最新版輩魔名録と智の町の変事 1
「……なんだか判らないけど、少年の『明良』って名前が『仮名』でも『魔名』でもないんなら、閲覧制限は『未名』と変わらないからね?」
「……承知の上だ」
少し不機嫌そうに顔を背けた明良の前に、受付員は四冊の冊子と紙片を差し出した。
「それじゃあ、見たいの選んでね」
差し出されたこの冊子群は、智集館利用にあたり、「閲覧したい書物」を選択するための目録である。
この目録に記されているのは書物名、非常に簡素な概要、管理用の附番、身分差による閲覧の可不可といった少数の情報だけではあるが、なにしろ、智集館の蔵書量自体が膨大である。目録とはいえ、四百頁以上のものが四冊に及ぶわけだった。
だが、明良はその分厚い目録のひとつをも開くことなく、紙片に筆を走らせ出す。
「……輩魔名録と神代遺物図集だ」
「……またぁ?」
担当員は顔をしかめて呆れる。
「魔名録ばかりにそんなに執心してるヒト、少年……明良くんだけだよ? 飽きないの?」
「……飽きないな」
「うすうす思ってたケド、変な嗜好、持ってたり……?」
「邪推無用。黙って進めてくれ」
突き放すように明良が言うと、担当員は肩をすくめる。
そうして目録を自らの手元に引き寄せると、頁紙を手繰り始めた。
明良は空で書物名を指定したが、管理附番が判然としないと書架から目的の書を持ち出してくることはできない。結局は目録を参照する必要があった。
パラパラと手慣れた様子で目的の頁を探している間、担当員は「そういえば」と言った。
「明良くんが来てない間に魔名録、最新版になってるよ」
「本当か?!」
「お、勢いづいた。……最新とはいっても例の通り、二年ほど前のだけどね」
「……充分だ。これまでは七年も前の内容だったんだからな……」
「……ホント、おかしな子ね。あ、メンリンさん、これお願いします」
ふたつの管理番号を書きつけた紙片を同僚に渡した担当員は、すぐさま明良に向き直って、面白がっているような目をくれる。
「ねえねえ、『ネコ』さんって、どんな子なの?」
「どんなって……?」
「そういうハナシに飢えとるのよ、姉様は。なにかその、『ネコ』さんの特徴とかないの?」
明良は「特徴?」と少し首を傾げて、小さなネコの姿を思い浮かべる。
「……そうだな。体毛に艶があって黒々としてるな……」
「た、体毛……? 体毛って……アンタ……」
「あと、撫でるとスゴい喜ぶ」
「撫でるって……。頭とか、手の甲だよね? ねえ?」
「いや、全身どこでも」
「ぜ、全身……」
「アレは自制してるつもりらしいが、俺には判る。アイツは喜んでた」
「……少しの間に遠いトコロに行ってしまったね、少年……。『三度陽が出て名も昇る』……。私は実感したよ……」
担当員が嘆息を吐いたところで、背後から同僚の「メンリン」が声をかけた。
二冊の分厚い本と大判の図集が受付台に乗せられる。
「そんじゃね、ごゆっくりぃ……」
「相変わらず、与太話が過ぎる場所だな……」
書物を抱えて遠ざかりつつあったところ、明良はつと振り返った。
担当員は台板に頬杖を突いて、まだどこか沈んでいる様子である。
「おい」
「……ン? 本、違ってた?」
「いや、そうじゃなくて……。『ゴゴの冒険記』ってあったろう?」
少し考えた様子のあと、担当員は「ああ」と思い当たった。
「あの、子供向けの英雄譚? 居坂中を回りまわって混沌の残党を討伐したり、『三大妖』の洞蜥蜴から無傷で逃げ遂せたり、奇想天外なお話の……」
「そうだ」
「それがどうかしたの?」
明良は含み笑いを返す。
「内容の精確な検証を上奏したら案外、掘り出し物の昔話かもしれないぞ、アレは……」
黒髪の少年は笑みを残して、閲覧の室へと歩み去っていく。
「だからその、持って回った言い方をやめなさいっての……」
担当員は少年の背中に届けとばかりにため息を吐いた。




