として参集する場である。緊急の、しかも夜になってからの召集だったため、この場にいるのは議会内派閥の主だった者たちだけであった。
(この気配……)
そして、人数がないから、「魔名教会員であることの証」としての白い外套衣が目立ったから――といったわけではなく、明良は七人の中から、即座に「希少なお方」を見分けた。
(アッチは『動力』だから、コッチは『ハ行去来』だから、などということじゃない。大師というものは皆、こうなのか……)
奥に向かって長い、厚い天板の卓が室の中央に据えられている。
入室したばかりの少年から見て、正面にひとり、左右に三人ずつ。
その中でひとり、異質な空気を放つ者がいたのだ。
位置としては明らかに特別な、正面の壮年の男ではない。
右手の三人の中央の席、中性的な優しい線を持つ青年である。
だが、その人物が内包している気力は、他を圧倒していた。しかも、それを悠々と飼い慣らし、この場においては見事に抑え込まれている。明良は底深い湖の、波ひとつない水面を眺めているような感覚を覚えた。
彼が身に纏うは先述の通り、白布の外套。動力の大師のあとでは小さく見えてしまうが、横の者と比べると、座っていてもその長身さが判る。
赤茶けた長髪をうしろで無造作にまとめ、他の者と同じように、明良に目を向けてきていた。
さて、その目線が意味する心持ちが他の者たちと同様に読めるかと問われたら、明良は首を振るしかない。
珍しい「眼鏡」で瞳が見えづらいというのもあるが、端正な顔にわずかに垣間見える色が、時々刻々と変化していくようなのだ。
それでもあえて、相手の心に大きく占めるものを見定めようとするならば――。
(俺に対する興味……か?)
「……本当に、こんな子どもが動力大師の襲来を退けたって言うのかね?」
第一声は、左手の奥、恰幅のよい男だった。
「見間違いか、誇張じゃないか?」
嘲るように目をくれた男に、明良は努めて冷静に目線を返した。
(希畔の有力者に近づけるものなら、と思ったが……)
「眼鏡」以外の六人は、大小の差はあれど、入室直後の明良に対し、明らかに嘲け、見下げるような目を向けてきていた。
(この調子では無理そうだな……)
希畔の有力者との縁を得て、「使役者」と「劫奪者」の捜索に繋がればと考えていた明良だったが、自身の信念を曲げてまでこの場の者に阿るつもりは毛頭ない。
「見間違いでしょうね」
今度は右側手前の女が発言する。
距離が近いためか、はたまた使っている量が多すぎるためか、白粉の匂いが明良の鼻先を苛立たせる相手だった。
「この子、『未名』なんでしょう? 魔名術なしでなんて無理ですよ。動力の大師は勝手に出て行ったんじゃないかしら?」
「……明良だ」
突然に発言した未名の少年に、卓の六人は意表を衝かれた様子である。
「……俺には明良という名がある。内実は『未名』だが、呼ぶのなら『未名』でなく、『明良』と呼んで頂きたい」
明良を嘲る空気感が強まったあと、とある人物に視線が集中した。
魔名教教会の代表として列席する、「ハ行去来」の大師である。
「……問題ありませんよ」
注目された大師は言い切った。
広間によく通る、澄んだ声音だった。
「今時分、魔名僭称などで罰するほうが稀です。時流は絶えず、変化するものです」
そうして去来の大師は、ニッコリと明良に微笑んだ。
笑みを向けられた明良は、ほんの少しだけ、息を早めて口を開く。
「……名乗りをあげていただきたい」
「……うん?」
「曲がりなりにも俺は名乗ったんだ。礼節ある諸兄姉にも、名乗りをあげていただきたい」
明良の口調と要求は、大師以外の反感を決定的なものにした。
去来の大師といえば、ふっと小さく笑ったようである。
「……当然ですね。ですが、それよりもまず真っ先に確かめたいことがあります。希畔に身を置かさせていただいてる『十行大師』のひとりとして……」
そう言うと、去来の大師の目つきが鋭くなった。
受けた明良は、大きく生唾を呑みこむ。
「……生憎、私は『幻燈』でないのでね。言葉で確かめねばならない」
去来の大師の顔の角度が変わったため、その瞳の色は、眼鏡の照り返しの奥に見えなくなってしまった。
それが逆に、明良の心を少しだけ落ち着かせる。
「失礼承知でお訊きしますが、アキラさんは、動力の大師と通じていますか?」
「……ッ!」
明良は言葉を失う。
そして、理解した。
(なるほど、当然だ……)
少年は去来の大師を正視する。
未だ、その顔色は眼鏡の透け板に隠れて読みきれない。
(町の守護の長でもあるんだ。俺の背に「幾旅金」があろうがなかろうが、この場で俺が暴れても何の問題もない自信があるんだろうが、確かめておくべきことだ。そして、どう答えようが、俺の発言の真偽を見抜く自信もあるということか……)
「……俺は、動力の大師など知らん。誓って違う」
明良に向けられていた、室内の視線がふたたび大師に戻る。
大師はまたも、ふっと優しく笑った。
ようやく見えた双眸の光が意味するところも、どうやらその笑みの通りであるようだった。
「……ならばよかった。さて、名乗りをくれ、ということでしたね」
ハ行の大師は、衣擦れの音もさせず、自身の手の甲を掲げ表す。
ほっそりと華奢な腕は、白い外套衣の一部かと明良が見紛うほどに白かった。
「ホ・シアラ。弱輩ながら、『ハ行去来』の大師を務めています」
明良は唇をキッと結び、自身も右手の甲を胸の前に掲げた。




