最新版輩魔名録と智の町の変事 2
閲覧室に入ると、明良は手近な椅子に腰を下ろし、卓上に三冊の書を置いた。
当然に、まずは輩魔名録を開く。
輩魔名録とは「名づけ」の実績に基づいて魔名教会が編纂している人名録。存命中の輩の魔名と住所のみの羅列がズラリ、数百頁続くだけの「退屈」なものである。
加えて、「未名」の身分においては制限があり、魔名録の「魔名教会員」の分は見ることができず、現行の真の最新版も目を通せない。明良の目の前の分厚い二冊は、現在から二年前の「一般魔名教徒」の分のみ収められたものなのだ。
そんな、十全でない「退屈」なものを繰り返して見る明良を、受付員が変に勘繰るのも無理はないことだった。
だが明良には、彼女が知らない、目を通すべき理由がある。
(洞蜥蜴を使役できる「タ行使役」の「王段」……。「希畔」、またはこの町付近に在住……)
明良が手繰って開いた頁、「ト」の項には四つの輩の名がある。
そのうち三人は、住所も含めて暗誦できるほど、明良には見覚えがあるものだった。残りのひとりは、前回――七年前の版とこの「最新版」までの間に「段上げ」に至った者なのだろう。
しかし、いずれの住所も「希畔」の町には程遠く、大陸さえも違う者がふたりにも及ぶ。
(やはり、『魔名教会員』に……、俺が確認できない「教会員」魔名録に、「使役者」の名はあるのか……?)
明良が受付員に呆れられるほどに輩魔名録を見返し続けるのは――彼の魔名と記憶を奪っていった「劫奪者」と、その供連れの「使役者」の居所を求めるがためである。
(この町に……、この「智集館」と「使役者」に繋がりがあるのは間違いないはずだ……)
明良は思い起こす。
今や遠く、小さなクミの首元に提がる、「指針釦」。
長い間、彼の首飾りとして光り続けていた、神代の遺物。
彼は、洞蜥蜴の鱗を収めた「指針釦」の「色味の変化」のみを頼りにして、この「希畔」の町に辿り着いたのだ。この「智集館」にて遺物が鮮血のような赤色光を放つことに、打ち震えたのだ。
だが、彼の追跡はそこで頓挫した。
(この町は、「ハ行去来」と「ナ行識者」が多い町だ。たとえ魔名教会に属する者だろうが、「タ行使役」の「王段」ともなれば、いやでも目立つ。だが、数か月の間、俺も近場に身を置いて町の者に訊いて回っても、出入りの行商を調べても、そんなヤツはいなかった。その間もずっと、「指針釦」は赤く光り続けていたというのに……)
明良は魔名録の隣で広げた、「神代遺物図集」、「指針釦」の頁に目を落とす。
そこには手描きの「指針釦」の挿絵とともに、その遺物の情報が記されている。
【円形の金属装飾型の遺物。開閉が可能であり、内部に生物の一部を収納すると、前面の針の指針方位と発光色彩とで対象の現在位置を示す。対象生物までの遠近は青から赤の発光色で表され、対象生物への方位は針先が示す。ただし、対象が死亡している場合は発光は海よりも深い青のまま、針は回転を続ける。タイト大戦時に所在不明となる】
明良も「神代遺物図集」は不完全な書物だとは承知の上である。想像された曖昧な絵図とほぼ空白の説明だけといった遺物紹介も多い。挿絵の精度といい、説明といい、「指針釦」はだいぶマシな部類である。
だがそれでも、明良が所有している間、「指針釦」はこの記載にない振る舞いをしていたのだ。
(光の色は変化するが、針は回り続ける……。これが意味するところが判れば、「使役者」に近づくこともできるだろうに……)
明良が追跡の旅を開始した直後から、「指針釦」はこのような不可思議な動きをしていたのだ。
「洞蜥蜴は死んではいない」が、「どの方角にいるのか判然としない」。
クルクルと回り続ける針先はまったくアテにならず、色味の変化だけが頼りの手探りの旅であったため、この「希畔」に辿り着くのにもかなりの時間を要した。
それでもやっと、針の赤色が極まった地がこの「智集館」なのであった。
だが、洞蜥蜴の所在――ひいてはそれを従える「使役者」の所在は、おそらくこの「智集館」なのであろう、というところで、針の発光色は変化しなくなった。
「指針釦」の本来の機能としては、針先が指し示すことにより完全に対象に接近できるはずである。しかし、針は依然として、回り続けるばかりだった。
(地道な追跡も奏功せず、「指針釦」自体も疑いたくなるほどになっていた頃、「指針釦」が正常に戻った……)
三週ほど前、つと明良が目を落とすと、針が一点を指し示し、青色に光っていた。
明良は急いだ。
早馬を駆って、山を越え、野を走った。針に導かれて。
移動するごとに「指針釦」は色味を変えていく。
そうして明良が辿り着いたのは、クシャだった。
その瞳に認めたのは、洞蜥蜴の息吹吹き荒れる惨状だった。
「指針釦」は正しかったのだ。
(洞蜥蜴の出現時、俺と美名とクミとがヤツと対峙していた時、周囲には「まともに立っていた」ヒトはいなかった。ヤツを退治できたあとに観て回ったが、クシャの村の雪の上、俺たち以外のマトモな足跡はなかった。「使役者」はあの場にいなかった。遠隔での使役であったのかもしれない。だが――)
明良は拳を握り、唇を噛み締めた。
(「使役者」が、この町を……「智集館」を拠り所としていたのは、間違いない。次に俺が当たるべきなのは、俺と同じ時機にこの「智集館」を去った者。あるいは離れていて戻って来た者……。そいつが「使役者」だ)




