客人の特性と先生の生業 2
ふたりが入った脇道は、ヘヤの防護壁に沿っているのもあって薄暗く、小さな露店が並ぶ通りであった。
住人向けの商店の並びなのであろう。布生地や生活用の小間物、漁具用と思われる細々としたものなど、クミは物珍しく眺めながら美名に従う。
しばらく行くと、クミの先導者は「あれ?」と言って立ち止まった。
「おかしいわ。ここだったはずなんだけど……」
「……ここ?」
クミは顔を上げる。
美名が不思議がりながら立ち止まったのは、靴や鞄が並べられている店先であった。クミの小さな鼻孔が革の匂いで満たされる。
「すみません」
美名は店内を覗き込むようにして声をかけた。
中では頭に手拭いを巻いた男が革布を切り出している。どうやらこの店舗は、革素材の取り扱い、革小物の加工までをやっている商店らしかった。
男は美名の呼びかけに気が付き、顔を向ける。
「やあ、いらっしゃい」
一見で相手の姿をひと通り眺めるのは、商売人の性なのだろう。
美名の姿を足先から頭の上まで、相手に不快さを抱かせない早さで見て取ると、その男は「鞄かい?」と訊いてきた。
「今のは少し傷んでるみたいだね。靴と鞘は、まだまだ大丈夫だろう。それとも、見たことない動物だけど、その子の腕輪とか首輪かな?」
「あ、ごめんなさい。買うんじゃなくて……。この辺りに、万物屋はありませんか?」
「万物屋」とは、特定の客に限らず、使用、未使用を問わず、広く物品を売買する商店のことである。ヒトの多い町にはひとつふたつはある業種だ。
革扱いの店の者は「ああ」と声を出す。
「もしや、ここに昔あった店を探してるのかな?」
「あ、やっぱりこの場所で合ってたんだ……」
「たまにだけど、同じように訊いてくるヒトがいるんだよ。そこの店主さんが魔名を返したみたいで、一年近く前にウチが入ったんだ」
「……そうですか。その、訊ねて来ていたヒトの中に、これくらい……」
そう言って、美名は自分より頭三つ分くらい上の高さまで手を伸ばす。
「背が高くて、不精髭で……」
そこで、クミは悟った。
(あ、美名。「先生」のことを尋ねにきたのね……)
クミが聞いている、美名の旅の目的はふたつある。
ひとつは美名自身の「魔名を授かる」ため。
ひとつは美名がそれまで一緒に旅していたという「先生」の行方を探すため。
後者のために、美名はここまで足を運んだのだと悟ったのだ。
(そういえば、ヘヤは先生と訪れた町って言ってたわね。ここにあった万物屋とやらに縁があったのかしら……)
「……左手に『札囲い』をしたオトコのヒトなんですけど……」
(……『札囲い』……?)
「……いやぁ、いなかったねぇ……」
首を振る革扱いの男に対し、煩らわせたお詫びか、美名は小さな革の腕輪をふたつ求めて、その場をあとにした。
「ムダづかいしてるとすぐにまたおカネがない、ってなりかねないよ」
「ムダじゃないわ。ヘヤの思い出だよ」
港町の道をふたたびに歩くふたり。
美名は右手首に巻いた、赤豆色の細身の輪を眺めてはうっとりとしている。
「これを見る度にモモ姉様やペッちゃんさん、ゴウラ親方たちを思い出せるんだよ? 二百円なら安い!」
「美名は意外といい性格してるわ……」
などと呆れつつのクミだったが、チラチラと、左前肢に着けてもらった新しい装飾を盗み見るようにしており、満更でもない様子である。
「……さっきのは、美名の先生のことを訊いてたんでしょ?」
「そうだよ。前に、先生と一緒にこの町で訪ねたのがあそこにあったお店だったの。先生は常連みたいだったからね。行けば何か情報があるかと思ったんだけど……」
「『札囲い』ってのはなんなの?」
耳に入ってきていた、クミには意味が判らなかった言葉に、美名が説明をくれた。
「札囲い」とは、なんらかの事情により「手のひら」を含む部位を失ったヒトが、そこを覆うように身に着ける物である。主に布地であり、その布地の裏には魔名教から賜る「加護札」が縫い付けられる。
魔名術の発する元である「平手」は身体のうちでも重要視される部分であり、「加護札」には慰撫の意と、「魔名術――平手がなくとも、よき旅路を過ごせるように」との願いが込められるものなのだ。
「先生は左手首にいつも、黒い布の『札囲い』をしてたわ。クミみたいに、真っ黒の布」
「……そっかぁ」
クミはひとつ瞬きをすると、「でもさ」と美名を見上げた。
「『万物屋』ってリサイクルショップみたいなものでしょ? こんなに大きいヘヤの町に来て、わざわざ見るようなところなの?」
「あ、教えてなかったかしら。先生と私とは、『神代遺物』の蒐集で旅をしてたんだよ」
「『遺物』の蒐集?」
クミは美名が腰に佩いている「嵩ね刀」を見上げた。
彼女にとって、「神代遺物」で真っ先に思い浮かぶのがその、相棒の得物なのである。
「行く先々の町で『万物屋』を物色したり、古戦場の跡地を掘り返してみたり、深い洞穴に何日も潜ったり……。そんな旅。二、三年にひとつくらいだけど、『遺物』を見つけたときは、先生も私も、ホント嬉しかったなぁ……」
柔らかく微笑んで懐かしむ美名に、クミは思った。
もし、「元いた世界」に帰ることが叶わなかったら、この銀髪の少女とともに、居坂でそんな旅をしてみるのも悪くないな、と。
そのときは「美名の先生」も一緒かもしれない。
ぶっきらぼうな少年――明良も傍にいるかもしれない。
「……明良、元気かしらね」
「あ」と小さな友人を覗き込むようにして、えくぼを浮かべる銀髪の少女。
「クミってば、明良に撫でられたいんでしょ? 明良に撫でられてるときがクミは一番気持ちよさそうにしてたからね」
「……否定しない」
クミの首元の装飾が揺れる。
青く光るその「指針釦」を新たな道標とすべく、ふたりはヘヤの町の外周壁を抜けた。




